1996年04月

2002年サッカーワールドカップを茨城へ

w2002asi

2002年サッカーワールドカップ日本韓国共同開催決定

世界のサッカーの祭典をいばらきで!


2002年ワールドカップ、日韓共同開催が決定

 5月31日、2002年のサッカーワールドカップの開催が、日韓共同開催という形で決着した。
 日本が2002W杯開催に名乗りを上げたのは1989年。91年6月には長沼健会長、岡野後一郎(実行委員長)、川淵三郎(Jリーグチェアマン)両副会長ら日本サッカー協会の首脳を中心に招致委員会を設立した。日本のサッカーを普及発展させるためには、世界最大のサッカーの祭典を日本で開催することが不可欠と考えたからだった。

fifa W2002杯を開催することによって15の都市にスタジアムが整備されるし、芝生の練習湯も造られる。一般ファンのサッカーに対する関心が高くなり、ハード、ソフト両面で充実する。さらに1兆3千億円を超える経済効果もあるといわれている。
 日韓共同開催は、31日の国際サッカー連盟(FIFA)理事会でアベランジェ会長を含めて21人の理事の投票によって決められた。理事全員の全会一致での結果だといわれている。

 日韓共同開催への動きは、今年3月から活発になった。アジア連盟のアーマード会長(マレーシア)が、日韓共同開催の可能性をFIFAとして検討すべきだ、と文書を送付したことに始まる。
 アベランジュ会長は、ルールにないと即時に否定した。
 それでも4月に、ヨーロッパサーカー連盟(UEFA)が、共同開催の可能性を探るよう要望書を提出した。
 さらに、アフリカ連盟のハヤトウ会長も共催への支持を明らかにした。
 そして5月23日、ローマで開催されたUEFAの拡大理事会で共同開催支持が確認され、31日のFIFA理事会に共同提案された。
 共同開催の中心者は、FIFA副会長でもあるUEFA会長のヨハンソン(スウェーデン)氏。「FIFAの調査では、日韓両国の開催条件に全く差がない。全く差のない両国に勝者と敗者を作ることはできない。日本と韓国の平和友好のためにマイナスになる」と、その理由を述べている。
 あくまでも、単独開催を望んでいた日本にとっては、日韓共同開催へのハードルはまだ高い。

  
日本と韓国との試合や開会式、閉会式の割り振りの問題。   
国内15自治体が名乗りを上げている開催会場の問題。   
組織委員会や大会事務局の問題。   
ビザやパスポートの問題。   
利益・費用の分担問題。   
開催国の参加枠(日本と韓国両国がワールドカップに開催国枠で参加できるか)の問題。

など、どれ一つとっても大きな問題である。
 しかし、歴史的なアジアで最初のワールドカップが日韓の共同で開催されることを積極的に評価してもよいと思う。
 日韓友好の大きな節に2002年がなるよう。普段の努力を積み重ねなければならない。

日韓共同開催は、FIFA理事会の権力闘争の結果!?

 日韓共同会への歩みは、単に日本と韓国の招致合戦という次元を超えて、FIFA内部の複雑な権力闘争の結末であるという側面も持っている。
 「会長による干渉は望ましくない。もし彼が、中立という言葉を忘れてしまったのなら、我々は権力の乱用という、不幸なケースと遭遇することだろう」。鄭夢準・大韓サッカー協会会長がアベランジェ・国際サッカー連盟(FIFA)会長を強く批判した記事が今月15日、AFP通信によって世界に流された。
 鄭氏が反アベランジェの姿勢を示したのは、これが初めてではない。第一弾は、昨年10月にソウルで開かれた国際競技団体連合の総会の席上だった。「サッカーワールドカップのテレビ放映権契約などに関する交渉や決定は、ごく小人数が密室で行っている」と、演説。W2002杯招致を争っている当事国の責任者が、サッカー界の最高権力者に反旗を翻したのは、なぜか――。
 その背景は、昨年8月に明らかにされたヨハンソン・欧州サッカー連盟(UEFA)会長による提言にある。「ビジョン1、2」と題された提言は

UEFAなど大陸連盟の権限を強化し、W杯は六大陸連盟の持ち回り開催とする
現状では不当に安いW杯のテレビ放映権料を大幅に上げ、各大陸連盟や加盟各国に分配金を出す――という内容。

 21人のFIFA理事のうち、8人を擁するUEFAのヨハンソン会長のこの提言は、1974年以来FIFA会長として世界のサッカー界に君臨するアベランジェ会長への“挑戦状”と受け止められた。
 鄭会長は、この動きを見逃さなかった。昨年九月、韓国招致委員会は「2002W杯の収益金を全額寄付する。10%をFIFAに、残りは加盟各国に」と発表した。ヨハンソン会長の提言に即した内容だった。
 鄭氏がアベランジェ会長に見切りを付けたのは、2002W大会招致に関する同会長の姿勢が一貫して日本寄りだからだ。
 93年8月、U―17(17歳以下のユース)世界大会で来日したアベランジェ会長は「日本が最有力」と発言。昨年3月には、「韓国が朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と共同開催できるなら最有力」と述べたが、南北共催実現の可能性は極めて低い。そして今年1月、「Jリーグの発展は目覚ましく、交通機関などの受け入れ態勢も良い」と、改めて日本に好意的な姿勢を示した。
 アベランジェ会長が日本を支持する理由の一つは、FIFAと日本企業の深い関係にありそうだ。W杯の公式スポンサ11社のうち日本企業が富士フイルム、キヤノン、JVCと3社を数え、FIFAのマーケティングは、電通が出資しているISL社が手掛けているのだ。
 こうした、日韓対決の中で、共同開催を模索する声が出始める。1998年の次期フランス大会からワールドカップ出場国は、32カ国に増える。当然、開催費用は膨大になり、開催国の負担は極限に達しているという。更に、今回の日韓の招致合戦の結果、屋根付き競技場・バーチャルスタジアム等のハイテク装置等、その投資経費はうなぎのぼりの状況である。
 一国で、ワールドカップを招致できる国は、先進国に限られてしまう結果になる危険性があった。
 さらに、2006年には、北欧4カ国による共同開催構想も具体化し、ヨーロッパ連盟のヨハンセン会長が、一歩先に共同開催の突破口を開いたといっても過言ではない。
 アベランジェ会長とヨハンセン副会長の直接対決にはならなかったものの、ヨハンセン副会長の作戦勝ちといえる結果かもしれない。

