茨城県議会の模様(3月3日井手よしひろ県議の質問です) 3月4日、県議会一般質問の1日目が終わりました。今日3人目の質問は、非常に残念な質問でした。
 この議員は、県立高校の沖縄修学旅行に触れて、沖縄での平和学習が「自虐史観と思想教育であまりにもひどい」と切り捨てました。さらに、「この資料館(沖縄県平和祈念資料館)の展示がこのまま偏ったものであるならば、平和学習のメニューから外すべき」とまで言い切りました。
 第二次大戦末の沖縄の方々の心情を考えると、いたたまれない思いになりました。
 そしてその見解を、県の教育委員長にも求めました。
 茨城県議会は、圧倒的に保守系の会派が多い議会です。今までも極端な保守的、国粋主義的な議論が行われてきたことがありますが、教育の内容そのものに対して、中立性が重んじられる県教育委員会の委員長に、その歴史観などをぶつけた質問は、記憶の限りではありませんでした。
 さらに終了後、少しネットで今回の質問について、その背景を調べてみました。すると、その質問の内容は昨年の3月埼玉県議会で、刷新の会の鈴木正人議員の代表質問と、ほとんど同じであることがわかりました。
 同じ議会人として、他人の質問をそのまま自らの質問のように語る行為に、怒りを通り越して悲しい思いでいっぱいです。質問の前提となる「先日、ある高校の先生からこの沖縄修学旅行時の平和学習の実態が、平和教育の名のもとに自虐史観と思想教育であまりにもひどい、という話を伺いました」という一節も、そのような証言が実際にあったのか信憑性が疑われてしまいます。
 以下、件の茨城県議会議員と埼玉県議会鈴木正人議員の質問をアップさせていただきます。読者に皆さまに、その評価を下していただきたいと思います。
沖縄修学旅行時の平和学習について
茨城県議会一般質問(2014/3/4)

 次に沖縄修学旅行時の平和学習についてお伺いいたします。
 県内高校生の修学旅行の内7割が沖縄方面に向かっています。私が高校生の時代には京都・奈良方面がほとんどでしたので隔世の感があります。沖縄には本土にはない自然や文化があり、また大東亜戦争関連の施設も多く、平和学習が行えるという特徴があるとのことです。同時に我が国固有の領土である尖閣諸島は沖縄の目と鼻の先であり、一方的に自国の領土と宣言し領海・領空侵犯を繰り返す中国との関係を知り、国土を守るための自衛隊の存在、日米安保条約に基づく米軍基地の存在を通して、平和の意味を学べる貴重な機会です。

 ところが先日、ある高校の先生からこの沖縄修学旅行時の平和学習の実態が、平和教育の名のもとに自虐史観と思想教育であまりにもひどい、という話を伺いました。沖縄県立平和祈念公園内にある資料館は必ず平和学習のメニューに入りますが、この内容は非常に残念なものです。極悪非道の日本軍が悪い、例えばよく使われるのは「住民に集団自決の軍命令を出した」ということも今ではその信憑性が疑われているのに、沖縄の人は日本兵に殺された、沖縄は日本軍の捨石で犠牲になった、という一方的な考え方が基本にあり、戦争の持つ残虐性や悲惨さだけを、子ども達には見せたくないような写真、偏った証言等で伝えようとしています。

 日本人としての誇りのもと、厳しい戦局の中で日本軍とともに勇敢に戦った沖縄の人々もいました。こちらが1発撃つと100発返ってくるという、完全な劣勢の中で、祖国防衛のため肉弾となり戦った沖縄県出身者を始め全国の英霊の御霊に申し訳ないような内容です。

 また、沖縄県民の疎開に心血を注ぎ、当時の県民59万人中22万人余を疎開させて果てた、県民から深く感謝されている島田知事や荒井警察本部長に関する記述も一切ありません。なぜなのでしょうか。私はこの資料館の展示がこのまま偏ったものであるならば、平和学習のメニューから外すべきと考えます。

 またガマと呼ばれる避難壕では、60歳台ぐらいの実際には戦争を体験していないボランティアガイドが、語り部として説明をしているそうですが、日本軍は貴重な食糧を住民たちから奪った。壕の中に隠れていると、子どもの泣き声がうるさいと壕の外に出されたり、赤ちゃんを殺された。住民たちは何かあるたびに日本兵に無意味に殴られた。

