益城町の地震被害
 4月15日、発災から1年を迎えた熊本地震。6200棟以上の住宅が全半壊し、災害関連死を合わせて37人が亡くなった熊本県益城町で追悼式が開かれました。観測史上唯一、2度の震度7に見舞われた人口3万人余りの町では今、住宅の解体、再建の槌音が響き渡っています。
 4月10日、この益城町の町長ら熊本地震や東日本大震災などで大きな被害を受けた15人の首長が、災害時にトップがなすべき事柄「災害時にトップがなすべきこと」 をまとめて発表しました。熊本地震など最近の災害では市町村長の判断が遅れたり、備えが疎かだったりして、被害が大きくなったり、混乱が広がったりしました。
 「災害時にトップがなすべきこと」は、熊本市長や熊本県益城町の町長、それに岩手県陸前高田市長や宮城県石巻市長、さらには台風などの大雨で被害を受けた兵庫県豊岡市長や新潟県三条市長など、最近の大規模な災害で被災した15人の市町村長が共同でまとめたもので、松本防災担当大臣に手渡されました。
【 平時の備え】
  1. 迫りくる自然災害の危機に対処し、被災後は人々の暮らしの復旧・復興にあたる責任は、法的にも実態的にも、第一義的に市区町村長に負わされている。非難も、市区町村長に集中する。トップは、その覚悟を持ち、自らを磨かなければならない。
  2. 自然の脅威が目前に迫ったときには、勝負の大半がついている。大規模災害発生時の意思決定の困難さは、想像を絶する。平時の訓練と備えがなければ、危機への対処はほとんど失敗する。
    被災経験がない首長は、自然の脅威を甘く、組織と人間の対応能力を過大に想定しがちである。心のどこかで、自分のまちには災いは来ないと思い込んでいる。
    それは、油断である。
  3. 市区町村長の責任は重いが、危機への対処能力は限られている。他方で、市区町村長の意思決定を体系的・専門的に支援する仕組みは、整っていない。
    せめて自衛隊、国土交通省テックフォース、気象台等、他の機関がどのような支援能力を持っているか、事前に調べておくこと。連携の訓練等を通じて、遠慮なく「助けてほしい」と言える関係を築いておくこと。
  4. 日頃から住民と対話し、危機に際して行なう意思決定について、あらかじめ伝え、理解を得ておくこと。このプロセスがあると、いざというときの躊躇が和らぐ。例えば・・・
    ・避難勧告、避難指示(緊急)は、真夜中であっても、たとえ空振りになっても、人命第一の観点から躊躇なく行うということ。
    ・堤防の決壊という最悪の事態を防ぐため、排水機を停止することがあるということ。停止すると街は水浸しになるが、人命最優先の観点から、躊躇なく行うということ。
    ・公務員といえども人であり、家族がいる。多数の職員が犠牲になると、復旧・復興が大幅に遅れる。職員も一時撤退させることがあるということ。
    (住民への強い責任感から、職員は危険が迫ってもなかなか逃げようとしない。職員にも自らの命を守ることを最優先するよう徹底しておくこと)
    ・大地震の初動時は、消防は全組織力をあげて消火活動を行うということ。
    (倒壊家屋からの救出より消火を優先するということ。)
  5. 行政にも限界があることを日頃から率直に住民に伝え、自らの命は自らの判断で自ら守る覚悟を求めておくこと。
    個々人の置かれた状況は千差万別で、行政は対応しきれない。行政はできるだけ正確な情報を収集し、適切な方法で伝えなければならないが、最後は本人の判断である。
  6. 災害でトップが命を失うこともありうる。トップ不在は、機能不全に陥る。必ず代行順位を決めておくこと。
  7. 日頃、積極的な被災地支援を行うこと。派遣職員の被災地での経験は、災害対応のノウハウにつながる。


【 直面する危機への対応】
  1. 判断の遅れは命取りになる。特に、初動の遅れは決定的である。何よりもまず、トップとして判断を早くすること。
    人の常として、事態を甘く見たいという心理が働き、判断が遅れがちになる。