W2002杯開催地を決定するFIFA理事

会  長
ジュアン・アバランジュ(ブラジル)
筆頭副会長
ギジエルモ・カニュド(メキシコ)
副 会 長
ビアチュスラフ・コロスコフ(ロシア)
フリオ・クロンドーナ(アルゼンチン)
デーヒツド・ウイル(スコツトランド)
レンナート・ヨハンソン(スウェーデン)
イツサ・ハヤトワ(カメルーン)
アントニオ・マタレーゼ(イタリア)
チョン・モンジュン(韓 国)
理 事
へンリー・フォク(香 港)
ジヤツク・ワーナー(トリニダードトバコ)
ポ一ル・ヒルゴー(デンマーク)
アブドゥラ・アルタバル(サウジアラビア)
スリム・アルールー(チュニジア)
ミシェル・ドーク(ベルギー)
イサーク・デヒツド・サッソサッソ(コスタリカ)
ラム・ルヒー(モーリシャス)
ゲルハルト・マイヤーフォルフェルダー(ドイツ)
カルロス・コエジョ・マルチィネス(エクアドル)
リカルド・テイシュイラ(ブラジル)
ベールラブン・オムール(ノルウェー)


《W杯の開催国》

    開催年  開催国 出場国数
〈1〉 1930 ウルグアイ13
〈2〉   34 イタリア 16
〈3〉   38 フランス 15
〈4〉   50 ブラジル 13
〈5〉   54 スイス  16
〈6〉   58スウェーデン16
〈7〉   62 チ リ  16
〈8〉   66イングランド16
〈9〉   70 メキシコ 16
〈10〉  74 西ドイツ 16
〈11〉  78アルゼンチン16
〈12〉  82 スペイン 24
〈13〉  86 メキシコ 24
〈14〉  90 イタリア 24
〈15〉  94 米 国  24
〈16〉  98 フランス 32
〈17〉2002 日本また 32
         は韓国


W2002招致の秘密兵器「バーチャルスタジアム」

 W2002招致の切り札として、日本は、ハイテクを駆使した新しい大会運営を招致戦略の根幹に据えた。中でも切り札的存在が「バーチャルスタジアム」構想だ。
 各地のスタジアム内に、横80メートル、高さ35メートルの巨大な半円形のスクリーンを設置。他会場での試合をリアルタイムの立体映像と音声で再現し、実際の試合観戦と同じような興奮と感動を提供する――というものである。
 研究・開発費用は約500億円。2002年までには、特殊眼鏡なし立体画面が見られると言う。 32チームが参加するW2002杯本大会の総試合数は、合計で64試合。準決勝や、決勝が行われるメーン会場以外は、大会で使用されるのはわずかに3試合か4試合程度にすぎない。
 「W杯開催期間の一か月を、日本全体の祭りにできないか。開幕戦や決勝戦の時に空いてしまう14会場を有効利用できる、現実性のある技術はないか」という発想が、バーチャルスタジアム構想の原点である。
 確かに、施設を有効利用する方策としては、ユニークなものであり、ハイテク日本を世界にアピールし、韓国との誘致合戦の大きなプラスイメージになることは確実である。しかし、費用の問題(基本的には県が、税金から出費することになる)や、本当に臨場感あふれるシステムになるのかといった疑問も残る。
 さらに、招致が決定したならば、このシステムの設置が開催施設に義務づけられるとするならば、我々県民の意志決定が拘束されてしまうことになるのだろうか?(招致のために、自動的にシステム設置を行わなくてはならないのか?)
 ただただ、成り行きを注目していきたい。

◇日本で予定されている15会場◇

     スタジアム名     開催候補地  収容人員
  札幌ドーム(仮称)        札幌市 42,300人
青森県営サッカースタジアム(仮称)青森県 41,716人
宮城県スタジアム(仮称)     宮城県 49,281人
新潟県総合スタジアム(仮称)   新潟県 41,950人
茨城県立カシマサッカースタジアム 茨城県 43,340人
埼玉県営スタジアム(仮称)    埼玉県 63,060人
千葉県立スタジアム(仮称)    千葉県 48,500人
横浜国際総合競技場        横浜市 70,336人
小笠山総合運動公園スタジアム   静岡県 49,730人
豊田市スタジアム(仮称)     愛知県 62,300人
京都スタジアム(仮称)      京都府 42,100人
大阪市長居陸上競技場       大阪市 42,988人
神戸ユニバー記念競技場      神戸市 42,020人
広島広域公園陸上競技場      広島市 41,806人
大分スタジアム          大分県 43,254人




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三大紙の一面を飾った麻原裁判イラスト

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三大紙の一面を飾った麻原裁判イラスト

 4月24日、東京地方裁判所で、麻原彰晃オウム真理教代表の第一回公判が開催された。
この模様を紹介する翌日(4月25日)の朝刊各紙は、一面に裁判の模様を描いたイラストを大々的に掲載した。
 裁判の内容の写真撮影や、テレビ撮影は許されていないための苦肉の策であろうが、各紙を読み(眺め)比べると現代日本のマスコミの本質が垣間みられるような気がして、大変興味深かった。

 まず、読売・毎日・朝日の三大紙と地元茨城新聞のイラストをご覧いただきたい。

19960425

 左から読売新聞(法廷の麻原被告の3態:ウノ・カマキリさん筆)
 2番目、毎日新聞(大須賀 友一さん筆)
 3番目、朝日新聞(大野 耕平さん筆)
 一番右、茨城新聞(河原 弘司さん筆)
 同じはずの麻原の表情も大いに違いがある。朝日新聞のそれは、多分に哲学的である。毎日は逮捕時の麻原のイメージの延長線上にある。読売新聞では、痩せて精気のない麻原像が浮かび上がってくる。
表情だけでそれだけの違いがある。

 それでは次に、新聞を飾った全体の画像を見てもらいたい。データ量が大きいので、見たい絵をクリックしていただきたい。

 読売新聞(麻原の表情を追った3枚のイラストを掲載)
 毎日新聞(裁判長側から法廷の様子を説明したイラスト)
 朝日新聞(麻原の哲学的?な顔のどアップ)
 茨城新聞(無難な印象のスケッチ)
 
