最近、集団的自衛権をめぐる、安倍晋三首相や高村正彦副総裁の発言が波紋を広げています。
 4月8日、テレビ番組で、安倍首相は最高裁による1959年の「砂川事件判決」の解釈について「個別(的自衛権)も集団も入っている。両方にかかっているのが当然だ」と述べ、判決が認めた「(国の)存立を全うするために必要な自衛のための措置」には集団的自衛権も含まれるとの認識を示しました。
 これは、砂川判決を集団的自衛権行使容認の根拠に、高村正彦副総裁が持ち出した判例解釈に歩調を合わせた発言に他なりません。 
 安倍首相は番組で、砂川判決は自衛権の個別か集団かの区別には言及していませんが、「集団的自衛権を否定していないことは、はっきりしている」と指摘しました。「必要最小限の中に含まれる集団的自衛権もあるのではないかとの議論が、有識者懇談会でも主流的になりつつある。政府としては必要最小限の行使と考えている」と述べました。
 こうした議論に対して、公明党の山口那津を代表は、4月1日の記者会見で、「砂川判決は個別的自衛権を認めたものと理解してきた」と述べ、この判決は集団的自衛権の行使容認を視野に入れたものではないとの認識を示しています。
 砂川判決は、集団的自衛権は行使できないという政府の憲法解釈が確定するより、はるか前に出されています。その判決を根拠に集団的自衛権は認められるとの論法には、法律の素人から見ても無理があります。
 逆に、安倍政権が解釈改憲に前のめりになっていることを裏付ける結果となっています。
 4月20日付の朝日新聞には憲法学者の小林節教授のインタビュー記事が掲載されました。「権力による憲法泥棒」との見出しの記事は、非常に分かりやすく説得力のあるものです。
 砂川事件を集団的自衛権の根拠とする安倍・高村両氏の作戦は、自ら墓穴を掘ってしまったようです。
■「権力による憲法泥棒」小林節・慶応大名誉教授
朝日新聞(2014/4/20)
小林節教授のインタビュー 私は憲法9条を改め、国際貢献のために自衛隊を海外に派遣することを憲法に明記すべきだと考えている。しかし憲法学者を30年以上してきたが、砂川事件の最高裁判決が憲法解釈を変える根拠になるという説は聞いたことがない。高村氏が今回持ち出した理屈は、全く苦しまぎれのものだと思う。
 まず、判決の読み方がおかしい。裁判所は具体的な事件について判断するのが役割だ。日米安全保障条約と在日米軍が合憲かどうかが問われた裁判で、判決が集団的自衛権の問題まで視野に入れていたとは言えない。日本では当時、自衛隊の存在の是非が問われていた。海外派遣や集団的自衛権の行使は議論されていなかった。
 判決は安保条約や在日米軍の合憲性について「高度の政治性を有し、裁判所の審査になじまない」と判断を避けた。最高裁が政治問題にはお墨付きを与えないとの姿勢を取ったのに、判決の一部を抜き出してお墨付きを得たと主張するのは矛盾だし、牽強付会(けんきょうふかい)だ。
 憲法解釈の変更だけで集団的自衛権の行使を認めて自衛隊の活動の縛りを解けば、無条件に海外派兵される道を開くことになる。
 日本が集団的自衛権を行使するようになれば、米国だけが行使する形の片務的な安保条約の改定につながり、米側には自衛隊の海外派遣を求める権利が生じる。
 自民党内では行使に伴う自衛隊活動を法律などで「必要最小限」に限定する議論が出ている。だが、一度認めてしまえば、日本はいずれ米国の要請で世界中の戦争に関わる国になりかねない。
 そもそも安倍政権が集団的自衛権の行使を想定する事例はどれも、憲法上認められている個別的自衛権で対応できる。国の兵糧が断たれるシーレーン(海上交通路)の危機や、自衛隊と共同行動する米艦への攻撃への対応はいずれも個別的自衛権の問題だ。安全保障環境や技術の変化に合わせ、個別的自衛権の範囲を広げ、運用を見直して対応すればいい。
 安倍首相は昨年、憲法改正の国会発議要件を緩める96条改正を掲げた。しかしうまくいかず、今度は解釈を変えて憲法を破壊しようとしている。私は96条改正の動きを「裏口入学」と批判したが、解釈変更はよりひどい「権力による憲法泥棒」だと感じている。
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 こばやし・せつ 65歳。専門は憲法学。憲法改正で国連決議に基づく国際貢献の明文化を主張。「憲法」「憲法と政治」など著書多数


砂川事件と集団的自衛権:1957年、東京都砂川町(現立川市)の米軍立川基地拡張に反対するデモ隊の一部が基地内に立ち入り、7人が日米安全保障条約に基づく刑事特別法違反の罪で起訴された事件。東京地裁は「米軍駐留は憲法9条違反で罰則は不条理」と無罪を言い渡した。検察側の跳躍上告を受け、最高裁は59年に一審判決を破棄し「わが国が、存立を全うするために必要な自衛のための措置をとり得ることは国家固有の権能の行使として当然」との解釈を示した。
 一方、政府は、1981年5月29日の政府答弁書において、集団的自衛権について「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもつて阻止する権利」と定義した上で、「我が国が、国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上、当然であるが、憲法第9条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであつて、憲法上許されない」旨の見解を表明しています。これが、集団的自衛権を行使できないという政府見解です。
 砂川判決が出た後に確定した政府見解で、集団的自衛権の行使が出来ないことを明確にしているのです。