十王町の鵜捕り場再建・知事に申し入れ

 井手よしひろ県議ら日立市選出の県議5名は、和田浩一十王町長と共に、橋本昌県知事を訪ね、十王町の当面の課題について申し入れを行いました。
 主な要望の内容は、1.鵜捕り場の再建にむけて、県も財政的支援を行うこと。2.十王町の重要な整備課題である「十王北通り線」について、合併特例債による整備を行い、地元負担部分に県の補助を行うこと。の2点です。
 鵜捕り場の再建については、総額4500万円の改修費用が必要と見積もられています。そのうち、2/3にあたる3000万円を、岐阜市や犬山市など全国の鵜飼いを行っている自治体が、協議会を設立して負担することになりました。残り1500万円の1/2を茨城県が負担するよう、今回の要望活動となりました。
 井手県議らの要望に橋本知事は、「出来るだけ経費を削減して予算を見直してほしい。崩落の危険性がある場所なので、工事は安全を最優先して行ってほしい」と、指摘しました。具体的な支援額については明言は避けましたが、全体の枠組みの中で県も再建のための金銭的な負担を行うことを確認しました。
 また、十王北通り線については、合併特例債を活用するあらたなの方式を採用する方向で、具体的な事務レベルでの詰めを行うことになりました。3月議会に提案される、日立・十王の新市計画に盛り込むために、計画を具体化することになりました。
 井手県議らは、知事への要望の後、末宗総務部長に対しても鵜捕り場再建費用の予算化を求めました。
 (写真上は、橋本知事に鵜捕り場再建への財政支援を求める井手県議ら。写真下は、末宗総務部長への要望活動)

ラスト・サムライ観ました

 話題の映画「ラスト・サムライ」を観ました。
 これだけの映画を作れるハリウッドは、凄いというのが第一の感想です。時代考証も、本家、日本の映画よりしっかりしているかもしれません。丸い田んぼに田植えをしている風景には、少し驚かされましたが、実在した風景のようです。
 この映画は、1876年3月に発せられた「廃刀令」をモチーフにしているようです。同じ年の8月には、明治政府は、それまで旧藩に代わって士族たちに支払っていた俸禄を完全に廃止し、代わりに5〜14年分の俸禄の公債証書を発行して、その利子だけを支給するという政策を取りました。
 しかし、こうした明治政府の政策により、士族たちの不満が爆発。10月24日、熊本で太田黒伴雄を中心とする200名ほどの集団「神風連」が県庁などを襲撃、知事と鎮台司令長官に重傷を負わせました。10月27日には、福岡で旧秋月藩士宮崎車之助ら400名が蜂起しました。10月28日には、山口県の萩で前参議の前原一誠ら500名ほどが蜂起、政府軍と戦闘を交えました。いずれも政府軍によって鎮圧されました。こうした一連の士族の反乱は、西郷隆盛の西南の役と繋がっていきます。
 正にこの時代背景がラスト・サムライの世界です。
 私など、高校でも日本史をあまり勉強していませんの、外国映画を観て、もう一度日本史の勉強をさせていただきました。
 内容的には、かなり高い精神性が込められ、一級品に仕上がっていると思います。
 ラスト近くで、明治天皇が「勝元の死の様子はどのようだったか」とオールグレン大尉に聞く場面があります。オールグレンは「勝元の生き方を語りたい」と答えます。「死」を必要以上に美的に表現したシーンが多い中、少し救われた気がしました。
 是非、鑑賞されることをお勧めします。1700円の価値はあります。

2003年の更新記録

2002年の更新記録

このページは、茨城県議会井手よしひろの公式ホームページのアーカイブ(記録保管庫)の一部です。
すでに最終更新から10年以上経過しており、現在の社会状況などと内容が一致しない場合があるかもしれません。その点をご了解下さい。

2001年の更新記録

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日立市にシニアのSOHO活動を支援するボランティア組織誕生

パソコンで雇用創出・日立の市民グループ

自治体IT講習を代行 独自のパソコン講習会 学校図書館支援など様々な事業展開を計画

 長年企業や商売の中で培ったIT技術や仕事のノウハウを、地域社会に還元しようという高齢者中心のボランティアグループが、日立市に誕生しました。てはじめに、国や自治体の緊急総合雇用対策を活用して、パソコンで雇用の場の創出を目指します。