 いずれのイラストも、それを掲載した新聞社の考えが現れているような気がする。
 読売新聞は、表情の変化を追って、麻原の落ち着きのない、無責任な態度を強調したかったのであろうか。しかし、イラストという手法を使ったわけであるから、この表情は、画家のフィルターを通した表情である。責任ある新聞の一面を飾る内容として、いかがなものであろうか。
 同じ事は、朝日新聞にももっと端的に現れている。このようなイラストが3段抜きで掲載されることは、記憶にあまりない。知人の子供が、これギリシャの哲学者?と言っていた。作画家や編集者の麻原のイメージをこのような形で表現する必要があるのだろうか。一番疑問が残った紙面である。
 毎日新聞は、裁判の情景を伝えるという効果はあったような気がする。ただ大いなる疑問は、このアングルでイラストレータ氏は法廷を眺めることができたのであろうか。あくまでも、想像図として理解すればよいのであろうか。
 活字文化と画像文化の比較が巷間よく議論される。活字文化の旗手である新聞の一面に登場した麻原イラスト。
 私たちは、情報を正確に伝えてもらいたいと願っている。その情報をいかに選択し、判断するかは、私たち読者、国民の仕事だと私は思う。
それを新聞各社がよけいなお節介をしてくれたと、思わざるを得ない。社会面に、法廷の全体像が分かる程度のイラストが載せてもらえば、それでよい。
 情報にマスコミのフィルターをかけたり、色を付け加えたりはしない方がよいと感じた、新聞記事であった。

※最終更新日時: 06/10/1996 17:06:20




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県営滑川アパートが竣工

県営滑川アパートが竣工
県営滑川アパート かねてから建設が進められていました「県営滑川アパートの3号棟」が完成しました。
nameapa 東南に太平洋を望む傾斜地をいかし設計で、その眺望は素晴らしいものがあります。
 三階にランプという斜道を設け、三階四階部分のコミュニケーションの機能を充実させました。
 また、内部は、玄関部分を明るくゆったりとしたスペースとして、来客を接客できるようしました。
   今後は、内装工事、外溝工事などが続けられ入居開始は、12月1日の予定です。

所在地:日立市滑川町2−410
建物概要:鉄筋コンクリート4階建て
住戸構成:1種住宅24戸(3LDK)
入居予定:H7年12月1日




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日立こ道橋工事の説明会開かれる

日立こ道橋工事の説明会開かれる
 4月9日に提出された日立こ道橋の要望書に対して、高萩土木事務所(市毛保所長)の国道245号線日立こ道橋改築工事陳情連絡会(染谷力丸会長)への回答説明会が、4月22日、市内のホテル天地閣で行われました。
 回答説明会には、高萩土木事務所の担当者をはじめとして、JR東日本、東鉄工業の工事担当者、日立市の担当者が出席し、要望書への回答と説明を行いました。連絡会側からは、染谷会長をはじめ代表12名が参加、今橋・井手両県議、佐藤市議も同席しました。
 これによると、「当初、平成9年2月から10月の9ヶ月間となっていた全面通行止めは、工事の行程を調整し一切行わない」ことが明らかにされ、住民の皆さんの声が大幅に取り入れられた結果となりました。
 また、JR線の海側のこ道橋と駅海岸口を結ぶ市道も、幅員1.5メートルが確保され、人の通行が確保されることになりました。
 しかし、平成9年7月より11月までは、車両は海側より山側への一方通行になる計画であるため、 連絡会側からは、交互通行の可能性や一方通行の方向の変更等の要望や質問が相次いぎました。
 連絡会では、この回答を原則的には評価するとしながらも、詳細を更に検討し、今後も緊密に連携をとりながら工事を進めていくことを出席者で確認しました。更に、地元の一般住民にもチラシ等での広報活動や説明会を開催するよう重ねて土木事務所に要望し、回答説明会は終了しました。

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4月22日ホテル天地閣で開催された回答説明会


高萩土木事務所が回答した日立こ道橋の工事計画
期  間車 道歩 道市 道
平成8年5月〜平成9年6月通常通り通常通り幅員1.5m人のみ
平成9年6月〜平成9年11月海側から山側への一方通行北側のみ幅員1.5m人のみ
平成9年11月〜平成10年3月交互通行北側のみ幅員1.5m人のみ




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Nシステムをご存じですか? - 車両監視システムについて

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Nシステムをご存じですか

nsystem1 平成7年の秋、議会の帰り道で、国道に設置されたカメラ群を見つけました。場所は、水戸市内の50バイパス。常磐高速のインターに向かって、河和田陸橋を越えて、右手にスカイラークを過ぎたあたり、銀色のアーチが上下4車線をまたいで立っていました。一つの車線に3種類のカメラのような物が取り付けられ、合計で4セットが設置されています。

 早速、県警の交通担当に問い合わせをしてみると「それはNシステムという交通監視システムの一種です。渋滞状況を把握するようなもので、速度の取締等ではないのでご安心を」との答えが返ってきました。

 気を付けて、いろいろなところを走ってみると、県内数カ所に同じようなカメラ群が確認できました。

 その年の12月、本屋で偶然見つけたのが、集英社のBartという雑誌(96年1月号)でした。その雑誌に、この「Nシステムの」特集が組まれていました。

 この装置は、「自動車ナンバー自動読み取り装置」(通称Nシステム)と呼ばれており、「犯罪捜査を目的に通行車両すべての通過時刻とナンバーを撮影記録する機械」ということでした。

 「Nシステム」は、箱形のカメラようなものが一車線に3台ずつ、路上に向けて取り付けられています。3台のうち、両わきの2台から赤外線を投光して車両を感知。中央の機器でナンバー部分を撮影し、コンピューターが自動的にナンバーを解析して記録保存するシステムと説明されています。

 通過した自動車のナンバーを即時に解析、記録して、ホストのコンピュータにインプットされた犯罪車情報を検索させるシステムのようです。盗難車のいち早い捜索や、広域化する犯罪の捜査に威力を発揮すると思われます。

 この「Nシステム」が効力を発揮したのがオウム事件でした。一連のオウム真理教事件の捜査でも、数十台の車に乗るオウム幹部の動きを追うことが事件解決の足掛かりにもなるため、「Nシステム」がフルに活用されたといわれています。全国に拠点を持つオウム真理教が相手の捜査だっただけに、このシステムがなかったら捜査に支障をきたしたことは間違いありません。

 反対に、オウム側でもこの「Nシステム」には重大な関心を寄せ、国松孝次前警察庁長官狙撃事件で、「私が撃った」などと供述している元巡査長が、オウム教団の求めに応じて、通行車両のナンバーを読み取る「Nシステム」に関する情報を教えたことなどを認めている事実は広く知られています。