 アメリカ軍が壕を開放し、日本兵をどうしますか?と住民達に聞くと日本兵を殺してくんつえー、殺してくんつえーと懇願した。(アメリカ軍が沖縄の住民を、極悪非道の日本兵から解放したというような印象操作をしている)二度とこのような悲惨な戦争はしてはならない、しかし今の安倍政権は再び、日本を戦争に巻き込もうとしている。オスプレイは危険だ。等々。生徒たちは真剣に聞いているので、偏った思想を刷り込まれる怖ろしさを先生は感じたそうです。

 このボランティアガイドの養成過程がネットで確認できます。一定の思想を子どもたちに植え付けるための努力、工夫が綴られており、何も分からない生徒たちを特定のイデオロギーに洗脳する絶好の機会と捉えています。

 修学旅行は多くの高校生にとって、一生の思い出ともなり得る、ビッグイベントです。
 そこで、教育委員会を代表するお立場として、修学旅行の意義についてどのようにお考えになっておられるのか、教育委員長に伺います。

 沖縄でなくとも平和学習はできます。映画「永遠のゼロ」では家族を愛し、人の命を大切にしながらも、祖国と家族の平和を願い大空や南の海に散った若者の姿が描かれています。残された家族の辛さ、戦争の悲惨さが伝わり、今の平和は多くの犠牲の上に立っており、その英霊への尊崇の念を忘れてはならないことを教えています。この映画からロケ地を追いかけることも、特攻の前線基地だった知覧を訪ねることも平和学習です。
 私は特攻に向かう青年の絶筆を涙ながらに読みました。「お母さん、先立つ不幸をお許し下さい。……」後は涙で文字が読めませんでした。

 どうしたら戦争という最悪の事態を避けられるのか。「基地が無ければ戦争に巻き込まれない」等の押し付けではなく、幅広い事実をもとに考えさせ家族・友人を思い、郷土を愛し、祖国の平和な発展を願う心を育てることが平和学習の基本です。沖縄での平和学習が現状のように偏った形で続くなら、見直す必要があります。本県では、多くの学校が沖縄への修学旅行を実施し、平和学習を行っておりますが、県として、修学旅行における平和学習をどのように推進していこうと考えているのか、教育長の御所見をお伺いいたします。


沖縄修学旅行の問題点について
埼玉県議会平成25年2月定例会
代表質問・刷新の会:鈴木正人議員

 ある学校の先生から、沖縄の修学旅行の実態が平和教育の名の下に、自虐史観と思想教育でひどいとの話を伺いました。ほとんどの学校では、各学年の先生が学年会の議論の中で修学旅行先を決めるそうでありますが、先生方でもきれいな海を見ることが可能な沖縄に行けるとなれば、うれしいことだと推察をいたします。
 埼玉県立高校では、平成24年度、全日制135校に定時制21校を合わせた156校中、全日制65校、定時制11校の合わせて76校、48.7パーセントの学校が修学旅行先に沖縄を選んでおり、実に半分近くの公立高校で沖縄への修学旅行が実施されております。私自身も、個人的には沖縄の海が大好きで、趣味のスキューバダイビングをやりに沖縄観光に行く一人でもあります。

 ところが、埼玉県の子供たちが沖縄へ修学旅行に行き、平和教育という名の下に自虐史観と反日思想を植え込まれていたのであります。各学校の修学旅行の日程は、ほとんどの学校が2泊3日で、生徒たちが楽しみにしているマリン体験や沖縄伝統菓子作り、美ら海水族館見学などもありますが、初日に行く平和祈念公園、ひめゆり資料館、入壕体験の3点セットが沖縄修学旅行の平和教育の定番コースだと伺っております。

 私も調査のために訪れたことがありますが、平和祈念公園内にある沖縄県平和祈念資料館では、日本兵が住民の食料を奪い、避難壕から追い出した、日本兵が住民を虐殺したという内容が展示されております。鉄の暴風と呼ばれる民間人にも容赦のない米軍による砲弾とロケット弾や火炎放射器による無差別攻撃の中、決死の突撃を敢行しようとする日本軍の兵士たちが、女性や子供など見ず知らずの民間人に対して持てるだけの食料を与え、避難をするよう説得した事例もたくさんあるにもかかわらず、資料館ではそういった事例については全く触れられておりません。あたかも沖縄県民と日本兵が殺し合ったかのような印象を与え、当時、日本本土の防波堤になるべく沖縄を守るために限られた戦力で地上戦を勇敢に戦い、戦艦大和や航空機による特攻作戦など、連日の攻撃によってアメリカ軍を大いに手こずらせた沖縄県出身者を含む英霊の方々に対して、大変失礼で浮かばれない内容となっているのが実態であります。

