茨城県原子力協議会新春の集い  1月9日、井手よしひろ県議は「茨城原子力協議会・新春祝賀会」に出席しました。
 茨城原子力協議会(公益社団法人)は、わが国における原子力の研究・技術的開発のパイオニアとしての役割を果たしている茨城県において、広く県民に、放射線の基礎知識と原子力の安全等に関する幅広い知識の普及と啓発の事業を行い、放射線及び原子力に関する科学技術の振興に寄与することを目的として設立され、その淵源は昭和33年まで遡ります。会員は、正会員として主な原子力関係事業所、原子力事業所地元及び近隣市町村に、また賛助会員として県内全市町村及びいろいろな分野の多くの事業者が参加しています。新年の祝賀会は、東日本大震災、福島第1原発の事故後、開催を自粛していましたが、3年ぶりに開かれました。
 水戸市内のホテルで開かれた祝賀会は、県及び市町村関係者、国会議員、県議会議員、県内の原子力関連企業など380人が出席しました。
 はじめに主催者を代表して、茨城原子力協議会の会長で筑波大学の佐藤守弘名誉教授が「原発事故以降、県民が原子力に対していだく不安を払拭できるよう、情報発信していく必要がある」と挨拶しました。
 来賓を代表して橋本昌知事があいさつ。「原発事故の影響が強く残るなかJ−PARCの事故も起きて県民の原子力への不信感が強まってしまっている。私自身は“減原発”という考え方をもっています。しかし、自然エネルギーといっても、様々な問題があります。しかしエネルギー確保の観点からも、日本において原子力発電はある程度実施される必要がある。原子力については、発電だけではなく医療面や産業面で様々な活用があります。原子力発祥の地として、皆で協力して意見を交わしていきたい」と述べました。
 また、東海村の山田修村長が就任後初めて登壇。山田村長は「原発問題については極めて慎重な姿勢で臨んでいます。福島第1原発事故以来、原発をとりまく環境は明らかに変わりました。原子力規制委員会、今までの安全という言葉ではなく規制という言葉が使われています。自治体は避難計画をどのように設定するかが大きな課題となっています。避難計画などが全て整っていってからでないと原子力にどのように対応するか、村民の皆さまの判断をいただくことは出来ないと思います。原子力はエネルギーだけではありません。東海サイエンスパーク構想の実現、東海村らしいトータルな原子力政策の実現を目指していきたい」と、東海第2原発の再稼働問題については慎重な示しました。
 マスコミの取材に答えて、祝賀会に出席した東海第二原子力発電所の事業者、日本原子力発電の濱田康男社長は「原子力に対する厳しい見方がある中、3年ぶりに開催できたことは、我々にとってありがたい。日本原子力発電は茨城でスタートを切った会社であり、原発の運転再開が経営の第一の課題なので、地元の理解を前提としながら、運転再開に1歩でも近づけるよう着実に努力していきたい」と話しました。
 また、去年5月、放射性物質が外部に漏えいし34名の研究者などが被曝する事故を起こしたJ−PARCの池田裕二郎センター長は、「3年ぶりの開催ですが、出席してみて改めて、茨城の原子力関係者の熱意を感じた。J−PARCは去年、社会に大変な心配をかけてしまった。ことし2月にも一部施設で運転を再開させるが安全対策を講じて、世界一の研究拠点にしていきたい」と話しました。
 新春祝賀会に参加して、原子力事業者と行政関係者の間には、大きな考え方のギャップがあることを感じました。国の責任で、東海第2発電所の廃炉を早期に決断し、原発に代わる新たな原子力産業を育てる必要を痛感しました。