 更に、平成4年、つくば市の医師による妻子殺人事件で犯人が遺体を放棄するために横浜に向かったところが、このシステムに捕らえられ犯人逮捕の決め手の一つとなった事例や、山梨県で起きた信用金庫OL誘拐殺人事件、富士フイルム専務殺人事件でも「Nシステム」が活躍したことが知られています。

 また、平成5年に判明した埼玉・愛犬家不明事件でも、被害者の車の偽装移動工作が「Nシステム」の写真記録で見破られたことが、埼玉県警によって認められています。

 こうした、車を使った広域犯罪に威力を発揮する「Nシステム」ですが、設置には莫大な費用が掛かっています。一説では、1セット(1ヶ所)で1億円を超えるという話しもあります。

 県警では「Nシステムの金額については、国の予算での設置のため把握していない」と説明しており、警察庁でも具体的な設置予算は公開していません。

 また、ナンバーを記録することがプライバシーの侵害に当たるのではないかとの意見もあります。

 「Nシステム」については、もっとオープンな論議が是非とも必要だと強く主張します。

 皆様のご批判、ご意見、情報等を是非お寄せ下さい。

※最終更新日:1997/Oct/1
Nシステムの効力を検証する
http://blog.hitachi-net.jp/archives/51660309.html
いばらきのNシステム
http://blog.hitachi-net.jp/archives/51660313.html




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憲法20条の解釈についての私見

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憲法20条と政教分離に関する私見

憲法20条の解釈をめぐって、従来の憲法解釈を大幅に逸脱した解釈を行い、宗教団体に属する人の基本的な人権まで犯そうとする勢力が台頭してきています。
これまでの論議を踏まえて、憲法20条に書かれた政教分離規定に関しての私見をまとめてみました。
よろしくご批判ください。


日本国憲法の条文(抜粋)

第14条【法の下の平等】
,垢戮胴駝韻蓮∨,硫爾吠薪であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

第20条【信教の自由】
/教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
9餤擇咾修竜ヾ悗蓮⊇ゞ偽軌蕕修梁召いなる宗教的活動もしてはならない。

第21条【集会・結社・表現の自由】
―顕顱結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

第89条【公の財産の支出又は利用の制眼】
公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。



   憲法の政教分離規定は、基本的人権として憲法に保障されている信教の自由を保障せんがための規定です。憲法第20条には第一項前段で「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する」、第二項で「何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない」と規定し、信教の自由を保障しています。

 さらに信教の自由を実質的なものとするためこ、「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」(第一項後段)、「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教活動もしてはならない」(第三頃)と規定しています。

 この規定全体の趣旨について、1994年秋に、大出内閣法制局長官は「国権行使の場面において、国及びその機関が宗教に介入し、または関与することを排除するという見地から政教分離を定めている」との見解を示しています。  つまり、憲法の文脈は、一見すると宗教団体を規制しているかのように読めますが、名あて人は国・地方公共団体であり、公権力を行使する人に対する規制の規定ということになります。

 そこで、憲法第20条「いなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」との規定の中の「政治上の権力」とは何かということが問題になります。

 ここにいう「政治上の権力」とは、私たちが日常使うような「政治的に強い影響を与える」という意味とは全く違います。憲法は法律の中の法律ですから「政治上の権力」の意味は厳密に特定されています。大出内閣法制局長官は「なかなか条文が読みにくい形の条文になっている」と注意を喚起しながらも、憲法制定議会の金森国務大臣の、それは「国から授けられて正式な意味において政治上の権力を行使してはならぬという趣旨のものである」との答弁を引いて、「国や地方公共団体から統治的確力の一部を授けられて、そして行使をする、そういうことはいけないと、こういう趣旨だと理解いたしております」と明決に答弁しました。

 「政治上の権力」とは、政治的影響力の意味ではなく、国や地方公共団体が独占する「統治権」の意味に限られ、それを超えて「政治上の権力」をそれ以上の一般的な政治的影響力のことを指すかのように議論するのは、憲法制定時の政教分離規定の趣旨とは著しく違うものであることが明白になりました。

 「統治権」とは、具体的にいえば国や地方公共団体の立法権、課税権、裁判権、公務員の任免権、同意権、戸籍の編成権などの統治的権力を意味します。従って、この規定は国や地方公共団体が特定の宗教団体に「政治上の権力」を授けて、宗教団体がそれを行使することを禁止しているということです。

 したがって、「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」とは、宗教団体を規制しているように見えますが、国など公権力を規制している条文であることが明白になります。

 大出長官は憲法の政教分離規定の全体の場面設足を、「国及びその機関が、国権行使の場面において、宗教に介入し、または関与することを排除する」という規定だと言っているのです。

 実際、国や地方公共団体が、課税権、裁判権、立法権、公務員任命権、戸籍編成権など「政治上の権力=統治権」を特定宗教団体に対して「授け」(授権)なければ、宗教団体はそれを行使することはできません。ですから、国や地方公共団体に対して宗教団体にそれらの統治権力を授権することを封じたのです。条文全体の名あて人は宗教団体ではなく、国や地方公共団体などの公権力です。

 この「政治上の権力を行使してはならない」を読み間違えなければ、憲法の政教分離規定は、信教の自由が目的、政教分離は手段、と分かります。

 こうした基本を踏まえて考えますと、「創価学会等の宗教団体が一つの政党を支援するのは政教一致であり憲法違反ではないか」という意見を、自民党を始め社民党の政治家がよく発しますが、その意見の根拠は、「いかなる宗教団体も……政治上の権力を行使してはならない」という憲法の規定を誤って引き合いに出していることがよくわかります。

 政教分離原則の解釈を逸脱し、宗教団体の政治活動を排除した規定であるとする誤った認識の典型的な例です。自民党の、執拗な国会質問の根っこにも同様の認識があります。

 政府は、政教分離原則の趣旨は「宗教団体の政治的活動を排除するということまでを含んではいない」(大出内閣法制局長官)と明確に見解を示しています。従って、宗教団体の政治活動は「政教一致」などでは決してありません。逆に、もしも宗教団体であるがゆえに政治活動は禁止ということになれば、信仰を持っていることを理由にして、政治活動の自由を差別的に奪うことになります。自民党などが宗教団体を根拠もなく攻撃することこそ憲法の「法の下の平等」という原則に違反する問題となってきます。

