旧廣盛酒造
 9月16日、17日の両日、井手よしひろ県議は県北芸術祭2019の企画準備のために、群馬県中之条町を訪れ"中之条ビエンナーレ"を現地調査するとともに、総合ディレクターの山重徹夫さんらから、芸術祭に概要や基本的な考え方について説明聴取、意見交換を行いました。
 "中之条ビエンナーレ"は、中之条町で開かれる2年に1度開催される現代アートイベントです。2007年からはじまって、今年で6回目となります。今年は、9月9日から10月9日までの31日間、開かれています。
 人口わずか1万6000人余りの小さな町に、「中之条・伊勢町」「伊参(いさま)」「名久田」「四万(よも)」「沢渡・暮坂(さわたり・くれさか)」「六合(くに)」の中之条町内6つのエリアで、51箇所の会場で総勢162組のアーティストによる展示・パフォーマンス・イベントが行われます。小中学校の廃校、廃屋、廃工場などが会場として使われています。井手県議は、16日に「中之条・伊勢町」「伊参」ちく、17日に「四万」「沢渡」地区を中心に作品展示を鑑賞しました。小さな町とはいえ、正味一日(16日午後と17日午前中)ですべての会場を制覇することはできません。特に、四方地区と六合地区はかなり距離が離れていますので、鑑賞を計画している方はご注意ください。
旧廣盛酒造
 "中之条ビエンナーレ"は、地域芸術祭の草分け的な存在です。アーティストと住民との連携で芸術祭を作ってきたと言っても過言ではありません。映画「眠る男」の撮影拠点になった『伊参スタジオ』。廃校を再利用したこのスタジオが、中之条町のアート活動のスタートです。映画「眠る男」は1996年に公開されました。このロケ地が中之条町だったことをきっかけに、若手芸術家の育成を目的に町内の廃旅館を活用した「吾妻美学校」が開校されました。
 2006年、卒業制作発表の場として中之条町内の廃校や空き家を使わせてほしいとう生徒の要望をうけ、美術大学の生徒と行政(町長)が共同して企画して、中之条町の持つ自然と現代アートの融合を目的にした「中之条ビエンナーレ」がスタートしました。このアーティストの声を取りまとめたのが、現在も"中之条ビエンナーレ"の総合ディレクターを務める山重さんです。
 開催当初は美術学校の生徒の作品展示目的であった中之条ビエンナーレ。2007年の第1回は、参加アーティスト53組、鑑賞に訪れた人は約4万8000人でした。
 それが、2009年の第2回開催では参加作家数112名・来場者数16万人、第3回は125名・35万2000人、第4回は113組・33万8000人と規模が拡大してきました。
 アーティストの作品制作の場、そしてその発表の場という性格は、地方創生の大きな流れの中で、地域資源の魅力の再発見・地場産業の復興を目的にした“アートによる町おこし”へと進化しています。

山重徹夫総合ディレクター
 山重徹夫総合ディレクターからのヒアリングは、町の多用途施設「つむじ」に併設された中之条観光協会の会議室で行われました。中之条町企画政策課黒岩文夫課長、今回の視察を調整していただいた水野俊雄群馬県議、関美香中之条町議が同席しました。
 山重総合ディレクターから、ビエンナーレ開催までの経緯や基本的な考え方を伺いました。黒岩課長からは、このビエンナーレの町として負担が1200〜1500万円、今年は前回より2割程度来場者数は伸びているという途中経過の報告を受けました。
 山重ディレクターのことばは非常に示唆的、感動的でした。曰く、「普通の組織はリーダーのもとにそれを支える人たちがピラミッドのような形で、活動を盛り上げていくと思います。しかし、私はそのピラミッドを180度回転させたような組織を中之条に作りたいと考えています。私は、一番そこでたくさんのアーティストや町民を支えて、伸び伸びと作品の制作や世界中に作品の発表ができるように努力していきたいと決意しています。そうすれば、アーティストの力は無限大に伸びていきます。中之条の名前も世界的なブランドになります」。また、「ビエンナーレは、その名の通り2年に1度の開催です。その間の年は、中之条に集まったアーティストを世界中に紹介するキャラバン活動を行っています。中国や東欧など、中之条出身のアーティストは世界レベルだと言われるようにしたと念願しています。そして、その交流から、様々な外国のアーティストの国際交流企画展を"中之条ビエンナーレ"でも展開しています」などなど。

中之条トリエンナーレ:山重ディレクターと
 地域芸術祭の草分けとしての"中之条ビエンナーレ"の存在は、全国の文化・芸術による地域おこしのお手本の一つといっても、批判をはさむ余地はありません。しかし、課題もないわけではなりません。
 その一つが、事業費をどのように確保するかという視点です。中之条町がこの芸術祭に直接支出した事業費は、2007年開催時は補助金320万円。2013年に初めて入場料を設け、補助金624万円を含めた3300万円の事業費を計上しました。そして、今回は約1500万円程度が町の補助金。小さな町にとって、大きな負担であることは間違いありません。しかし、茨城の県北芸術祭が約6億7000万円、この夏初めて開催して大きな成功を収めた北アルプス国際芸術祭祭が約4億円(長野県大町市)の自治体負担に比べると、そのコストパフォーマンスは、比較にならないほど高いものがあります。これは、アーティスト自身が身銭を切って芸術祭をスタートさせたという、その誕生の経緯が全く他の芸術祭と異なるからです。
 しかし、林立する地方芸術祭の中で、潤沢とは言わないまでも、大きな予算をもって勝負する他の芸術祭と作品レベルで"中之条ビエンナーレ"が勝負していくことは大変なことです。完成形の現代アートをみせる場ではなく、発展途上のアーティストの初々しい新鮮な作品をどのように提供し続けていくことができるか、これは大きな課題だと実感しました。
 そして、もう一つが地方都市が抱える人口減少、高齢化の課題です。アーティストと地域住民が作ってきた"中之条ビエンナーレ"。その地域の支え手が、高齢化、亡くなってしまっている現状があります。確かに若い人が、このビエンナーレの魅力に取りつかれ移住したり、積極的にイベントに係るようになってきました。しかし、地域でビエンナーレを支えてきた人の減少は否定できなくなってきました。これは、地域の伝統芸能の担い手がいなくなってきていることと相通ずる問題です。
 中之条ビエンナーレが果たしてきた役割を再確認し、茨城県北芸術祭2019にどのように活かしていくのか、非常に示唆的な視察となりました。山重さんをはじめとする関係者の皆さまのご協力に深く感謝申し上げます。