2つの風ロゴ
 東日本大震災から3年が過ぎ、被災地茨城でも、風評と風化の2つ風との戦いが大きな課題となっています。
 先日も津波で大きな被害を受けた海辺の宿泊施設の再オープンのお祝いの会で、地元の海産物業者から残念な報告をいただきました。関西に贈る品物を選んでいただき、包装をした際、「茨城の魚でつくったという表示を剥がしてくれませんか」と言われたということです。「自宅で食するには良いけれど、大切な方には贈れない」との言葉には、胸が張り裂ける思いだったと語って下さいました。
 「風評と風化−2つの風を越えて」とのテーマで、気になる出来事や記事、情報を紹介します。

本当の復興を目指して・内部被曝問題の新たな課題
医師・坪倉正治(第三文明・2014年4月号より抜粋)


 (2011年)7月に、体内に残留するセシウムを測定するホールボディーカウンター(WBC)が導入され、ここから内部被曝の実態がわかるようになりました。私自身、WBCに触れるのは初めてでしたが、震災前から導入されていた施設で検査の対処法を教わり、ごく自然な流れで内部被曝調査に関わるようになりました。
予想以上に低い内部被曝量
 WBCの計測がスタートすると、予約が殺到しました。南相馬市には、最終的に合計3台のWBCが入ったのですが、当初はフル稼働で1日20人ほどの検査をし、さらに半年先まで予約でいっぱいという状況でした。
 ここで徐々にわかってきたのが、南相馬市における内部被曝量は、予想以上に低かったということです。1960年代の太平洋上の核実験によって日本全体に広がった汚染と比べても程度は軽く、チェルノブイリ事故後の87年のヨーロッパの国々と比べても、低いレベルだったのです。
 また、福島の食品が危ないという風評被害が出たのは記憶に新しいところかもしれませんが、福島産だから危ないのではなく、キノコや山菜など一部の食品にのみセシウムがたまっていることも明らかになりました。これは、土の表面で電気的に結合するセシウムの性質によるものです。
 逆に言えば、そうしたリスク要因を外しさえすれば、福島産の食材を食べても基本的に問題はありません。もちろん、継続的な検査は必要ですが、福島産であるというだけでナーバスになる必要はないのです。
 ところが、「内部被曝の心配はない」という事実は、思いのほか浸透していきません。住民にアンケートをとると、原発事故から間もなく3年がたとうとする現在でも7〜8割の人が「産地を選んで購入する」と答えています。生まれ育った土地への信頼感が、足元からぐらついているのです。
 私たちは地元住民を対象に、セシウムの残留状況や内部被曝に関する車座の説明会を100回以上開いてきました。意識を変えてもらうには時間がかかるでしょうが、このような講座は、今後も継続していきたいと考えています。

子どもたちの尊厳を守るために
 未来を担う子どもたちへの影響も考慮していかねばなりません。小・中学校では放射線教育が指導要綱に組み込まれるようになりましたが、放射線への理解度が高まる時期であろう高校には、それがないのです。私たちが高校生を対象に行ったアンケートでは、100人中数人が「自分は子どもが産めないかもしれない」と答えています。
 土地への否定は、自分の生きてきた過程への否定につながり、あらに自分の体への否定を生み出しているかもしれません。そうした根本的な尊厳の喪失を、周りの大人がどうリカバーしていくか。これは、教育上の重要な課題です。
 私たち医療者にできることは限られています。それでも、科学的根拠のあるデータを示して、必要のない負い目を持たないように伝えていくことは、これから彼らが社会に出て、無知ゆえの偏見にさらされた場合の防御壁になりえるでしょう。検査データの積み重ねが、自分を守ってくれる盾になるかもしれないのです。
 以前、妊娠中の女性が外来に来て、子どもを産むことへの不安を口にされました。その後、「放射線量は問題ないと教えてもらったおかげで、無事に産むことができました」と報告に来てくれたときは、本当にうれしかったものです。
 高校生たちが将来、胸を張って母親になれるように、医師の立場から放射線教育に少しでも関わっていけたらと思っています。

思いやりのあるコミュニティーを
 今、南相馬市では、ほかにいつもの問題が表面化しています。放射線に関する意見対立がきっかけで、家庭内に不和が起こり、別居したままの方。家業である農業ができなくなってしまった、あるいは仮設住宅住まいを余儀なくされたことで、引きこもり状態になってしまう中年男性も後を絶ちません。そして押し寄せる高齢化の波…。
 南相馬の精神病院は満床なのですが、よくいわれるような、うつやアルコール依存の患者さんが急増したわけではなく、認知症老人の肺炎が圧倒的に多いのです。これまで介護を担ってきた人が市外に出てしまったために、マンパワー崩壊を境に噴出してしまっているのが現状です。ある意味、日本の社会に数年後、あるいは十数年後訪れるとされる問題を先取りしているともいえます。
 そして、セーフティーネットから外れてしまった人々、この三年間のひずみから生まれる声なき声に応えるシステムは、まだ機能していません。
 だからこそ「放射線は問題ない」ということで、山積する問題が消されてしまうことには強い危倶があります。
 震災から時間が経過し、内部被曝検査が学校検診としてシステム化されるなど、インフラの整備は少しずつ進んでいますが、ハコやお金による解決ではなく、人が育ち、思いやりを持って生きていけるコミュニティーが復活することこそ大切なのではないでしょうか。
 住んでいる人々が普通に幸せに暮らしていける日がなるべく早くくること、本当の復興を願ってやみません。

(つぼくら・まさはる 2006年東京大学医学部卒。医師。専門は血液内科。東京大学医科学研究所で研究員をして勤務するかたわら、南相馬市立総合病院などで非常勤医として勤める。週の半分は福島県で医療支援に従事。原発事故による内部被曝を心配する被災者にも応じている)