 宗教団体が、その教義に基づき反戦・平和、環境問題など一定の政策を持つことは憲法上、何の問題もありません。政教分離原則では宗教団体の政治的活動を排除していませんし、憲法21条のいわゆる表現の自由の一環として、教義に基づき一定の政策を持つことも問題はありません。

 例えば「生命の尊厳」といえば、それを脅かすもの、核兵器の廃絶を訴えたり、戦争を許さない、福祉政策の充実を働き掛ける。こうした営みは宗教団体に当然、認められるべきものです。宗教者および宗教団体が信教の自由を守る政治的な闘いはもとより、福祉政策が貧困であるとか、政治に問題があるといった場合、社会の変革を訴え、政治的な発言をするのはごく自然の道理でしょう。

 憲法に照らせば、信仰をしていても、していなくても、団体であれ、個人であれ自分の所信に従って、自主的な選挙支援や政治活動をすることは、平等に保障され、尊重されるべき堂々たる基本的な権利といえます。

 さらに、宗教団体が「政策実現するために特定の候補者を推薦・支持することも認められてています。

 宗教団体の政治的活動は憲法で保障されています。さらに、表現の自由の一環としても尊重されるべきものです。この「政治的な活動」という言葉の定義について、政府は「宗教団体に許されている政治的な活動の中には、選挙運動も含まれる」(大出内閣法制局長官答弁)との見解を示しています。従って、宗教団体が特定の候補者の当選を得るために選挙運動をすることは憲法上、認められるということです。

 創価学会の選挙運動を指して、「政教一致」であると批判する自民党などの一部勢力の言い分は、政府の見解を無視した、嫌がらせにすぎないことがよく分かるでしょう。こうした批判は、「権力による宗教介入・関与を禁止している憲法の政教分離原則への無認識から生じているものであり、全く筋違いの話なのです。

 憲法による信教の自由の保障とは、宗教団体があらゆる社会活動、政治活動において、不利益で差別的な扱いを受けてはならないという保障が現実の上で生かされなければ、本当の信教自由が守られているとは言えなくなるでしょう。

Last Up Date: 05/24/1996 11:17:14

参考資料:
◎桐ケ谷 章さんとの対談。 (創価大学法学部教授。宗教法を専攻。東京大学大学院修士課程修了。弁護士。宗教法学会監事。53歳。著書に『信教の自由について』、『平和憲法を護るために』(編著)、『信教の自由を考える』(共著)、『政治と宗教を考える』(同)など。
アメリカ連邦最高裁判所判例に見る「信教の自由」と「政教分離」:塩津 徹(1948年静岡県生まれ。早稲田大学法学部、同大学大学院政治学研究科単位取得。創価大学比較文化研究所助教授。比較憲法専攻。著書に『信教の自由を考える』)




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住専予算の衆議院通過に際して、新聞各社の社説を読む

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住専予算審議を総括して
新聞各社の社説より(公明新聞・朝日新聞・毎日新聞・読売新聞)


◆公明新聞社説
始まった住専第3ラウンド
3項目合意は削除への足がかり

 【血税、限りなく絶たれる】
 新進党と連立与党の国会対策委員長会談(十日夜)での「三項目合意」は、今後の国会運営に当たって重要な意味を含んでいる。政府・与党は合意事項を「曲解」することなく住宅金融専門会社(住専)処理の原点に立ち戻るべきである。
 ず合意の第一項目は、予算書総則を書き換え、問題になっている住専処理に伴う財政支出について、「緊急金融安定化資金の六千八百五十億円については、制度を整備した上で措置する」とした。実際、この合意事項を受けた修正案が十一日の衆院予算委員会に与党から提出され、本予算案とともに連立与党の賛成多数で可決され、衆院本会議も通過した。
 「目的に大きく一歩近づけることができた」と新進党の西岡武夫国対委員長は強調したが、合意事項を予算にきちんと書き込ませたことの意義は大きい。六千八百五十億円の「血税投入」が限りなく断たれた状態になっているからだ。住専予算削除への具体的な一歩ととらえることができる。なぜなら、この合意事項にある「制度を整備した上で措置する」との文言について、住専処理スキーム(枠組み)の見直しを含んだ金融制度の抜本改革を前提としての「措置」と位置づけられるからだ。与党の一部から出ているような「住専処理機構法案の成立まで」といった「まやかし凍結」ではないし、そうみてもなるまい。 事実、第二項目の前段部分「現行の金融、税制、財政制度および経済構造全般にわたる改革を行い」とは、第一項目の「制度の整備」と深くかかわっていることは折衝過程をみれば明らかである。そうした改革や「金融機関等の諸問題について協議し、処理するため」(ニ項目後段)に、特別委員会は設置される。
 従って、住専処理案はもちろん、きょう十二日にも提出される金融関連法案を含めた不良債権処理策が特別委員会で改めて徹底審議されることになる。処理システムの再構築が当然議論される。処理ルールの透明性と責任の明確化が改革のポイントになるが、特別委員会でそうした議論を重ねるほど、実は住専の政府処理策、血税投入とは矛盾をきたす。
 今回の金融関連法案には、信用組合の破たん手続きが盛り込まれているが、その手法は新進党が住専処理で強く主張してきた「会社更正法」による法的処理が軸になっている。この一点をみても、住専の談合処理、血税投入の無理が明白となり、特別委でも追及されよう。「削除」につながっていくことになる。  つまり、特別委の場では、「限りなく削除に近い凍結を求めて議論をしていくか、制度が完全に新しくなればこの予算はなくてもいい」(米沢・新進党幹事長)といった仕組みを具体化させていく闘いとなる。最終的には、新進党が提示してきた不良債権処理策が「制度として整備」されるならば、六千八百五十億円は消滅する。
 また、特別委では住専にかかわる責任追及が徹底して行われることが求められているが、加藤・自民党幹事長の喚問は「政治家の責任」を明らかにするために、真っ先に取り上げられなけれはならない。第三項目に「証人喚問問題については、真摯(しんし)に対応することを確認し、特別委員会において取り扱う」としているのは、そのことを指す。
 加藤幹事長は「別の機会に明らかにする」(十一日)と発言しているが、国会の場で、国民の前で自ら進んで事実を述べるべきであろう。
【公明、削除への闘い続ける】
 残念ながら、住専予算の衆院通過前の削除を勝ちとることはできなかった。しかし、大きな足がかりを築いたとみたい。国民の圧倒的多数は依然として血税投入に反対している。「六千八百五十億円の削除を求めての第三ラウンドの闘いが始まった」(渡部・新進党総務会長)わけである。公明も削除へ全力投球の闘いを続ける。