 このグループの仕掛け役は、長年、市民グループ活動に携わってきた日立市多賀図書館の会沢由友館長さん。「シニアSOHO普及サロン・三鷹」(堀池喜一郎代表理事)のメンバーの日立製作所旧多賀工場のOBと知り合い、活動の話が持ち上りました。会沢館長は、知り合いの元郵便局長吉沢澄夫さんに設立準備会代表を依頼し、日立製作所でIT関連の仕事をしていたOB200人で組織する「日立電脳シニア倶楽部」にも参加を呼び掛けました。

 2001年12月1日には設立準備会が開催され、日立市、ひたちなか、常陸太田市などから約50人以上が参加しました。これには、「日立IT市民の会」の代表など幅広い年齢層の方々が集まりました。

 席上、準備会の吉沢代表は、「高齢者が主体的に社会参加する仕組みを構築したい。NPO法人格を取得する方向で、しっかりとした活動の基盤づくりをしていきたい」と挨拶しました。(写真右->)

 会沢準備会事務長は、「当面は、会員のIT技術の向上と高齢者向きのパソコン講座を運営していきたい。そして、訪問サポートの実施、県北地域の観光ネットの開設、小中学校の情報教育支援、図書館・生涯学習事業の支援などの各種の事業にワーキンググループを立ち上げて活動を行う」と具体的な活動内容の原案を提示しました。(<-写真左)

 また、「シニアSOHO普及サロン・三鷹」の堀池代表は、実際のNPO活動の経験を語り、「社会の閉塞感を打破するために、シニアの潜在能力の活用が是非とも必要です」と熱く語りました。そして、シニアSOHO普及サロンがこれまで蓄積したノウハウを全面的に活用して、茨城に新しい動きを起こしてほしい」と期待を込め挨拶を結びました。(写真右->)

 井手よしひろ県議は、地域の活性化や雇用拡大に結びつくITを活用した注目すべき活動であり、県や市町村からの業務委託を推進するとともに、NPO法人格取得などに全面的に協力してまいります。


シニアSOHO支援ボランティアの設立構想を語る吉沢準備会代表


「シニアSOHO普及サロン・三鷹」堀池代表理事
参考:シニアSOHO普及サロン・三鷹のHP


シニアSOHO支援ボランティアの設立を紹介する読売新聞

サッカーワールドカップ2002、カシマスタジアムで試合開催!

 2001年12月1日、サッカーのワールドカップ(W杯)の組み合わせ抽選会(ファイナル・ドロー)が、韓国・釜山市で開かれ、県立カシマサッカースタジアムの対戦カードが決まりました。来年6月に開催される一次リーグ3試合には、シード8か国のうち、アルゼンチン、イタリア、ドイツの三チームが登場するといった、ビックカードに恵まれました。
 6月2日(14:30)アルゼンチン VS ナイジェリア
 6月5日(20:30)ドイツ VS アイルランド
 6月8日(18:00)イタリア VS クロアチア



 1996年5月31日、国際サッカー協会(FIFA)の理事会で2002年ワールドカップの日本・韓国共同開催が決定した。
 ワールドカップの茨城県への招致に関しては、いち早く県立カシマサッカースタジアムでの開催に向けて県民上げての運動が高まっていた。
 日韓共同開催が決定した現在、そのカシマサッカースタジアムの具体的改修計画が大きな注目を浴びている。
 茨城県サッカー協会や地元鹿嶋市から、「現スタジアムを改修するのではなく、新しいサッカー場を建設した方が良いのではないか」との要望や意見が寄せられた。
 県は、カシマサッカースタジアム整備検討委員会を設置し、改修か新築か、その具体的な整備計画を検討することになった。
 検討委員会では、5回の会議を重ね、12月に最終答申をまとめた。
 それによると、カシマサッカー場は、地元鹿嶋市が既存スタジアムの払い下げを了解することが新築の条件とされた。
 12月25日には、日本サッカー協会の理事会で鹿嶋市が国内開催地に正式決定された。
 橋本茨城県知事は、五十里鹿嶋市長らと最終的な協議を重ね、1996年12月27日に、スタジアム整備は改修案で行うことを決定し記者発表を行った。
 1998年7月には入札が行われ、10月から工事が始められた。
 2年8カ月の工期で二階席を増設するなど改装し、2001年5月19日。新装オープンした。
 収容人員は約15800人から41800人へと大幅にアップ。2階席は33度の急こう配で、前の人が視界を妨げることはほとんどなく、フィールドが近く感じられる。観客席最前列とタッチラインまでの間隔も約10メートルと狭く、サッカー専用競技場ならではの臨場感が味わえる。
 身障者席も20席から140席に増加。日本の競技場では少ないと指摘されていた女子トイレの数も285と大幅に増えた。
 カシマスタジアムは世界トップクラスのサッカーの殿堂として生まれ変わった。

