5月20日に閉店した伊勢甚日立店。土曜日にもかかわらず、周辺の銀座通りや市民会館通りは閑散としていました。
 閉じられたシャッターには、「ボンベルタ伊勢甚は日立店は1967年(昭和44年)の開店以来、38年の永きにわたり、地域の皆様のご支援、ご愛顧をいただいてまいりましたが、5月20日をもちまして、閉店いたしました。ここに永年のご愛顧を賜りましたことに心から御礼申し上げます」との貼り紙が。
 会う人会う人、挨拶代わりに伊勢甚の閉店の話しが出ます。日立地域の経済力の衰えが原因だと指摘する方、百貨店という業態自体が時代に合わないとのご意見の方、伊勢甚の経営方針が間違ったという方、様々な分析が飛び交っています。
 ただ、皆一様に結論は一致していました。「一刻も早く、あのシャッターが開いて、買い物客が行き来する店舗が戻ってきてほしい」ということでした。
 ビルや土地のオーナーである「神峰総合開発」、あららしいデパートを立ち上げようと準備している「日立百貨店」、そして日立市を始めとする行政機関、あらゆる知恵と力を結集しての努力を期待します。
 追記に、今日付の新聞各社の報道内容を転載させていただきます。
伊勢甚ビル、日立市が差し押さえ
asahi.com : マイタウン茨城 - 朝日新聞地域情報(2005/05/21)
 イオングループのボンベルタ伊勢甚日立店(日立市神峰町1丁目)が入居するビルを所有する神峰総合開発(長山昌弘社長)が市税を滞納し、日立市がビルなどを差し押さえていることが分かった。同社の子会社の日立百貨店(榎本浩社長)は日立店閉店後、ビルを賃借して今年秋に開業予定だったが、長山社長は「差し押さえで資金調達ができず、日立百貨店にビルを貸せない」と述べ、計画が白紙になる可能性も出てきた。
 ビルは地上6階(地下1階)建て、延べ床面積約4万1千平方叩市は4月26日、ビルと土地の神峰総合開発と長山社長の持ち分(土地、建物約95%)を差し押さえた。差し押さえられても賃借できるが、それとは別に市は、国税徴収法により差し押さえ物件を公売にかけることができる。
 日立百貨店は神峰総合開発100%出資の子会社だが、増資を計画し、運営方針は独自で決めている。
 神峰総合開発によると、ビルと土地は日立百貨店に安い賃料で貸し、百貨店の当初の運営資金はビルと土地を担保に調達する計画だった。しかし、差し押さえにより、安く貸せないうえ資金調達もできないという。
 取材に対し、長山社長は「滞納分を返済するため、高い収入を得る方針をとらざるを得ず、市民のみなさんが買い物できるような別のテナントを誘致する。残念だが、一日も早くシャッターが開くよう努力する」と語った。日立百貨店の榎本社長は「今は開店に向けて準備を進めていくだけ。今後交渉していきたい」と話した。

「伊勢甚」日立店38年の歴史に幕
「捨て値処分」に2万5000人

読売新聞茨城版: YOMIURI ONLINE(2005/05/21
 県北唯一のデパート、ボンベルタ伊勢甚日立店(日立市神峰町)が20日、創業38年の幕を閉じた。営業最終日の「捨て値処分」に、約2万5千人と、通常の7倍の人出が店内を埋めた。
 会社の昼休みを利用して来た同市東町の女性(43)は「食料品はヨーカドー、ブランド品は伊勢甚と分けて買っていたので残念。今月だけで4回も買い物に来て、名残を惜しみました」と話す。同市本宮町の主婦(65)は「中元、歳暮は伊勢甚と決めていた。包装用紙が見られなくなるのはさびしい」とため息をついていた。
 3月24日から始まった閉店セールの総売り上げは、この日の1億円を加えて、総額35億円に達した。
 閉店の午後8時が近づくと蛍の光のメロディーが流れ、1階正面玄関に、長川和夫社長、石川志郎店長らが整列、38年の愛顧に感謝して、深々と頭を下げて客たちを見送った。

