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 3月23日、21世紀大学教育セミナー(主催:創価大学、後援:茨城新聞)が水戸市内の常陽芸文センターで開かれました。ここでは、「映画『天心』を語る」と題して、映画監督の村松克弥氏ときたいばらき文化と観光の再興によるまちづくり協議会の谷田部智章氏がトークセッションを繰り広げました。
 震災復興映画として熱い注目を浴びているのが、北茨城にて晩年を過ごした岡倉天心をモデルにした映画「天心」です。誕生150周年、没後100周年を迎える本年。天心の生涯と天心を師として仰ぎ集った横山大観・下村観山・菱田春草・木村武山らの生き方に迫った映画が公開されようとしています。
 近代日本美術の父とも言うべき岡倉天心。1962年に横浜で生まれ、27歳で東京美術学校の校長に抜擢されました。そこには、横山大観らも学んでいました。しかし、天心はスキャンダラスな話題で東京美術学校を追われ、1898年35歳で日本美術院を創立。西洋絵画の技術を日本画に取り入れようとする新しい試みは、“朦朧派”との世間から厳しい批判を受けてしまいました。
 まさに不遇のどん底にあった1905年、天心は北茨城市・五浦の別荘を改築し六角堂を建設。日本美術院の再興を期して、大観、観山、春草、武山らを呼び寄せました。当時は「美術院の都落ち」と揶揄されることもありましたが、4人の画家たちは天心の指導の下、優れた作品を残し、日本美術史に大きな足跡を残しました。
 トークセッションで松村監督は、「映画『天心』の制作に当たって、2つの大きな壁があった。一つは、リーマンショックによる資金難。もう一つが東日本大震災による『六角堂の滅失』。もうダメかと思ったが、多くの皆さんの力で乗り越えられた。五浦に来てからどん底から這い上がった天心らの物語と、北茨城の地元の人々が震災の苦境から立ち上がろうとする姿が重なっって、より深い映画づくりができたと思う」と語りました。また、「今日は多くの大学を目指す若い人が来ていますが、あきらめずに頑張れば、夢は実現する。諦めないことは力です」と訴えました。さらに、「映画『天心』で茨城から震災復興のメッセージを発したい。多くの皆さんに、できれば10万人の茨城県民に観ていただきたい」と語りました。
 映画「天心」はまもなく配給会社が決まり、この秋から全国で公開される予定です。