    広範囲に災害が予測される場合、トップは、災害対策本部(庁舎)から離れてはならない。トップの不在は、判断の遅れにつながる。ただし、現場を見ないと判断がしにくいことも事実。映像や画像等、現場からリアルな情報が災害対策本部に届けられる仕組みをあらかじめ作っておくことが肝要。
    被災者の激励は、落ち着いた段階で行うことでよい。
  2. 「命を守る」ということを最優先し、避難勧告等を躊躇してはならない。
    命が最優先。空振りを恐れてはならない。深夜暴風雨の中で避難勧告等を出すべきか悩みが深いが、危険が迫っていることを住民に伝えなければならない。
    行政は、個々に応じた避難情報の提供は不可能であることを率直に伝え、「いつ、 どこへ逃げるか」を日頃から考えておくよう住民に求めること。
    もちろん行政は、情報を的確に把握し、適切なタイミングと方法で伝えるたゆまぬ努力を行わなければならない。
  3. 人は逃げないものであることを知っておくこと。人間には、自分に迫りくる危険を過小に評価して心の平穏を保とうとする、「正常化の偏見」と呼ばれる強い心の働きがある。災害の実態においても、心理学の実験においても、 人は逃げ遅れている。
    避難勧告のタイミングはもちろん重要だが、危険情報を随時流し、緊迫感をもった言葉で語る等、逃げない傾向を持つ人を逃げる気にさせる技を身につけることはもっと重要である。
  4. 住民やマスコミからの電話が殺到する。コールセンター等を設け対応すること。
    被災前後は、電話が殺到し災害対策本部が機能不全に陥る。それぞれの部署が 銘々に電話対応するのではなく、専門のコールセンターを設けるなどして、職員が災害対応に集中できる環境を整えること。
  5. とにかく記録を残すこと。
    様々な記録は、必ずその後の災害対応に生きるので、被害状況、対応状況、現場写真等、部署ごとに詳細な記録を取るよう命じておくこと。


【 救援・復旧・復興への対応】
  1. トップはマスコミ等を通じてできる限り住民の前に姿を見せ、「市役所(区役所・町村役場)も全力をあげている」ことを伝え、被災者を励ますこと。
    住民は、トップを見ている。発する言葉や立ち居振る舞いについて、十分意 識すること。
  2. ボランティアセンターをすぐに立ち上げること。ボランティアは単なる労働力ではない。ボランティアが入ってくることで、被災者も勇気づけられ、被災地が明るくなる。ボランティアセンターと行政をつなぐ職員を配置すること。(ただし、地震の場合で余震が危惧される時は、二次災害の防止に配慮して開設すること)
    必ずボランティアの助けが必要になる。ニーズ調査を待っていると時間をとられ、ボランティアの受入れが遅れる。まず発災直後にボランティアセンターを立 ち上げ、ホームページ等で広く紹介すべきである。
  3. 職員には、職員しかできないことを優先させること。
    職員の数は限られている。他からの応援があっても、職員がしっかりと受援体制を取ることができないと、効率的に機能しない。避難所運営等、職員でなくてもできることは自主防災組織等に任せ、被災家屋調査や応急仮設住宅の建設等、職員には職員にしかできないことを優先させるべきである。平時にこの仕組みを作っておくことが、復旧・復興の迅速化につながる。
  4. 住民の苦しみや悲しみを理解し、トップはよく理解していることを伝えること。苦しみと悲しみの共有は被災者の心を慰めるとともに、連帯感を強め、復旧・復興のばねになる。
    例えば、災害廃棄物も元々はごみではない。それらが住民の大切な財産であっ たことや、沢山の思い出の詰まったものであったことに思いを寄せること。
  5. 記者会見を毎日定時に行い、情報を出し続けること。「逃げるな、隠すな、嘘つくな」が危機管理の鉄則。マスコミは時として厄介であるし、仕事の邪魔になることもあるが、その向こうに市民や心配している人々がいる。明るいニュースは、住民を勇気づける。
