10月17日、野田総理は記者会見を行い、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)について、「日本は基本的に貿易立国であるべき。高いレベルでの経済連携は日本にとってプラスになる」と述べ、TPPの交渉参加に向けて積極的な姿勢を明らかにしました。ここにきて、野田総理がTPPと沖縄の普天間基地移設に積極姿勢を示したのは、11月にハワイで開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議へのおみやげであると言うのが通説です。また、来年秋に行われるアメリカ大統領選挙に臨むオバマ政権からの強力な圧力と見るのが一般的です。
 このTPP参加問題は、昨年10月に当時の菅総理が突然打ち出しました。そして、その先導役は、現民主党の政調会長前原氏(当時の外務大臣)だと言われています。前原氏は「第1次産業はGDP比で1.5%。その1.5%によって、残り98.5%が犠牲になっている」と発言し、「TPP交渉は農業問題である」と、国民世論を恣意的にミスリードしました。
 このTPPの議論は、 3月の東日本大震災で一時棚上げになっていましたが、APEC前に結論を出すことになって、ここへきて風雲急を告げることになりました。
 今月アメリカ議会は、韓国との自由貿易協定(FTA)を批准しました。韓国との熾烈な国際競争を繰り広げている産業界からは、「バスに乗り遅れるな」との合い言葉で、政府に対してTPP交渉参加への強い圧力が巻き上がっています。マスコミも、こうした論調にこぞって援護射撃を行いました。読売、朝日、毎日の三大紙も社説で、「TPP交渉参加に首相は決断を!」と訴えています。
 一方、TPP交渉参加に反対する勢力も、ここが正念場と緊張感が高まっています。このブログでも取り上げましたが、19日、茨城県では、JA県中央会と県医師会が共同で「TPP交渉参加反対緊急集会」を開催しました。
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TPPとは、関税の撤廃などアジア太平洋地域の貿易拡大、経済連携の強化をもざす仕組み?
 そもそもTPPとは、 英語の「トランス・パシフィック・パートナーシッ プ」の略称です。関税の撤廃などによりアジア太平洋地域の貿易拡大、経済関係の強化をめざす多国間の協定です。2006年にシンガポール、 ニュージーランド、チリ、ブルネイの4カ国の協定(通称P4協定)としてスタートしました。そこに、発展する中国市場やアジア市場の権益を確保したいアメリカが注目しました。結果的にアメリカが乗り込んできて、リーダーシップを取ることになりました。アメリカに、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアも加え、現在、この9カ国が、物品の関税撤廃や貿易円滑化、競争政策など21分野で交渉を進めています。
 一般的に、TPP参加によるメリットは、関税撤廃による工業製品の輸出拡大、資源調達の安定化などで国内経済の活性化が期待されています。一方で、コメや小麦、乳製品などの関税が撤廃されると、農業や食品産業に甚大な打撃を与えることが懸念されています。
 「農産物を例外扱いにすることはできないのか」との質問がよくありますが、TPPの原則は、関税撤廃の例外措置を認めないということです。その点が、これまで日本が進めてき たEPA(経済連携協定)と異なります。EPAは、物品の関税や サービス貿易の障壁を削減・撤廃するFTA(自由貿易協定)の要素に、投資や人の移動の自由化なども含め幅広い経済協力を構築する協定です。交渉を通じて重要な国内農産物を例外扱いすることも可能です。EPA交渉もままならない中で、いきなりのTPP交渉には、大きなリスクが伴うことは明白です。
農業、食品安全、医療に関する問題点
TPP交渉参加に反対する茨城県の緊急集会 特に農業への影響は甚大で、農水省自体の試算でもTPPに参加した場合、農業関連のGDPの損失額は7兆9000億円に上るとしています。食料自給率は、現在の40%かえら13%に下落すすと言われ、国内農産物の生産業は、コメで90%、小麦99%、牛乳乳製品56%、サトウキビなどのような甘味資源作物100%、牛肉75%、豚肉70%に達するとされ、まさに日本の基幹作物が全滅の状況になります。
 食の安全性確保の問題でも、大きな問題が発生します。日本の高い安全基準は貿易障壁として認められなくなるために、米国基準の食料品が日本国内で自由に流通されるようになります。
 例えば、日本ではBSE対策で輸入牛の月齢制限が厳しく定められていますが、米国の基準のもとでのリスクの高い牛肉が輸入されます。遺伝子組み換え作物も、「遺伝子組換作物」であることの表示など、日本で義務付けされている規制が撤廃される可能性も高くなります。
 茨城県医師会が指摘するように、医療に与える影響も無視できません。
 TPPでは医療やサービスでも、国内法による規制は全面的に否定されますので、日本が世界に誇る国民皆保険の大原則も、その驚異にさらされています。米国では混合診療(保健医療と保険外医療の併用)が認められているため、日本も全面的な解禁が要請されるでしょう。すると、高額で利益率が高い保険外医療に医療機関はシフトし、結果的に保険利用は縮小し、国民皆保険が崩壊に向かう懸念があります。そもそも、充実した日本の保険制度を、整備が遅れた米国の制度に合わせること自体ナンセンスですが、TPPではこの理不尽な行為が求められます。
米韓FTAの驚くべき内容
 さて、このブログの原稿を整理しているうちに2つの重要な指摘をネットで発見しました。非常に参考になりますので、ご紹介したいと思います。