◆毎日新聞社説
ただ不信感だけが残った

 住専予算は十一日衆議院を通過した。実際はこれで国会が了承したことになり、残念ながら6850億円はいずれ支出される。そうみるのがこれまでの日本的やり方の慣例、慣習からみて常識だ。
 それをよしとするのではない。また同じことかと、先行きすっきりとした納得のいく解決策を期待するのが幻想と感じるだけである。昨年暮れ以来半年近い大騒ぎは、もちろん政治不信、大蔵不信、銀行の自立など日本社会変質へのいろいろな動きを生み出したが、こと住専問題に限ればバブル崩壊からの着地に至る全日本的なガス抜きの一過程だった。その一里塚が済んだ。
 結局、政府はいまだ自ら真意を丁寧に説明していない。政府が正しいと勝手に信じている方法をなぜ正しいか納得させないままほぼ押し通してしまった。この方法が日本全体にとって現状で取り得る最善の具体的手法だと彼らが確信しており、政治家もそれを乗り越えられなかった。今後話し合いを続けるといっても内閣も与党も野党も全部同じ顔ぶれだ。よほど勉強しなおさないと違う結論を期待できない。
 この間、住専報道は新聞とテレビと週刊誌などの断片的事実の積み重ねで実態が究明されてきた。政府は常に情報操作の側にいた。タイミングをみて選択情報を公表してきた。だが税金投入の動機と不良債権の全体像という、もっとも大事な情報は依然隠したままだ。動機は表向き、信用秩序を守る。預金者を守る。日本の国際的信用を守る。そのために急いで処理しなければならない。 だが、だれも納得していない。
 現実は半年以上たなざらしにしても、そのどれも心配するほどのことはなかったではないか。ならぱ初めからよく説明していれば法的処理ができ、いまごろめどがついていただろうし、渋々、税金投入が了承されたかもしれない。たとえそれがまずい方法だろうが、間違えていようが、多少の信用不安を助長しようが、大多数の世論に従うのが、民主主義というものだ。民主主義は詰まるところ、もっとも正しい選択をするための制度ではない。みんなで納得するための制度だ。今回またそこを無視した。
 その態度はすべてに共通している。沖縄で政府が土地を不法占拠しているのも、エイズ資料を隠していたのも、官官接待が住民のために必要だと決め込んでいるのも、情報公開は日本のためにならないと国民を信用していないからだ。
 いまごろになって政府は住専解説の安っぽいパンフレットを送ってよこした。見るに堪え得るものではない。大方の国民はもう感付いていることだが、今回政府のロから直接いわせたいことは、それほど難しいことではない。農協は預金者の立場で住専に資金を出していた。だから全額返してやることにした。そうでない農協があちこちでつぶれてしまう。そうなると政治家の選挙区という名の日本の社会構造が一挙に崩壊してしまう危険がある。信用秩序の維持とは、選挙区の維持と無限に近い意味を持つ。そこを改革するまでのしのぎとして税金を使わせてくれ、の一言なのだ。正直になることだ。これから同じようなことは山ほどあるのだから。こうして不信感だけを積み上げていったら一番大事な時に最悪を選ぶことになる。

◆読売新聞社説
住専はこれからが正念場だ

 住宅金融専門会社(住専)処理策への六千八百五十億円の財政支出を盛り込んだ一九九六年度予算案が衆院を通過した。
 だが、巨大バブルの後始末、数十兆円とされる不良債権の本格処理はこれからだ。世界最大の債権国である日本が、この処理に失敗すれば、国内はもちろん国際経済が受ける打撃は計り知れない。
 日本の問題解決能力が内外から試されている。金融問題をこれ以上、政治的駆け引きの道具にしてはならない。
【税金論議が明らかにしたこと】
 関連法案の成立を急ぎ、住専の不良債権回収にただちに着手すべきだ。透明なルールによる金融危機回避と、迅速で国民負担の少ない破(は)綻(たん)処理システムの確立が法案にかかっている。護送船団行政の清算と、市場原理や自己責任原則に沿った監督・監視体制づくりも焦眉(しょうび)の急だ。 住専は、不良債権の象徴として内外から早期処理を求められたため、複雑な権利関係の調整に政治や行政がやむなく関与した。あくまで例外的な緊急措置だ。これを受けて、株価も景気も回復に転じた。
 問題紛糾の原因は、政府、与党が当初、財政支出の真の目的を率直に国民に訴えなかったことだ。住専処理で一番影響が深刻なのは、最大の貸し手で経営基盤の弱い農林系金融機関だ。損失負担に耐え切れず、その一角が破綻すれば、金融不安が一気に全国に波及する危険がある。
 太平洋銀行の破綻が証明したように、「静かな取り付け」が広がっているのだ。政府の処理策は、民間銀行に、より大きな損失負担を求めて農林系の負担を軽減し、それでも足りない分を財政で穴埋めした。総額六十八兆円の農協貯金者を守ることで日本の信用秩序を保護する狙いだ。
 だが選挙の農民票を意識して、与党だけでなく新進党も、こうした基本的な議論を回避したため「住専救済に血税投入」という、国民感情に訴えやすいが、本質からずれた議論が横行する結果を招いた。
 政府、与党の政策説明能力は完全な落第点だ。厳しく反省すべきだ。
 しかし、こうした国民的議論の中で、明らかにされたものの意味は大きい。 第一は、戦後政治の中で形成された「聖域」にメスが入ったことだ。最大の聖域は農林系金融機関だろう。
 政府が財政支出に追い込まれたのは、大幅に減額された損失負担にも耐えられないほど、農林系の内容が痛んでいたためだ。集票組織につながる農業という政治的聖域に安住し、改革を怠って来たとがめだ。
 市場経済の中に、巨大な非市場経済的な組織を温存してきた政治と行政の責任が正面から追及されようとしている。
 権威と力を誇って来た大蔵省の見直し論議も、聖域崩壊の一つと言えるだろう。
 二つ目は、バブルの中で失われた、金融規律の回復だ。
 金融の基本は「融資した資金がどう使われて、どれほど利益を生み、元本と金利が計画通り返済されるかどうか見届ける」こととされる。だが、バブル期の金融機関は企業体質や資金の使途と関係なく、土地だけを基準に貸し出し競争に走った。
 借り手には「バブル紳士」も紛れ込み、暴力団の介在によって不良債権が増大している。暴力団は巧妙に法律のすき間をつくため、金融機関の努力や通常の行政手段では容易に対抗できなかった。
 住専問題は、このやみの部分を明るみに引き出した。税務当局、検察・警察の総力を挙げた刑事責任追及が必要である。住専処理機構による徹底的な債権回収が開始される。金融機関は苦い反省に立って、金融の正常化、規律回復に努めるべきだ。
 三つ目は、バブルの発生から崩壊にかけての、政治家や官僚の政策判断の甘さや無責任体質が明らかにされたことだ。従来は不問に付されて来た政治や行政の結果責任が問われなければならない。
 住専問題は、バブルの崩壊で清算を迫られている戦後政治・経済システムの象徴だったとも言える。
 これを踏まえた改革は待ったなしだ。
 預金保険制度の拡充、早期是正措置の導入などを盛り込んだ金融三法案が国会に提出される。日本の金融システムを、国際的なスタンダードにあった、開かれた制度に改革する基本となる重要な法案だ。
 それが定着して初めて、金融破綻の際、自己責任を基本とするペイオフ(元本千万円を限度にした預金払い戻し)に踏み切る環境が整う。法案成立を急ぐべきだ。
【経済・金融改革の授業料に】
 大蔵省改革も本格論議が始まった。護送船団行政と呼ばれる業者行政、業界の利害調整役から、市場ルールの監視役への転換をどう図るか。大蔵省自体の改革か、独立した監視機構か。農林系金融機関や郵便貯金も含めた金融全体の監視・監督体制をどう築くかがポイントだ。
 ナチス・ドイツ時代のライヒスバンク法に倣った、全体主義的色彩の強い日銀法の改正問題も、こうした脈絡の中でようやく検討が開始された。
 大蔵省の庇(ひ)護(ご)の下で横並び競争を続けてきた金融機関の大蔵省離れも進んでいる。農林系金融機関も大胆な改革を迫られ、集票システムとしての農協、政治と農業の関係も厳しく問い直されるはずだ。
 衆院に設けられる特別委員会には、大恐慌後、米国の金融改革を主導したペコラ委員会の役割が期待される。日本経済に深い傷を残したバブルの発生と崩壊、政治や行政、日銀がどうかかわり、どんな結果を生んだかを究明し、国民に報告すべきだ。
 住専を破綻させた関係者の責任が徹底的に追及されるべきは当然だ。
 こうした改革努力の積み重ねが、六千八百五十億円を、日本経済の再生と金融改革を実現するための貴重な対価、授業料として生かす道である。