    全国への情報発信は、マスコミを通じて行われていることを忘れてはならない。
    被災住民にとっても重要な情報源である。災害後、被災住民にとって一番つらいのは世間から忘れ去られることである。
    混乱する職員にとっても、重要な情報源となる。
    良いことも悪いことも報道されるが、たくさん情報発信のあった被災地に支援が集まる傾向がある。
  6. 大量のがれき、ごみが出てくる。広い仮置き場をすぐに手配すること。畳、家電製品、タイヤ等、市民に極力分別を求めること。事後の処理が早く済む。
    事態が少し落ち着くと、ごみとの闘いが待っている。
    地元のごみ処理施設だけで処理することは不可能だが、災害廃棄物の分別ができていないと、他の自治体は受入れてくれない。住民からは苦情が出るが、極力住民に排出時の分別を求めること。できない場合、広めの仮置場を設置し、持ち込む段階で「可燃ごみ」「不燃ごみ」「畳」「家電製品」「木質ごみ」等に分別して集積すると、その後の処理時間と経費を大幅に削減することができる。
  7. 庁舎内に「ワンストップ窓口」を設け、被災者の負担を軽減すること。
    被災者には高齢者や障がい者も多い。可能な限り窓口を集約し、一度の来訪で目的が達成できるよう配慮することが必要である。
  8. 住民を救うために必要なことは、迷わず、果敢に実行すべきである。とりわけ災害発生直後は、大混乱の中で時間との勝負である。職員に対して「お 金のことは心配するな。市長(区町村長)が何とかする」、「やるべきことはすべてやれ。責任は自分がとる」と見えを切ることも必要。
    混乱の中でもスピーディな判断と行動は不可欠。トップは、全ての責任を取る覚悟で、職員を信じて任せる勇気が必要である。大見えを切ると職員は奮い立つ。
  9. 忙しくても視察を嫌がらずに受け入れること。現場を見た人たちは、必ず味方になってくれる。
  10. 応援・救援に来てくれた人々へ感謝の言葉を伝え続けること。職員も被災者である。職員とその家族への感謝も伝えること。
  11. 職員を意識的に休ませること。
    災害対応は長期戦になる。休みや休憩を職員任せにすると、職員は他市区町村の応援者やボランティアに気兼ねし、休むことができず疲弊する。自衛隊は不眠 不休だが、自衛隊員は交代で休んでいる。組織的に職員を休ませること。
  12. 災害の態様は千差万別であり、実態に合わない制度や運用に山ほどぶつかる。他の被災地トップと連携し、視察に来る政府高官や政治家に訴え、マスコミを通じて世論に訴えて、強い意志で制度・運用の変更や新制度の創設を 促すこと。
    例えば、東日本大震災当時の被災者生活再建支援法では、液状化による被害に対応できず、被害認定ができなかった。そのため、茨城県及び千葉県の被災自治体がまとまって、罹災証明の液状化被害に対する被害認定について国に要望し、新基準が創設された。
    被災地の実情と窮状を一番知っているのは、被災自治体である。制度が無いか らと諦めてはならない。被災自治体が諦めれば、そこで終わってしまう。

 自分たちの失敗を繰り返さないようにして欲しいとまとめられた提言は、防災省庁のガイドライン等に比べると率直な表現で、単刀直入に記されています。内容をみると地震に限らず、大雨の災害や火山の噴火など、大規模な自然災害に見舞われた際の対応として共通していることがわかります。
 こうした提言がまとめられた背景は大きくいって2つです。
 一つは最近の災害で、市町村長の判断や市町村の対応に多くの問題があったことです。去年の熊本地震では、熊本県宇土市や益城町など5つの市と町で庁舎が壊れて使えなくなり、機能を別の場所に移さざるをえませんでした。災害時には被害の大きさに応じて業務量が増えていきます。被害の確認、避難所の開設、被災者への食料や水などの供給、医療や介護の手当てなど普段の10倍以上だといいます。それを物理的なスペースが足りない仮の場所で、しかも日頃使っている住民の名簿などの資料が十分にない中でやろうとすると、仕事が遅れたり、滞ったりします。また災害後に迅速に判断ができる体制を作れなかったことも熊本地震の反省です。益城町では災害直後に12ヶ所の避難所ができましたが、避難所の世話をするために、町の幹部を含めたほとんどの職員が張り付き、当初、災害対策本部の会議をすることができませんでした。
