参考写真 昨年の秋、不勉強な私は、TPPという言葉を初めて耳にしました。菅総理は何の前触れもなく、TPPに関する「協議開始」を表明し、「平成の開国」を断行すると喧伝(けんでん)しています。
 しかし、冷静に見てみると、日本の全品目を通した平均関税率は世界で最も低い水準にあります。農産物の関税に限っても11.7%とすでにEUよりも低く、世界有数の開かれた市場になっています。
 加えて、茨城農業を代表する施設園芸、果樹、畜産などは、すでに厳しい国際競争の中で戦っており、農業自給率も、生産額ベースで計算すると実に70%に達しています。
 こうした民主党政権のTPP参加表明に対して、JA茨城県中央会は昨年11月、橋本知事に対して交渉参加反対の緊急要請を行いました。
 この中で、JA県中央会は、関税撤廃など協定内容が実施された場合の本県農業への影響額について、農業産出額が2008年度比で35%、約1481億円が減少するとの試算を公表しました。それによると、産出額がコメは約901億円(減少率94%)減少するのをはじめ、豚肉は307億円(70%)、鶏肉62億円(17.5%)、牛乳85億円(56%)、肉用牛92億円(75%)、ブロイラー7億円(20%)、さやいんげん3億円(23%)、らっかせい4億円(40%)、小麦9億円(99%)、茶1億円(25%)、リンゴ5000万円(9%)などに影響が出るとしました。
参考写真 JA中央会は、この試算額を盛り込んだ上で、「食料自給率向上、農業の多面的機能と両立できないTPP交渉参加に反対する」とし、政府や国会への働き掛けを求めています。
 茨城県議会でも、茨城県農業への多大な影響を鑑み、政府に対してTPP交渉参加については「より慎重な対応をする必要がある」との意見書を取りまとめました。
 乱暴な言い方でご批判をいただくこと覚悟して申し上げれば、私は日本がTPPの交渉に参加するとしても、最低限“コメを代表とする農作物”を交渉の例外とすることが懸命だと思います。コメは日本人にとって特別な存在です。日本のナショナリズムに直結し、日本の歴史と切っても切れない関係があります。日本は古来「豊葦原瑞穂の国」であり、コメ本位制の国であったといっても過言ではありません。
 農作物を例外としても、貿易自由化交渉は可能です。現に、韓国はコメを例外にして米国とFTAを締結しようとしています。交渉事なのですから、農産物のどこまでを例外とするかは交渉の過程で行っていけばよいことです。例外規定をつくることは、十分に考えられます。それを実現することが、日本外交の真骨頂なのです。
 その上で、日本農業の本当の課題は、一つに「水田稲作をはじめとする土地利用型農業の構造改革」の問題と、二つに「日本農業を支える担い手育成」の問題に集約されると思います。
 振り返ってみると、2007年の参院選で民主党を勝利に導いたものは戸別所得補償政策でした。多くの農家が民主党の農政に期待を寄せ、自民党が金城湯池していた地方でも民主党が大勝し、2009年の政権交代に繋がりました。しかし、民主党が掲げた戸別所得補償政策は、結果的にコメの価格の大暴落を引き起こし、農業の構造改革には全く繋がりませんでした。
 農業の構造改革を進めるための第一歩として、私は、徹底した農地情報の整備と共有が必要だと考えています。農地基本台帳を法定化するなど、農地情報の整備を進めずして、規模拡大も構造改革も進みません。
 さらに、担い手の育成には、新しく農業を始めようとする将来の担い手に対して長期的な支援を行う必要があります。農業技術を習得し、自立した農業経営者になるまでには数年間かかります。その間の生活費を保障するなど安心して農業に参入できる大胆な仕組みをつくることが必要です。
 また、茨城県は外国人実習生の受け入れに関する大きな課題も抱えています。現在、全国で受け入れている農業分野の外国人技能実習生の数は、平成21年の数字で6717人です。その内、実に35%強にあたる2370人が、茨城県内に受け入れられています。農業生産額全国トップの北海道が332人、鹿児島県が146人、千葉県が500人であることから、茨城県農業がいかに外国人実習生によって支えられているかが分かります。
