経済成長を促すためには、年金、医療、介護など生活に安心をもたらす社会保障制度の充実が不可欠です。少子高齢化、人口減少で社会保障を取り巻く環境が厳しくなる中、経済成長とどう両立させていくか。関西学院大学社会学部の盛山和夫教授にインタービューを紹介します。公明新聞の記事より引用掲載します。

医療、介護サービスの消費が成長後押し
一般的に、社会保障制度は経済成長の“足かせ”になると見られているが。
社会保障の国民負担率と経済成長率 国民負担率と成長率の国際比較そういった議論がまかり通っている要因の一つは、「『小さな政府』志向」だ。医療、介護などへの国の関与を減らした小さな政府は、効率的で良いように思えるが、成長にとってプラスとは限らない。
 小さな政府の特徴は、国民負担を抑えようとすることだ。だが、そもそも、国民負担率が高い「大きな政府」だと経済成長はできないということはない。スウェーデンなどの北欧諸国と比べ、日本の国民負担率は低いが、成長率は北欧諸国の方がはるかに高い。

社会保障制度は、経済にどういった影響を与えているのか。
 直観的に「社会保障は経済的に価値がない」という感覚が根強いが、それはおかしい。
 豪華客船でクルージングをした場合には、多くのサービスが提供、消費され、経済活動が行われているとみなされるが、医療や介護などでサービスが提供、消費されることは経済活動と思われない傾向がある。
 支払いの一定部分が税金であるからだろうが、経済全体で見た場合、経済活動であることに変わりはない。医療や介護サービスの消費が増えれば、それらの分野で働く人の収入が確保され、雇用の拡大も見込まれる。
社会保障制度が充実すれば経済も成長すると。
 そうだ。ただ、今後、社会保障制度を充実させていくには、三つの障害を取り除かなくてはならない。
 一つは、先ほど述べた小さな政府志向。
 もう一つは「伝統的な家族主義的志向」だ。一部には育児や介護を家族ではなく社会全体で支えていくことへの強固な反対の声があるが、母子家庭のほか高齢単身世帯などが増えている今、社会のサポートは欠かせない。
 三つ目は業界の既得権益だ。幼保一元化や保育所の規制緩和を進めようとすれば、必ず抵抗に遭う。抵抗する側は、保育の質の低下などを理由に挙げているが、企業の新規参入を妨げる意図が見え隠れしている。

授業料の無償化など子育て不安の解消を
子育て支援はどうあるべきか。
 子育てに伴う経済的な負担への心配をゼロにすることをめざすべきだ。子どもは“社会の宝”ともいわれるのだから、「共同子育て社会」という理念が重要だ。義務教育や高等学校までの授業料無償化は大きく進んだが、向学心があり、能力のある子どもは、できるだけ教育費の心配なく大学まで通えるようにすべきだ。

年金制度の充実も求められているが。
 年金は、医療・介護のようにサービスを提供するのではなく、年金給付を通じた所得移転の役割を担う。
 子育て支援は経済成長にも貢献する。「高齢者は過剰に年金をもらっているのではないか。将来、自分たちは十分な年金がもらえないのではないか」などと考える若者は多いが、そもそも年金は現役世代のためのものだ。
 公的年金がなくなると、自分で老後の備えをしなければならず、多大な労苦を強いられる。一部の大企業は企業年金で対応するかもしれないが、長く繁栄を続けられるか分からない。こうしたことから、最も信用できるのは公的年金だ。
 2004年の年金改革では、それまで際限のない年金の給付水準引き下げや保険料引き上げに対する不安が高まっていた中で、保険料の上限を定めつつ一定の持続可能な制度が設けられた。その骨格が崩れてしまえば、経済成長もおぼつかない。

政治が取り組むべきことは。
 政治家は、社会保障の重要性について、きちんと語れるよう理論武装をしてほしい。
 また、人口減少をどう食い止めるか。子育てや介護の問題を解決していくために、社会保障をどう充実させていくか。そのビジョンを国が提示すれば、民間経済もついてくるはずだ。そうなれば、新しい需要が生まれ、経済はさらに活性化していくだろう。
 
公的支援を強化し新たな需要掘り起こせ
 社会保障費の伸びを抑えなければ、赤字財政を再建できないのでは。
 国債の保有状況財政状況が危機的だというのは全くの錯覚だ。その理由は、国債の95%は日本国民や、国内の政府機関、金融機関が保有しているものだからだ。
 日本の債務残高は1000兆円を超え、国債残高だけで「国民1人当たり846万円の借金」などといわれるが、実は「その95%の805万円は国民1人当たりで政府に貸している」ものだ。差し引き「国民1人当たりでは、わずか41万円の借金」をしているにすぎず、世界的に見て、日本は財政の優良国だ。

少子化、人口減少を見据えた成長モデルは、どうあるべきか。
 日本経済の最大の足かせは、少子化と人口減少だ。当面は、現在の出生率1.43から1.6〜1.7程度への回復をめざして取り組んでいくべきだろう。
 少子化対策は“未来への投資”であるのに加え、経済をけん引していく重要な分野だ。
 子育て世帯が子どもを保育所に預ければ、保育サービスの提供、消費という経済活動が活発化していく。母親が働きに出れば、さらなる成長が期待できよう。

介護の充実も欠かせないが。
 公的な老人ホームに入れない“待機老人”の増加など介護でも課題は山積だ。家庭の介護負担を増やす動きが出ているが、家族に要介護者を24時間サポートする力はない。社会全体で高齢者をどう支えていくか真剣に考えていく必要がある。
 全ての介護ニーズに応えるには、介護保険料の引き上げや公費負担増などが必要かもしれないが、介護サービスが充実し、消費が増えれば、経済全体から見て負担にはならない。今は介護サービスを受けていない人も、年老いれば、サービスが必要になるだろう。
 高齢化が進み、介護の潜在的な需要は高まるばかりだ。公的支援で、その需要を掘り起こし、介護サービスの提供、消費を伸ばしていく取り組みが求められている。

盛山和夫(せいやま・かずお)
盛山和夫関西大学教授1948年鳥取県生まれ。東京大学文学部社会学科卒。東京大学大学院社会学研究科社会学専攻。東京大学大学院教授などを経て現職。東京大学名誉教授。「社会保障が経済を強くする 少子高齢社会の成長戦略」(光文社)など著書多数。