 また、ガマと呼ばれる避難壕では、60代くらいの実際には戦争を体験していないボランティアガイドが語り部として解説をしており、実際に修学旅行生を連れて行った教師の方によりますと、戦争は悲惨だ、日本軍は沖縄の住民の家に手榴弾を投げ、住民を殺した。生き残っている人がいるところに戻ってきて、また手榴弾を投げた。日本軍は住民が邪魔になり、自殺するよう命令し、自殺させた。アメリカ軍と日本軍は5対1の勢力なのに、日本は戦いをやめず、住民を戦争に巻き込み犠牲にした。アメリカ兵に殺されるなら諦めもつくが、日本兵に殺されたのでは死んでも死に切れないなどと一方的な歴史観を話しているそうであります。

 生徒たちが壕の中に入ると、各自が持つ懐中電灯を消させて、この中では瀕死の重傷を負った日本兵が運び込まれ、死ぬ間際にお母さん、お母さんと声を上げたんだよ、人間最後はお母さんなんだよと、暗闇の中で妖怪話でもするかのような話し方で生徒たちを脅かし、演出たっぷりの語り口に女子生徒の数人は泣いていたそうであります。

 さらには、沖縄戦とは直接関係ないような話を始め、日本は中国や韓国でひどいことばかりしてきた。朝鮮人を強制連行し、従軍慰安婦として日本兵が犯しまくった。中国の日本軍がいたところには、慰安婦のいる施設が各地に造られた。こんなことをするのは日本だけだ。だから、韓国は日本大使館の前に慰安婦の像を造ったんだ。中国で聞いてきたが、日本軍は中国各地で中国人を殺しまくった、女性は手当たり次第レイプをしたなどという全く事実とは異なる話をして、暗い壕の中で脅える生徒たちに一方的な歴史観を語り、さらに、ガマから出ると生徒たちを集め、日本は憲法9条があるから守られてきたんだと、憲法改正を望む国民が6割を占める世論や自衛隊の日々の活躍によって保たれている平和を無視して、空想的平和主義を生徒たちに教えて話を締めくくるそうであります。

 ここまでくると、平和教育の許容範囲を超え、何も分からない生徒たちを特定のイデオロギーに洗脳する政治思想教育でしかありません。そもそもガマで語り部のボランティアをやっている人たちは、北朝鮮の主体思想を礼賛する教職員組合、沖教組のOBが多くを占めているとも伺っております。

 これだけにとどまらず、移動中のバスの中でも一方的な思想教育が行われ、バスガイドの話の7割が沖縄戦と米軍基地問題で、その基調は日本軍の非道ぶりと米軍基地のマイナス面の強調ばかりで、米軍基地の抑止力については全く触れられていないとのことでありました。生徒たちの多くは、感想文で「戦争は絶対にやってはいけないと改めて感じました」、「これから先も戦争はあってはならないと思います」、「ガイドさんによって、戦争の恐ろしさを知りました」などという模範的回答を書いております。もちろん、戦争などないに越したことはありません。しかし、戦争はこちらがやりたくなくとも、相手の思惑や行動によって巻き込まれることもあります。相手に侵略の気持ちを起こさせないために必要な抑止力というのも大変重要な要素になりますが、そういったことは一切教わらないそうですし、戦争は悲惨だから平和憲法を守れと言っていれば戦争にならないと錯覚をさせているだけであって、これは本当の意味での平和教育とは言えないのではないかと思うのであります。

 感想文の中で、特に見過ごせないと感じたのは、軍隊はガマに隠れるや否や、住民を追い払おうとした。その姿は軍隊の名前を使ったただの臆病者にしか見えなかった。日本軍は天皇陛下に洗脳されていると言っていいぐらい命を無駄にした。戦える相手ではないというのがもう少し早く分かって降伏することはできなかったんだろうかなどと、それこそすっかり語り部に洗脳され、日本軍や天皇陛下までも憎むような表現をしている子供たちまで出ているのであります。戦争のごく一部分だけを取り出して歴史を歪曲(わいきょく)し、あたかも日本軍と沖縄県民が戦ったかのような錯覚を覚えさせ、子供たちに一方的な思想教育を行い、自虐史観だけ植えつけさせるだけの沖縄修学旅行であれば、全面的に変えていかなければなりません。

 そこで、教育委員会委員長ならびに教育長に、このような公立高校の沖縄修学旅行の現状について、どこまで把握し、今まで問題だと感じてこなかったのか。今後、どのように教育委員会として対応していくつもりなのか、お尋ねをいたします。