◆朝日新聞社説
国会ついに機能せず――住専予算の衆院通過

 「住専」。少し前までは、ほとんど知られていなかったこの言葉が、日本の議会史に刻まれることになった。
 民主主義の成果としてではなく、説明のつかない政策を国民に押しつけようとした政府に対し、国会がその機能を果たさなかった悪例として、である。
 経営が破綻(はたん)した住宅金融専門会社の処理に、六千八百五十億円の税金を使う新年度予算案が衆院を通過した。「住専の処理になぜ、税金を投入するのか」という問いに答えぬままの可決だった。
 【本音が出た首相の言葉】
 与党と新進党は土壇場になって、予算書の総則に「住専予算は制度を整備したうえで措置する」と書き加えることで合意した。金融制度の改革問題などを論議するため、衆院に特別委員会を設置することもうたわれた。自民党の加藤紘一幹事長の証人喚問は先送りされた。
 新進党の西岡武夫国会対策委員長は「制度を整備するというのは、金融機関全体の不良債権の処理について、新しい制度をつくるという意味だ。税金を使わない場合もある」と語っている。
 だが、橋本龍太郎首相は「住専関連法案が通らなければ予算執行できないのは当たり前だ。合意は、それ以上でもそれ以下でもない」と、住専予算の削除はあり得ないことを明言している。予算書の修正に応じる代わりに、住専処理の枠組みは維持したということだろう。
 明白なのは、税金の投入を盛り込んだ予算の成立が確実になり、理不尽な住専処理策が、何ごともなかったかのように実行に移されようとしていることだ。
 与党と新進党の合意は、国民の反発をかわすための政治的な方便であるといわざるを得ない。加藤氏の喚問がうやむやになったことも納得できない。
【無力を見せつけた政治】
 住専問題をめぐる、この二カ月あまりの政治家や政党、そして官僚たちの動きは、いまの政治が民意をくんで議論をつくすという役割を果たせなくなっていることを示した。
 国民の反発を十分理解したうえで、あえて信念に従って、住専予算を通そうとしたのなら、まだしも政治と呼べる。実際には、反発の強さにたじろぐだけで、どうしたらいいか分からなかった、というのが真相だろう。このことは、与党についてとくにいえる。
 なかでも社民党は、自民党以上にかたくなだった。新党づくりの遅れから、衆院の解散をひたすら恐れ、それにつながるような決着をことごとく阻止しようとしたのだ。不正や腐敗を憎む、という気概は、とうになくしてしまったということか。
 新進党は、政党としての体をなしていないことを、みずから表明したようなものだ。何の成果も生まなかったピケを含め、国会に臨む姿勢には一貫性が欠けた。国対委員長が合意文書に署名しながら、党としては、予算案にも、その修正にも反対するという態度は混乱の極みである。
 国会には、政府の行き過ぎや横暴をチェックするという大事な役目がある。 連立時代に入ったいま、野党がその機能を果たせず、与党からも、政府にブレーキをかける動きが出てこないとなれば、国会の機能は半減するに等しい。
【なぜ、政治は民意をくみ取ることができなかったのか】
 まず挙げられるのは、住専の処理策自体が密室協議の産物であり、納得のいく原則に貫かれたものではなかった、ということだ。銀行と農協系金融機関にあてはめた処理のルールは違っていた。
 この背景には、大蔵省と農林水産省の局長が権限もないのに交わした「覚書」があった。これが処理策をゆがめ、税金の投入を招く大きな要因となった。 しかも、本来なら、みずからの責任で国民を説得し、処理策の実現を図らねばならない与党の幹部たちのだれ一人として、論争の正面に立とうとはしなかった。住専をめぐる事態をこれほど悪化させながら、大蔵省の官僚は、反省や謝罪の言葉をほとんど口にしていない。
 この国の指導者たちには、使命感や責任感が欠如しているのではないか、と思わざるをえない。
 住専審議の途中で行われた京都市長選と参院岐阜補選は、ともに、この問題が焦点となりながら、対照的な結果となった。共通していたのは、投票率が異常に低かったことと、共産党が躍進したことだ。
 住専問題には怒りを感じながらも、そのもって行き場を探しあぐねている有権者の姿が、そこにはある。
【まだ議論の時間はある】
 住専予算のこのような形の衆院通過は、今後の不良債権の処理だけでなく、これから国民に一層の負担を求めていくうえで、好ましくない前例になるに違いない。
 日本経済はこれから、成長力が減退する一方で、高齢化は進み、負担は大幅に増えるという苦しい時代に入る。まず消費税率のアップが控えている。負担を求めるには、政治への信頼のほか、公平なルールや透明な仕組み、政策決定過程の分かりやすさなどが不可欠である。
   これらのうちの一つでも、満たされただろうか。原理原則に反する決着は、社会保障や福祉などのために、負担増が本当に必要となったとき、合意の形成を限りなく難しくするだろう。
 予算案の審議は参院に舞台を移す。住専を実際に処理する仕組みをつくるための関連法案の審議も始まる。
 与野党には、これらの審議を通じ、住専処理策の何が問題なのか、もう一度、考えてみるよう求めたい。不良債権の全体像を明らかにすることはもちろん、その負担のルールも練り直すべきだ。
 基本は、根拠の定かでない税金の投入は認められない、ということだ。参院で住専予算を削除し、それを衆院が認めるという道は残されている。住専関連法案をつくり直せば、処理策を理にかなったものに変えることもできる。まだ、時間はある。
 あきらめてはならない、と思う。政治に絶望し、背を向けてしまったら、結局は、とんでもない結果となって、跳ね返る。住専問題から、「忘れないこと」の大切さを学びたい。
 人々の期待に沿って躍動する政治の仕組みを構築するには、どうしたらいいのか。既成の政党や政治家が頼むに値しないなら、いかに「ノー」を突きつけ、どのような政治勢力を育てるべきなのか。
 住専予算への怒りを風化させることなく、こうした点を考え続けるしかない。政治は国民のものなのだから。