 政府はこうした具体的課題に全く答えようとしていません。そればかりか、約束をしていた戸別所得補償に係わる恒久法の提出を反故にし、畑作までその枠を拡大しようとしています。こうしたバラマキ農政は、日本農業に深い禍根を残すと言わざるを得ません。
 月刊公明の3月号に、東京大学大学院准教授の川島博之先生の「世界市場で勝負できる農業に」との論文が掲載されました。正に我が意を得たりという内容でした。
さらに、オランダ農業の事例が紹介されていました。ここで、その一節を引用させていただきます。
「世界市場で勝負できる農業に」
(月刊「公明」2011年3月号、東京大学大学院准教授の川島博之先生)
2007年の農産物の純輸出額が最も多い国は、米国ではなくオランダである。オランダの輸出額は676億ドルと米国より少ないが、輸入額が397億ドルと少ないために、純輸出額は279億ドルにもなっている。つまり、米国を上回っているのである。オランダは大きな国ではない。
オランダの農業が強い秘密は、日本が工業で行っているように、加工貿易をしているためである。オランダは、近隣のフランスやドイツから飼料用の小麦を輸入して畜産物を作り、それを輸出している。だが、牛乳の輸出額を見ると2億1000万ドルとそれほど多くない。一方で、チーズの輸出額は29億ドルにもなっている。
つまり、オランダは安い家畜飼料を周辺国から購入して牛乳を作るが、それを輸出するのではなく付加価値を高めたチーズの輸出により利益を得ている。また、トマトが15億ドル、トウガラシが11億ドルなど野菜の輸出も盛んだ。
農産物の中でも穀物は安い。食糧価格が高騰した08年においても小麦の平均輸出価格は342ドル/トンでしかない。一方、チーズは5652ドル/トン、豚肉は2780ドル/トン、トマトは1186ドル/トンである(FAOデータ)。
穀物が安く、チーズや豚肉、また野菜の価格が高いために、飼料にする穀物を輸入して食肉、チーズ、野菜を輸出するオランダ農業が強いのである。
飼料を輸入して行う畜産は広い農地を必要としない。また、野菜も一年に何度も収穫できるために広い面積を必要としない。広い農地がなくとも大量に生産することができる。
オランダの例が示すように、現代農業を行う上では、国土が狭いことは不利な条件ではない。それを逆手に取って、安い穀物は外国に作らせて、付加価値の高いチーズや野菜を作れば、儲かる農業を展開することができる。ただ、その場合に食料自給率は低下してしまう。オランダの穀物自給率は14%(2007年)でしかない。
■日本農業の未来は明るい
日本農業もオランダ型を目指すべきである。食料危機に遭遇する可能性は限りなくゼロに近い。食料安全保障を政策目標に掲げる必要はない。日本も海外から安い穀物を輸入し、チーズや野菜などを輸出するのである。
儲かる農業を展開するには、チーズなど付加価値の高い商品を輸出しなければならない。これまでも、1次産業である農業を2次産業や3次産業と組み合わせることで6次産業化することが提唱されてきたが、オランダの例が示すように儲かる農業を展開するためにも6次産業化が欠かせない。
チーズを周辺国に売るのであるから、オランダ農業にとって欧州連合(EU)を中心とした自由貿易圏はなくてはならないものになっている。それは、日本にとっても同じである。高齢化が進み人口が減少に転じた国内を相手にしても、農業を成長産業に育てることは難しい。日本農業は世界を相手に商売を始めるべきである。
コメを例外として自由化を進めることは、政治的に抵抗が少なく、かつ大きな成果が得られる改革になる。そもそも、コメや畜産、野菜など多くの部門を持つ農業を一括りにして、最も難易度が高いコメを改革議論の中心に据えたことが、これまでの改革が失敗した原因であった。
本稿の方向に改革が進めば、農業が貿易自由化を妨げ、経済発展の足かせになっているとの批判はなくなる。また、畜産と野菜栽培を中心にした日本農業は、きっとオランダのように強い農業の育つはずである。方向が決まれば、勤勉な日本人がオランダ人に負けるはずはない。
膨大な人口を有し、かつ経済成長しているアジアを市場にできる日本農業は、EUを主な市場としているオランダよりも成長の可能性を秘めている。
日本農業の未来は明るい。それを実現させるのが、政治の役割であろう。