 背景の2つめは、災害対策における市町村長の責任の重さです。現在の災害対策は地理的環境や地形、それに住民の年齢構成や住まいのあり方などの実情を踏まえて進めるために「自治体防災」という考え方が基本になっています。このため「地域防災計画の作成」「災害対策本部の設置」「住民に対する避難勧告や避難指示の発表」「都道府県知事に対する自衛隊派遣の要請」など広い範囲でトップに責務を負わせ、強い権限を与えています。したがって、災害時には住民の命に関わる判断を市町村長がすることになることを、住民も知っておいたほうがいいと思います。しかし多くの自治体のトップは災害のプロではありません。日本は毎年のようにどこかで大きな地震や水害が起きますが、一つ一つの市町村にとっては20年とか30年とかに一度襲ってくる稀な出来事です。まして任期が4年のトップは、ほとんどの場合、生まれて初めて対策の指揮をとることになります。私が取材した何人かの市町村長は「災害時に待ったなしの判断を求められ、あれほど孤独を感じたことはなかった」と話していました。
 ではどうしたらいいのでしょうか。最も重要なことは、災害時にはトップの判断に対策がスムーズにいくかどうかがかかっていることを市町村長自身が自覚して、日頃の備えを進めておくことです。地震や水害などで庁舎が壊れたり、使えなくなったりしないように建物を補強し、非常用電源を上の階に移して水に浸からないようにし、職員の防災意識を高めておかなくてはいけません。そのうえで万一に備えて代替庁舎を考えておくことも必要ですし、トップ自身が被災したり、出張などで留守の場合に備えて、判断の代行順位を決めておくことも重要です。つまりは災害時にも市町村の業務が継続できるようにしておく必要があって、国はそうした事柄を書き込んだ「業務継続計画・BCP」を作るよう求めていますが、全国の1741の市町村で、去年(平成28年)の4月現在で作っているのは半分以下の41.9%(730)にとどまっています。
 こうして提言の内容とトップの責任や役割をみてくると、別の課題が浮かび上がってきます。それは提言が現在の自治体防災につきつけている課題です。重い責任を負わせながら、そのための研修や判断を補佐する仕組みがないことへの問題意識です。課題を2点指摘することができます。
 1つは自治体のトップへの研修制度を作るとともに、判断を支える体制の整備が必要です。現在内閣府や消防庁、それに阪神・淡路大震災の教訓を生かすために作られた兵庫県の「人と防災未来センター」がトップへの研修を行っていますが、あくまで希望する自治体が対象です。選挙で当選したら必ず、災害を経験した市町村長から直接研修を受けるような仕組みを作り、長期にわたってつとめる人には再研修を受けてもらうようにする必要があります。またトップの判断を補佐するために各自治体に災害対策に精通した人材を育成することも重要です。
 2つめは自治体防災を補完する広域防災の検討です。最近の災害の広がりや深刻さをみると自治体防災の限界は明らかです。一昨年、栃木県の鬼怒川が決壊した際、住民は隣接するつくば市に避難する方が早く、安全だった地区がありましたが、常総市は市内の避難所に行くよう呼びかけて混乱しました。心配される利根川や荒川などが決壊した際の水害では、埼玉県と東京23区で100万人を超える人に被害がでる恐れがあります。その際に市区町村の中だけで避難を考えることは難しく、またそれぞれが独自の判断でバラバラに避難勧告を出したら道路が渋滞するなどして大混乱に陥ります。現在の災害対策に欠けている広域防災の検討を急ぐ必要があります。
(解説部分はNHK時論公論 「熊本地震から1年 災害対策 市町村長の重い責任」より引用させていただきました)