  カシマサッカースタジアム
2001/5/19新装オープンなったカシマサッカースタジアム


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カシマスタジアムが新装オープン


1500ルクスの照明に彩られ、緑に輝くカシマスタジアムのピッチ。
スタンドはアントラーズカラーの深紅に染まる。

2001年5月19日、県立カシマサッカースタジアム・オープニングゲーム
 サッカーの2002年ワールドカップ開催に向けた改修工事が終わった県立カシマサッカースタジアムのオープニングゲームが開催されました。
 Jリーグ一部(J1)第1ステージ第10節、鹿島アントラーズ対柏レイソル戦が5月19日、鹿嶋市の同スタジアムで行われました。
 午後3:00からは、ワールドカップ開催記念メモリアルタイルの除幕式が行われ、完工記念式典が、3:20からグランドで行われました。
 橋本昌茨城県知事や鬼沢忠治県議会議長、川淵三郎日本サッカーリーグチェアマンのあいさつの後、テープカットが行われました。
 オープニングゲームでは、ホームチームの鹿島アントラーズが、前半、柏レイソルにリードを許した。後半20分過ぎ、柳沢のPKとゴールの2得点で逆転したが、1分後、レイソル大野のゴールで同点に追いつかれた。延長8分、長谷川がVゴールを決め、オープニングゲームを劇的な勝利で飾りました。
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日帰り温泉施設がオープン

鵜の岬日帰り温泉施設
鵜の岬日帰り温泉施設
鵜来来の湯十王の正面


鵜の岬新館から
鵜来来の湯十王を見る


鵜来来の湯十王から
(クリックすると大きな画像となります)

 県立国民宿舎「鵜の岬」の旧館跡地に、日帰り温泉施設「鵜来来(うらら)の湯十王」がオープンします。

 国民宿舎「鵜の岬」は16年連続利用率日本一(2005/5/25現在)に輝いた超人気の宿泊施設です。反面、地元の住民が予約が取れないという苦情が多く寄せられています。こうした声を背景に、日帰りの温泉施設が計画されました。

 鵜の岬の新館建設の際、掘られた温泉が、地下1300メートルから毎分400リットルも湧出しています。46度から47度のナトリウム温泉で、大変泉質の良いと評判が高いのですが、湧出量の4分に1程度しか利用されておらず、温泉を活用した健康増進と、住民の交流促進を目的とした施設が望まれておりました。

 この「鵜来来の湯十王」は、平成12年秋に着工し、平成13年4月28日に完成、オープンすることになりました。

 「鵜来来の湯十王」は、その特徴として々眤道路のインターに近く交通の便がよい県内の温泉にはない太平洋の景観が素晴らしい5抃謄好據璽垢鮃くとったため、ゆっくりと安らぐことが出来る、などが上げられます。

 施設は、地下一階、地上二階建てで、大浴場(男湯・女湯各183屐砲簣天風呂(同40屐法休憩室などが設けられます。

 大浴場の広さでも、県内の公共の温泉施設では最大規模となっています。軽食がとれる食堂も設けられ、鵜の岬のレストランとも一体的に利用できます。

 総工費は10億5000万円で、県からの補助が2億8000万円です。一日利用予定客数は平均600人、年間20万人の利用を目標としています。

 建設は地元の十王町が行い、管理は国民宿舎と同じ県開発公社に委託されます。

 日帰り温泉施設「鵜来来の湯十王」は、地域活性化の大きな起爆剤となると大きな期待が寄せられています。


鵜来来の湯十王について

茨城県日立市十王町伊師605
(県立国民宿舎鵜の岬と同一敷地内です)
問い合わせ先:0294-39-1126

営業時間4月〜10月午前10時〜午後9時
11月〜3月午前10時〜午後8時
休館日毎月第1・第3火曜日

利用料金平 日800円午後4時以降は500円
土・日・祝日1000円午後4時以降は500円
小学生以下各料金の半額
3歳未満無  料

2000年の更新記録

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井手よしひろのプロフィール

茨城県議会議員の
井手よしひろです。
茨城県の県政情報、
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