 一つは、板橋区議会議員の難波英一さんから資料をご提供いていただいともで、、先の米韓FTA協定の具体的な内容を示したものです。以下、箇条書きに列記すると、
  • サービス市場開放のNegative list: サービス市場を全面的に開放する。例外的に禁止する品目だけを明記する。
  • Ratchet条項: 一度規制を緩和するとどんなことがあっても元に戻せない、狂牛病が発生 しても牛肉の輸入を中断できない。
  • Future most-favored-nation treatment: 未来最恵国待遇:今後、韓国が他の国とFTAを締結した場合、その条件が 米国に対する条件よりも有利な場合は、米にも同じ条件を適用する。
  • Snap-back: 自動車分野で韓国が協定に違反した場合、または米国製自動車の販売・流通に深刻な影響を及ぼすと米企業が判断した場合、米の自動車輸入関税2.5% 撤廃を無効にする。
  • ISD:Investor-State Dispute Settlement。 韓国に投資した企業が、韓国の政策によって損害を被った場合、世界銀行 傘下の国際投資紛争仲裁センターに提訴できる。韓国で裁判は行わない。 韓国にだけ適用され米国には適用されない。
  • Non-Violation Complaint: 米国企業が期待した利益を得られなかった場合、韓国がFTAに違反していなくても、米国政府が米国企業の代わりに、国際機関に対して韓国を提訴できる。例えば米の民間医療保険会社が「韓国の公共制度である国民医療保険のせいで営業がうまくいかない」として、米国政府に対し韓国を提訴するよう求める可能性がある。
  • 韓国政府が規制の必要性を立証できない場合は、市場開放のための追加措置を取る必要が生じる。
  • 米企業・米国人に対しては、韓国の法律より韓米FTAを優先適用。例えば牛肉の場合、韓国では食用にできない部位を、米国法は加工用食肉と して認めている。FTAが優先されると、そういった部位も輸入しなければならなくなる。また韓国法は、公共企業や放送局といった基幹となる企業において、外国人の持分を制限している。FTAが優先されると、韓国の全企業が外国人持分制限を撤廃する必要がある。外国人または外国企業の持分制限率は事業分野ごとに異なる。
  • 知的財産権を米が直接規制。例えば米国企業が、韓国のWEBサイトを閉鎖することができるようになる。 韓国では現在、非営利目的で映画のレビューを書くためであれば、映画シーンのキャプチャー画像を1〜2枚載せても、誰も文句を言わない。しかし、米国から見るとこれは著作権違反。このため、その掲示物い対して訴訟が始まれば、サイト閉鎖に追い込まれることが十分ありえる。非営利目的のBlogやSNSであっても、転載などで訴訟が多発する可能性あり。
 以上、独立国であれば、到底容認できないような「不平等条約」ですが、グローバル経済の中で輸出に依存する、韓国は生き残りをかけて勝負に出たと考えられます。
 しかし、この米韓FTA交渉結果をみで、テレビ、大新聞は「韓国に遅れるな」との論調で煽りたてているのです。二国間のFTAでもこのような米国有利な内容なのに、多国間でルールが決められるTPPで果た して日本の思うようなルールができるのか?ということです。
 むしろ、TPPに一旦乗り遅れても、その経緯を慎重に見定めたほうが得策とではないでしょうか?
TPPで対米貿易は拡大しない!野口悠紀雄氏の警鐘
 もう一つが、野口悠紀雄氏の主張です。
 早大ファイナンス総合研究所の野口氏は、週刊ダイヤモンド9月24日号へ寄稿された論考で、「アメリカが輸入工業製品へ課している関税が既に、十分に低いため日本の対米輸出は増えない可能性が高いと主張しています」
 また、“「超」整理日誌“にも「中国抜きのTPPは輸出産業にも問題」との記事からも、中国やBRICs諸国抜きのTPPの枠組みの効果に、大きな疑問を呈しています。
今回のTPPに関しても、「もし日本が参加しないと、日本は仲間はずれにされてバスに乗り遅れる」という議論が行なわれている。確かに、そのとおりだ。特定国間の関税同盟は、非参加国から見れば、迷惑以外の何物でもないのである。
 仮に日本が入ったとしても、中国が排除されていることは、中国の立場から見れば大きな問題だ。「これは中国を排斥するための仲よしクラブの結成だ」と中国が受け取ったとしても、少しも不思議はない。それは、中国との政治的な関係に悪影響をもたらすだろう。世界第二位の経済大国になった国を排斥する同盟関係をつくることは、政治的に見て決して得策とは言えない。
 の経緯も、いささか奇妙だ。元々は、シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランド間の協定として2006年に発足したものだ。そこにアメリカが突然入ってきたのは、直接的には農産物輸出の拡大が目的だったのだろう。
 しかし、結果的には、中国を排除する経済圏が太平洋圏につくられることになる。今提案されているTPPに参加する可能性がある国は、日米以外は、経済規模がそれほど大きな国ではない。参加可能国の中では、日本とアメリカが圧倒的なシェアを持っている。つまり、これは事実上は日米間のFTAなのである。


 ツイッターで京都大学准教授中野剛志氏の「TPPはトロイの木馬──関税自主権を失った日本は内側から滅びる」との記事を紹介されました。中野氏は「日本はすでに開国している」「TPPで輸出は増えない」「TPPは日米貿易だ」との持論を展開。分かりやすい論調で、TPP協議の危うさを教えてくれています。ご参考までに紹介します。
参考:中野剛志:TPPはトロイの木馬──関税自主権を失った日本は内側から滅びる