東京都大田区のMTBIリーフレット
 交通事故や労災事故などのため、脳を損傷していても、正しく脳の病気と診断されずに、さまざまな症状・障害に苦しめられる人が多くいます。ほとんどのかたが「頸部捻挫」とか「鞭打ち症」と診断され、「気のせいだ」とか「怠け癖だ」などと軽視されたり、誤解されたりする場合もあります。
 こうした疾患の一つに、外部からの強い衝撃によって脳の神経線維(軸索)が傷つき発症する「軽度外傷性脳損傷(MTBI)」があります。世界保健機関(WHO)が、“静かなる流行病”として、警鐘を鳴らしている疾患です。MRIやCTなど画像診断に映りにくいため、国内の患者は適切な診療と補償を受けることができずに苦しんでいます。
(イラストは「東京都大田区が作成した軽度外傷性脳損傷のリーフレット」から)

世界保健機構(WHO)は“静かなる流行病”と警鐘
 「患者は誤診されたり、病気だと偽る詐病扱いされ、そして労災や自賠責保険すら受けることができない」。「MTBI友の会」代表委員の佐曽利麗子さんは、患者の苦しみをこう訴えています。
 佐曽利さんは、2005年に一時停止無視の自動車にはねられました。搬送先の病院で全治1週間の頸椎ねんざと診断されました。しかし、その後、意識喪失やけいれん発作などの症状に悩まされるようになりました。「軽度」とは、受傷時の意識障がいが比較的軽いという意味に過ぎず、症状自体は日常生活に大きな支障をもらたす場合があります。いくつもの病院を回っても、画像に映らないことを理由に診断結果は「異常なし」でした。2009年、友の会結成の模様を報じたNHK番組を偶然に目にしたことをきっかけに、国内のMTBI診療の第一人者である石橋徹医師と出会い、診断を受けました。
 現在、薬を服用し、けいれん発作は抑えられているが、かつては外出中にたびたび意識を失いました。そのまま倒れて顔面を強打したこともあります。転倒直後の状況を知る友の会のメンバーの一人は、「まるで“お岩さん”のように顔の右半分が腫れ上がっていた」と語ります。発作の時と場所によっては命に及ぶ可能性もあります。
 佐曽利さんの症状はMTBIの中でも重症ですが、受傷直後の画像診断で異常は見つりませんでした。労災や自賠責保険の補償を受けるためには、異常が画像に映ることを前提にしていることに加え、意識障がいなしと“誤診”されたため、事故との因果関係が認められず、一切の補償が受けられずにいます。佐曽利さんは「MTBIは誰にも起こり得る病気だ。患者だけでなく、全国民を守るために周知予防に取り組んでほしい」と強調しています。

MTBI・求められる適切な補償
 こうした患者さんの切実な声に耳を傾け、一貫して救済に取り組んできたのが公明党です。2010年4月、山本博司参院議員が国会で初めて質問したことを皮切りに、労災認定基準の見直しや診断基準の確立に向けた研究体制を整備するよう再三にわたり政府に要望しました。2012年6月には公明党対策プロジェクトチーム(PT)も発足しました。
 厚生労働省は高次脳機能障害のうち、画像所見のない54症例を調査。2013年5月、WHOのMTBI基準に当てはめたところ、15人がMTBIに該当する可能性があるとの報告が出されました。
 この報告を受けた厚労省は2013年6月、労働基準監督署が一律に決めていた労災による障害認定の在り方について、最も低い「第14級」とすることを改め、厚労省に症例を集めて、WHO基準を基に個別判断することにしました。
 さらに、地方議会でも公明議員の主導で、国に対して、労災認定基準改定と周知予防を求める意見書採択の動きが広がっています。すでに東京都議会と23区議会、町田市議会や兵庫県議会、神戸市議会で採択されています。
 井手よしひろ県議は、こうしたMTBI患者の声を直接、佐曽利さんから伺うことが出来ました。地元のMTBI患者から直接住民相談を受けている八島功男県議(土浦市選出)と共に、9月県議会での委員会質問、国への意見書提出などを検討したいと考えています。

