原爆ドーム
公明党、“賢人会議”の被爆地での開催を提案
 核兵器禁止条約は、今年7月に国連本部で開催された条約交渉会議で採択されました。核兵器を違法化する初めての規範であり、「核兵器のない世界」への大きな一歩となりました。

 核兵器禁止条約について、核拡散防止条約(NPT)で「核兵器国」として核保有を認められた5カ国(米、英、仏、ロ、中)と、「核の傘」の下にある北大西洋条約機構(NATO)や日本、韓国など核依存国は、条約に反対し、今回の条約交渉会議にも参加しませんでした。NATOに参加しているオランダは、交渉会議には参加しましたが、採決で反対しました。
 日本の別所国連大使は条約採択の日に「(現状で条約に)署名することはない」と述べ、米英仏3カ国も共同声明で「安全保障環境の現実を無視している」「条約は北朝鮮の重大な脅威に対する解決策を提供せず、核抑止力を必要とする他の安全保障上の課題にも対処していない」と批判し、署名・批准・加盟することはないと表明しました。核保有国の加盟がなければ核禁条約の実効性は望めません。
 この採択を巡って、核兵器の非人道性を訴えて条約を推進した国々と、核兵器によって戦争を防ぐという核抑止論を主張する核保有国との溝は、かえって深刻なものになってしましました。しかし、現実の国際政治の中で核が存在することは事実であり、核保有国を抜きにして核廃絶を実現することはできません。条約の採択を推進してきた被爆者団体や反核NGO(非政府組織)も、条約の採択が到達点ではないとしており、ここからが核廃絶の正念場です。
 公明党は、核兵器禁止条例を高く評価しています。連立与党の一員として、日本政府の立場を共有していますが、核兵器禁止条例の規範の下で核廃絶への具体的な歩みを進めていきます。その上で、核廃絶は核保有国と非保有国の対話の積み重ねの上にあると考えており、双方の溝が深まり、核軍縮を着実に進めるための現実的な対話がなされず、核軍縮ができない状況は絶対につくつてはならないとの立場です。
 核軍縮については、日本政府も、核保有国、非保有国も2020年NPT(核拡散防止条約)運用検討会議の成功に向けてNPT体制の維持・強化が必要であるとの認識は共有しています。まずは核保有国と非保有国の溝を埋める対話が不可欠です。「核兵器のない世界」の実現には、核禁条約の採択などを巡って深まった核兵器保有国と非保有国の亀裂の橋渡しが求められており、これこそ唯一の戦争被爆国である日本の責務です。
 このため日本政府は今年5月、「賢人会議」の設立を表明しました。公明党の党核廃絶推進委員会や国会質疑などにおける強い主張も受け、11月27、28の両日に被爆地の広島市で初会合を開催します。
 賢人会議は、同会議の座長を務める白石隆・前政策研究大学院大学長を含む日本人6人と、核保有国の米国(2人)やロシア、中国、フランス、非保有国のオーストラリア、ドイツ、カナダ、核兵器禁止条約賛成国のエジプト、ニュージーランドの外国人10人の計16人の有識者や被爆者で構成されます。核軍縮を実質的に進展させるための提言をまとめ、来年4月に開かれる20年NPT運用検討会議の準備会合に提出する予定です。
 公明党は、賢人会議を“真の橋渡し”のスタートと期待しており、各国が「被爆の実相」を共有して実効性ある提言をまとめられるよう、被爆地開催を提案、推進しました。成功に向けて全力で取り組んでいきます。

 9月8日付の神奈川新聞に、公明党の創立者である創価学会名誉会長池田大作先生の特別寄稿が掲載されました。核兵器禁止条約に関する、公明党の哲学的、思想的、そして行動の規範です。以下、引用させていただき、再確認したいと思います。

核なき世界へ市民の声を
神奈川新聞(2017/9/8付け特別寄稿)
創価学会名誉会長 池田大作

 長年、不可能と言われ続けてきた条約が、この7月に、国連で採択されました。
 「核兵器禁止条約」です。前文には、「ヒパクシヤ」の文字が刻まれています。広島と長崎の惨劇を二度と繰り返してはならないとの思いが多くの国で共有される中、ついに成立をみたのです。
 「横浜も原爆投下の目標地になっていた」神奈川新聞の一面で、この記事を見た時の衝撃を、私は今も思い起こします。1979年5月、横浜で中国からの賓客を迎える朝でした。
 終戦から30年以上もたって、初めて明らかになった事実です。
 大好きな横浜は、私にとって核兵器廃絶への誓いを深める場所でもあります。
 60年前の9月8日、わが師・戸田城聖先生(創価学会第二代会長)は「原水爆禁止宣言」を発表しました。民衆の生存の権利を奪う核兵器は“絶対悪”であり、使用を許してはならないと。5万人を前に断言した会場が、横浜・三ツ沢の競技場だったのです。
 この宣言を原点に、私たちは、核兵器の非人道性を浮き彫りにし、禁止への潮流を高めるための展示を、ニューヨークやモスクワをはじめ、神奈川県が交流を結ぶマレーシアのペナン州等、世界の多くの場所で行ってきました。
 核の問題を、どこか遠くに感じる人も、写真や展示物から原爆被害の実相を知れば、“もし、自分の住む街で同じ惨劇が起きたら”との思いを巡らせるきっかけとなるに違いない、と。
 あの神奈川新聞の報道の3ヵ月後に開設した戸田平和記念館(横浜市中区)でも核の脅威展等の展示を継統し、国外の100万人を超える方々が見学しています。

 交流してきた団体に、核廃絶を求める科学者のグループ「パグウォッシュ会議」があります。その創設に影響を与え、横浜に足跡を留めたこともある哲学者ラッセルは、日本へ呼び掛けました。
 核兵器の脅威が、なぜ続くのか。背景には、人々の間に、この問題は「どうしようもないといった圧倒的な感情」があることが大きい、と。
 この厚い壁を打ち破らんと、勇敢に声を上げてきたのが、被爆者を中心とする「核なき世界」を求める市民社会の連帯に他なりません被爆者にとって核兵器の問題は、「どうしようもない」と諦め、看過していられるものは決してなく、「何としても解決の道を開かねばならない」ことだからです。
 横浜に住む私の妻の友人は、母親が長崎で被爆し、被爆二世として幾多の苦労を乗り越えてきました。今も、地域で若い世代に平和を訴えています。「戦争はいけん!原爆は二度といけん!」と声を振り絞って叫んだ母の悲願を、語り継いでいるのです。

 今月20日から、核兵器禁止条約への各国の署名が始まります。核なき世界へ前進するためには、国際世論のさらなる喚起が不可欠であり、その推進力なるのは、条約でも重要性が強調された平和・軍縮教育でありましょう。
 その先駆の活動を積極的に展開されてきたのが、神奈川です。
 横浜市は、国連から「ビースメッセンジャー」の称号を贈られています。
 受賞30周年を迎え、平和・軍縮教育の波動が、世界に開かれた神奈川の天地から一段と力強く広がることを、願ってやみません。