ボンベルタ伊勢甚:日立店、38年の歴史に幕
新生百貨店、7月の開店目指す/茨城

毎日新聞:MSN-Mainichi INTERACTIVE 都道府県ニュース(2005/05/21)
 日立市の百貨店「ボンベルタ伊勢甚」(長川和夫社長)日立店が20日、創業38年の歴史に幕を閉じた。同店では、3月24日から閉店売りつくしセールを展開、今月11日からは最終閉店セール「最後の10日間」と銘打ち、多くの買い物客でにぎわいを見せた。今後は新生・日立百貨店が7月の開店を目指す。
 同日立店は、伊勢甚グループとして67年に開店。77年にはジャスコ(現イオン)が全額出資する「伊勢甚」(現ボンベルタ伊勢甚)を設立し、営業を続けてきたが、建物を所有する神峰総合開発との賃貸契約更新などで折り合いがつかず、撤退が決まった。
 この日は約400人の客が開店前に店頭に並んだ。「38年間のご愛顧に心より感謝申し上げます」との店内放送が流れる中、閉店までに約5万人の客が訪れた。「閉店は寂しいですが、一日も早く新しい店のオープンを」との声も聞かれた。閉店時には長川社長ら幹部ら8人がシャッターを下ろした。

ボンベルタ伊勢甚日立店が閉店 名残惜しみ5万人
産経新聞:Sankei Web 地方版茨城(2005/05/21)
 日立市神峰町の百貨店「ボンベルタ伊勢甚」(長川和夫社長)の日立店が二十日、閉店した。営業最終日の店内は、名残を惜しむ買い物客ら約五万人で開店からごった返した。午後八時の閉店時には、長川社長ら幹部八人がシャッター前に並び、深ぶかと頭をさげて最後の一人まで客を見送った。
 ボンベルタ伊勢甚は昭和四十二年に同市中心部に出店。三十八年間にわたって営業し、市民に親しまれてきた。この日、店の前には午前十時の開店を前に約四百人が行列を作り、駐車場周辺は入りきれない車の列で渋滞した。
 社員の朝礼に駆けつけた長川社長は「お客さまの支持と皆さんの努力おかげでここまで来られた」と約二百人の従業員をねぎらった。
 「長年のご愛顧に心から感謝申し上げます。たくさんの出会い、思い出本当にありがとうございました」
 お別れの館内放送が流れる店内は閉店間際まで多くの客で混雑した。市内白銀町の鈴木敏子さん(60)は「病院や銀行のついでに買い物ができた。なくなると困る」。高萩市の渡部幸子さん(75)は「高萩にはデパートがないからよく来た。本当に残念」と話していた。
 今後、同建物には後継テナントの「日立百貨店」(榎本浩社長)が、七月開店を目指し地元有力企業からの出資を募るなど準備を急いでいる。だが、所有者との賃貸契約が済んでおらず問題もまだ残っている。
 県北唯一の老舗百貨店の灯が消えたことに、山本忠安日立商工会議所会頭は「市商業界の核だったので残念。新百貨店に一日も早く開店してもらいたい。会議所としてもできる限り応援する」と話した。

38年の歴史に幕・惜しむ声続々『不便になる』
東京新聞茨城版(2005/5/21)
 一九六七年のオープン以来、地域の百貨店として親しまれてきた日立市神峰町の「ボンベルタ伊勢甚日立店」が二十日、三十八年の歴史に幕を下ろした。長川和夫社長、石川志郎店長ら従業員約十人は午後七時四十五分すぎから、正面玄関で深々と頭を下げ、最後の買い物客を見送った。
 施設の老朽化や売り上げ減などが閉店の理由だが、最終日は開店直後から混雑し、店内は終日ごった返した。
 八九年に入社し、同店で通算七年間過ごした営業企画部の鈴木峰さん(40)は「お客さまには『百貨店らしさ』を伝えてきたつもり。歩けないほどにぎわっている売り場を見ると、寂しく感じます」と視線を落とした。
 同店によると、従業員約六十人はほぼ全員、親会社のイオン(千葉市)に転籍か、地元企業へ再就職が決まる見通し。
 買い物客からは、閉店を惜しむ声が聞かれ、同市東成沢町の主婦(49)は「お歳暮とお中元を買っていたので、不便になる」と残念そう。同市鮎川町の会社員上野精一さん(42)は「親子三世代で遊びに来ていました。早く新しい百貨店をつくってほしい」と話した。
 同店跡地には「日立百貨店」(榎本浩社長)が出店を計画。七月初旬のオープンを予定していたが、遅れる可能性もあるという。