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いばらきのインターネット - インターネット教室で着々

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インターネット教室で着々
1996/4/1朝日新聞:3面「時々刻々」より転載


 カリフォルニアの活動は「ネットデー96(NetDay96)」といい、ホームページを開くと赤、黄、緑の色鮮やかなカリフォルニア州の地図が現れる。さらに情報を検索していくと、学校の所在地や生徒数、校長名など1万3千校のデータが読み出せる。インターネットの接続を支援するボランティアの登録もできる。

 インターネットの魅力は、ネット上にある行政機関や大学、研究機関などの情報、世界の新聞、テレビ情報を即座に入手できることだ。「ネットデー96(NetDay96)」では各学校が独自にホームページをつくり、学校間や学校と父母、地域の企業や研究機関との交流ができる。

 「ネットデー96(NetDay96)」の発案者でコンピューター技術者のジョン・ゲージ氏は「各学校にインターネットを接続しようという案には多くの人が賛成する。しかし、コストと労力を考えると実現には否定的だった」と振り返る。

 ところが、今年一月にホームベージを開設して以来、語学学校などが参加を申し出て、当初計画した学校数を2千校も上回る1万3千校に膨れ上がった。ボランティアの登録も、3月31日現在で約1万8千人にのぼっている。

 この計画にはクリントン大統領も全面支持を表明。1月の一般教書演説でも2000年までに全米の各教室にインターネットを接続する」と語った。心強い助っ人も現れた。米通信大手のAT&Tが2月末、インターネット接続事業への直接参入を発表。月20ドル弱で使い放題という定額料金を設定し、個人や学校のインターネット利用を促進するため、月5時間まで無料という特別サービスを始めた。

 同州コンコードにあるサンイグナシオバレー高校のボランティア代表の一人、チャーリー・メリルさんは「子どもたち一人ひとりが、インターネットを通して世界をかけめぐり、いろんは国の子供たちと交流ができるようになれば素晴らしい」と話す。

 日本でも、1994年に通産、文部省の後押しで財団法人コンピュータ教育開発センターが、全国の101の小中高等学校に対して、コンピューターの貸し出しとインターネット回線使用料の負担、技術的なアドバイスなどの支援をスタート(100校プロジェクト)。このときは1543校の応募があったという。今年5月からは、文部省とNTTが全国約1100校(96年度)の小中高校を募り、インターネット接続の支援を始めるなど、広がりを見せている。

 同センターのプロジェクトに参加している東京部港区立神応小学校では、ホームべージで他の参加校と情報を交換したり、外国の事情を調べたりする授業では、バチカン市国のホームページを探して、英文の説明を帰国生徒の児童が翻訳したりした。

 苅宿俊文教諭は「物事を細かく観察する『虫の目』や、事実関係を洗いだす『人間の目』は、これまでの教育でも指導できる。でも、幅広く大きな視点で見る『鳥の目』の教育はインターネットならではのもの。子どもたちは、電話やファクスと同じように自然に接している」と言う。

 インターネットは教育の現場を変える可能性があるが、プライバシー保護や「有害情報」の管理など、インターネットが抱えている問題が、そのまま教育現場に持ち込まれることにもなる。

 「インターネットは実際の社会と同じ。子どもが道を歩いていて、見知らぬ人か声をかけられるのと同じようなことがネット上で起こるだろう。いまのところ問題は生じていないようだが…!」と同小の斎藤等教諭はいう。

 新しい試みだけに、これまで経験しなかった問題だ。これについて通産省情報処理振興課は紙と鉛筆の教育では起きなかった陰の部分も必然的に伴ってくる。そこをどう解決するか、これから研究していきたい」と話している。

◇◇教育に関するインターネットサイトへのリンク
100校プロジェクト(100-School Networking project Home Pages)
茨城の100校プロジェクト:桜南小学校 HomePage
茨城の100校プロジェクト:笠間中学 HomePage
茨城の100校プロジェクト:岩井高校 HomePage
インターネットと教育に関するリンク集
※リンク切れ




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自己紹介
井手よしひろのプロフィール

茨城県議会議員の
井手よしひろです。
茨城県の県政情報、
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