新高齢者研修
 今年(平成29年)3月12日から、改正道路交通法が施行され、75歳以上のドライバーに対する認知機能検査が強化されることになります。
 高齢者ドライバーによる交通事故が増加しており、中でも年間200件程度発生している高速道路の逆走 事故についてはその7割が65歳以上のドライバーよって引き起こされています。
 こうした事故の要因には、ドライバーの認知機能の低下があると思われ、事前に新たな検査を導入することは必要と思われます。
 現行法では、検査結果で第1分類(認知症のおそれ)とされ、なおかつ過去1年以内に信号無視、一時不停止、踏切不停止などの交通違反があった人のみ専門医の診断が義務付けされています。一方、改正法においては、第1分類とされた全員に対して専門医診断が義務づけられます。そして、認知症と診断されると免許が停止または取り消されます。
 また、第2分類(認知機能低下のおそれが)や第3分類(認知機能低下のおそれなし)であっても、認知症が疑われる交通事故を起こした場合には、臨時認知機能検査が義務付けられ、そこで第1分野に入ると専門医診断を経て、免許停止または取り消しとなる場合もあります。
 現行法下では、2015年度の認知機能検査で、約5万4000人(検査総数16万人)が第1分類に位置づけられています。しかし、過去1年以内の交通違反条件を加味すると、専門医の診断を義務づけられたドライバーは、わずか1650人でした。そして、専門医の診断の結果、免許停止・取り消しとなったドライバーはわずか565人でした。認知症のおそれがある高齢者ドライバーの多くが運転を続けているのが現実です。
 3月以降改正法が施行されると、初年度から6万人以上が受診対象者となる見込みです。2018年の75歳以上の高齢者ドライバー数は532万人に達し、多くの免許証取消者が出る懸念があります。
 今後、ドライバーの高齢化は益々進みます。2025年時点で、団塊の世代がすべて75歳以上となり、75歳以上の人口は2200万人に達します。団塊の世代の免許取得率は、男性で90%、女性は75%で1700万人以上の75歳以上のドライバーが出現します。
 最大の課題は、こうした大量の高齢者ドライバーに対して認知機能の検査を行う医師、その会場や体制が確保できるかという問題です。
 具体的には3つの難問がひかえています。第1に認知症専門医が不足するという問題です。第2に高齢者講習の現場、会場とスタッフが不足するという問題です。現状でも高齢者講習を受講するためには最大5か月以上の待ちがあります。法改正後、どのような状況になるのか大いに不安です。第3に、そもそも現在導入されている認知症検査で、高齢者の事故防止が出来るのかという疑問が残ります。心疾患や脳血管障害など症状が激変する病気もあります。認知症にあっても、アルツハイマー型認知症のスクリーニングは可能であるものの、前頭側頭型認知症は捉らえられないという大きな問題があります。前頭側頭型認知症は、心の抑制がきかなくなり、交通規則を守る気がなくなってしまう認知症です。認知症全体の約5%程度出現するといわれており、高齢者ドライバーの数が増えれば、その絶対数が激増することになります。
 こうした問題点を考慮すれば、高齢者ドライバーへの規制強化策には一定の限界があることを認識しなくてはいけません。


 そこで、高齢者に自主的に免許証を返納してもらえるような政策を進める必要があります。
 ここでは高齢者ドライバー激増時代の茨城県の交通政策について、4点提案したいと思います。
 第1に免許返納をうながす自動車に代わる交通機関の整備です。具体的には、コミュニティバスやBRTによる公共交通システムの充実です。既存のバスにも高齢者パスなどを出来るだけ安価に発行することも必要です。BRTなどは、自動運転技術を大胆に導入して、運転経費(特に人件費)を抑えながら利便性を拡大することも検討すべきです。
 また、デマンドタクシーの活用も有効だと思います。高齢者もスマホなどを自在に使いこなす時代です。デマンドタクシーは福祉や介護の分野での取り組みが多いようですが、 ICT技術を活用し、民間企業のソーシャルビジネスとしての展開が大いに期待できます。
 第2に、運転を断念する高齢者へのメンタル面での支援(ケア)の充実です。運転免許は単に運転できる証明書という無機質なものではありません。青年期、運転免許を手にするということは、大人の仲間入り、自立の証明書という意味合いも大きなものがありました。その免許を返納するわけですから、メンタルケアを丁寧に行う必要があります。茨城県は、他県に先駆けてベテランの女性看護士を運転免許センターに配置しました。上から目線のつめたい対応という批判も多い免許センターや教習場ですが、高齢者の尊厳を守り、運転断念後の生活もカウンセリングできる体制の整備も不可欠です。
 第3に、自動車優先主義を改めることも必要です。高齢社会の先輩格であるヨーロッパ諸国では、街中では自動車は優遇された移動手段ではありません。日本と違ってヨーロッパでは、路面電車などが存続しており、自動車は進入禁止や一方通交、わざわざコブ状に盛り上げられたり、車幅ぎりぎりのポールが設置されたり、スピードが出しづらい環境となっています。イギリスなどでは市内各所に監視カメラが設置され、駐車違反やスピード違反が厳しく罰せられます。高齢者は、こうした不便さを実感すると自主的に免許を返納の割合が高いといわれます。茨城県内でも、住宅地での規制強化(例えばエリア30の拡大や通学時間帯の進入禁止地域の拡大)などは必要です。
 第4は 自動車それ自体の進化、自動運転技術の開発促進と高齢者が購入する場合のインセンティブの導入を検討すべきです。自動ブレーキや急発進防止機能、アクセルとブレーキの踏み間違い防止機能、前進とバックのギア操作誤りを防止する機能などは、すでに実用化されています。65歳以上の運転手にはこうした安全運転アシスト機能を義務付けする制度検討も重要です。