国民的な合意が必要/ひらの亀戸ひまわり診療所・石橋徹医師
 MTBIは世界的に広く認知された病気です。にもかかわらず、日本国内での取り組みは大きく遅れており、医療現場ではMTBI患者は正しい診断を受けることができずに困っている。このたび、厚生労働省がWHOのMTBI定義の有効性を認め、労災認定を見直す方針を示したことは、大きな前進と言える。
 「画像に出ない脳損傷が存在する」ことは、医学界では世界的なコンセンサス(合意事項)だ。脳損傷の多彩な症状に対して、診療科目を超えた集学的アプローチが必要である。脳損傷が疑われる時には、眼科、耳鼻科、泌尿器科、リハビリテーション科、精神科、脳神経外科、整形外科の専門医が行う幅広い神経学的診察・検査が役に立つ。この方法では、画像に出ない脳損傷でも、運動まひ、知覚まひ、脳神経まひ(嗅覚、視覚、味覚の障がいなど)、排尿・排便障がい、てんかん、高次脳機能障害が発見される。
 ただし、外傷性軸索損傷であるMTBIでは、症状が受傷直後に全て出そろうわけではなく、中には1、2週間遅れて症状が顕在化する例があるため、注意深い経過観察が必要である。
 また、脳は傷つきやすい臓器であることから、外傷から脳を守るための国民的な合意が必要だ。米国では、交通事故以外にアメリカンフットボールなどスポーツ外傷や、イラクやアフガニスタンでの局地戦争のテロ爆弾による爆風事故でMTBIが多発しており、オバマ大統領が先頭に立ち、国を挙げてMTBI対策に取り組んでいる。日本では、私の外来を訪れたMTBI患者のうち、9割強が交通事故で受傷しており、その4割強を追突事故が占める。むち打ち症といえども侮り難い。国内でも認知と対策が必要だ。
 「生命尊重」を掲げる公明党がMTBI問題に関心を示し、政治活動の目標の一つに掲げたことは日本社会で認知されずに放置されてきたMTBI患者にとって大きな励ましとなっている。これからも一層の取り組み強化をしてほしい。
(石橋徹医師の話しは、2013年12年27日付け公明新聞の記事から引用しました)

【参考:兵庫県議会が採択した「軽度外傷性脳損傷に関わる周知並びに労災基準の改正等を求める意見書」】
 軽度外傷性脳損傷は、交通事故や転倒、スポーツ外傷等により頭部に衝撃を受けた際に脳が損傷し、その結果として、持続する頭痛、意識状態の変化や事故前後の記憶喪失、けいれん発作や手足のしびれなどの多岐にわたる症状が現れる。また、重症な場合は寝たきりの生活になることもある。
 平成19年の世界保健機関(WHO)の報告から推測すると、軽度外傷性脳損傷の発生は年間900万人以上に上るとされ、我が国においても、その対策が求められているところである。
 この疾病は、磁気共鳴画像(MRI)などによる画像診断だけでは異常が見つかりにくいため、労働者災害保険(労災)や自動車損害賠償責任保険の補償対象にならないケースが多くなっている。働くことができない上に補償も十分に受けられない患者は経済的に追い込まれ、患者家族にとっても深刻な状況が続いている。
 国においても、平成25年5月に、厚生労働科学研究事業で軽度外傷性脳損傷の定義に該当する可能性がある症例があることが報告され、この結果を受け、高次脳機能障害のうち画像所見が認められない軽度外傷性脳損傷に関する労災の障害給付請求事案について、厚生労働省本省に報告し個別に判断することとなった。このことが、新たな一歩になると期待されている。
 よって、下記事項を内容とする意見書を国に提出するよう要望する。
  1. 軽度外傷性脳損傷のために働けない場合、労災の障害(補償)年金が受給できるよう労災認定基準を改正すること。
  2. 労災認定基準の改正に当たっては、他覚的・体系的な神経学的検査法など、画像診断に代わる外傷性脳損傷の判定方法を導入すること。
  3. 軽度外傷性脳損傷について、国民をはじめ教育機関への啓発・周知を図ること。