永田元議員が罰金を納付 創価学会への名誉棄損罪
産経新聞(2008/8/6)
 千葉県習志野市で平成17年、国政報告会で虚偽発言し創価学会の名誉を傷つけたとして、名誉棄損罪で千葉簡裁から罰金30万円の略式命令を受けていた永田寿康・元民主党衆院議員(38)が、6日までに罰金を支払った。納付日は7月31日。
 関係者よると、永田元議員は議員在職中の17年8月28日、習志野市にある党事務所で国政活動を報告。参加者約30人に対し「過去3回の東京都議選で、創価学会は都外に住む学会員の住民票を都内に不正に移し、公明党候補者を当選させようとした」などと話した。創価学会は永田元議員を千葉地検に告訴・・告発。7月18日、名誉棄損罪で千葉地裁に略式起訴した。

 「過去3回の東京都議選で、創価学会は都外に住む学会員の住民票を都内に不正に移し、公明党候補者を当選させようとした」とのデマ発言問題で、名書毀損罪に問われていた元民主党衆院議員の永田寿康氏は、7月31日に罪を認め、罰金30万円を支払っていることが新聞報道で明らかになりました。今月9日に永田氏の有罪が確定しました。
 永田氏は2005年8月28日、千葉県習志野市で開いた国政報告会で牾慍颪浪甬遑害鵑療垉珍で、住民票を不正に移動させた″などと事実無根の話しを不特定多数の聴衆に行いました。これに対し創価学会が永田を告訴。千葉区検が先月、名誉毀損罪で、永田氏を略式起訴していました。
 永田は05年7月にも、国会で「住民票移動」云々の発言を行いましたが、抗議を受けた結果、永田本人が牾慍餔を傷つけたことは残念″と弁明。民主党も「遺憾の意」を表明し、衆院議長も厳重注意とした経緯がありました。
 同年12月には、阪神大震災や耐震偽装事件の被害者を猜火犯″呼ばわりして世論の反発を受けました。
 その後、翌06年2月、衆院予算委員会で「偽メール」をもとに質問し、国会を大混乱に陥れた揚げ句、「党員資格停止」処分を受け、議員辞職に至りました。
 結局、永田は議員在職中、暴言、失言を繰り返して5回も「懲罰動議」を出されました。「ミスター懲罰」「ガセネタ議員」との烙印を押されて、バッチをはずすという惨めな結果になったわけです。
 これまでも「創価学会の住民票移動」云々のデマは、選挙の度に繰り返されてきました。(「民主党永田代議士が『住民票移動』」のデマ発言」2005年07月18日掲載)いずれも「いつ」「誰が」「どこからどこへ」移動したのかという確かな根拠は、何一つ存在しません。
 こうしたデマを流した者は、最後は必ず謝罪、撒回、訂正に追い込まれています。
 政治家では1964年、当時の社会党の島上善五郎代議士らが「学会が選挙対策で集団移動している」等と国会で発言。しかし、抗議を受けた島上代議士は「集団移動の事実は、つかんでいなかった」と謝罪しました。
 また68年には、赤沢正道自治大臣が厳重抗議を受け、「根拠は何もない。恐縮している」と陳謝しました。
 マスコミでも、1993年に「朝日新聞」徳島版が、同類のデマを掲載しました。創価学会の抗議を受けた同紙が綿密な裏付け取材を行ったところ、真っ赤なウソと判明。翌日付で「うわさのような事実はありませんでした。十分な裏付け取材をせず、掲載したことで、関係者並びに読者にご迷惑をおかけしました。おわびします」と訂正記事を掲載しました。
 03年には「週刊ダイヤモンド」誌が同様のデマを報じましたが、後日「訂正とお詫び」を掲載。記事を削除して謝罪しています。
 こうしたデマは、公的にも完全に否定されてきました。中曽根康弘内閣総理大臣(当時)は84年、「公明党が、いやしくも、そのような不正行為、集団移動をやる、選挙目当てのそのようなことをやるとは思っておりません」と明快に国会で答弁。東京都選挙管理委員会は「現行制度のもとで二重登録や集団移転ができるとは思えない。もし事実があれば、当選無効の訴訟が出ているはずだが、そういう訴訟は一度もない」との談話を公式発表しています。
 永田氏の今回の刑事罰は、罰金30万円という軽微なものかもしれませんが、その意義は非常に大きなものがあります。明確な証拠ないしに「住民票移動」云云の批判・中傷を行うことは、「犯罪」であると明確に裁かれたわけです。
 この厳然たる事実を、私たちは重く受け止める必要があります。

(2009/1/3更新)
 永田寿康・元民主党衆院議員が、北九州市のマンションから飛び降り亡くなりました。マスコミ報道によると、08年11月からこのマンション近くの病院で精神疾患の治療に当たっていたということです。(合掌)
偽メール事件で辞職の永田元議員が自殺、遺書残し飛び降り
読売新聞(2009/1/3)
 (2009年1月)3日午後6時25分頃、北九州市八幡西区里中3のマンション(11階建て)の駐車場で、偽メール問題で2006年に議員辞職した永田寿康・元民主党衆院議員(39)が倒れているのを住民が見つけた。
病院に搬送されたが、死亡が確認された。
 福岡県警八幡西署によると、10階と11階の間の階段の踊り場でノートに書いた遺書が見つかった。同署は飛び降り自殺したとみて調べている。永田元議員は昨年11月から、マンション近くの病院に精神疾患で入院していたという。
 永田元議員は2006年2月、衆院予算委員会で、当時のライブドア社長が、自民党幹部の家族への送金を指示したとする電子メールを取り上げたが、後にメールが偽造と判明し、同年4月に議員辞職した。
 永田元議員は2000年6月の衆院選で、千葉2区から初当選。以後、2回当選し、民主党調査局次長などを務めた。