福島第1原発を現地調査
 5月14日、井手よしひろ県議ら茨城県議会公明党は、東京電力福島第1原子力発電所を改めて訪れ、廃炉作業の進捗状況汚、染水対策、作業員の作業状況などを現地調査しました。また今回は、一般社団法人AFWの吉川彰浩さんのご案内で、楢葉町や富岡町、浪江町など周辺地域の状況も視察しました。特に浪江町では、請戸海岸の復興状況調査や新たにビジターハウスを開設した和泉亘さんとも交流することができ、非常に有意義な視察となりました。茨城県議会公明党の福島第1原発の現地調査は2回目、井手県議は個人的に3度目の調査となりました。
 最初の福島第1原発の調査は、2013年5月28日。その模様はこのブログ「井手県議ら県議会公明党、福島第1原発を現地視察」http://blog.hitachi-net.jp/archives/51433172.htmlでご報告しています。当時は、事故から2年が経過したといっても、現場には瓦礫や破損した車両が散乱していました。視察も放射能防護のためのタイベックを着込んだ物々しいものでした。それから、5年が経過し、視察には特段の防護服は不要になっています。セキュリティの管理は厳重ですので、カメラや写真機能があるスマホ、携帯電話は持ち込めません。被ばくの危険性を察知するために、各々が線量計を携帯します。構内での写真撮影は許されていません。後日、東電の担当者が撮影した写真データを送っていただけることになります。

 福島第1原発敷地内の環境が変わってきたのには、除染作業やフェーシング工事(地表の舗装処理)の結果です。放射線を出す物質を撤去し、土がむき出しだった場所をアスファルトやモルタル等で固めました。敷地内にあった桜の木などの樹木も伐採されました。その結果、ホコリの舞い上がりが防げるようになり、防護服なしに作業や視察できる範囲が広がっています。
 逆に残念ながら、構内の視察はすべてバスの中からで、1回目の調査時にできた車外での視察は許されませんでした。
 2015年5月には作業員の環境改善のために9階建ての大型休憩所が完成しました。大型休憩所の視察はできませんでしたが、この建物には食堂とコンビニエンスストアがあるそうです。
 こうした除染対策によって、作業員の被ばく放射線量も大幅に下がってきています。2017年7月現在では、0.38ミリシーベルト/一か月になっています。事故前、作業員の被ばく量は、0.2〜0.3ミリシーベルト程度ですから、原子力発電所労働を続けていくことが問題のない値まで下がってきていることが伺われます。
 一方新たな問題も惹起しています。不足する作業員を補うために、2013年ごろから表面化した外国人作業員が存在しているという問題です。

 大きなダメージを受けた福島第一原発の6つの原子炉の廃炉作業は、試行錯誤を繰り返しながら粛々と進んでいます。
 福島第一原発は1〜6号機まであります。そのうち水素爆発を起こした号機は1、3、4号機、原子炉内の核燃料が溶けた(メルトダウン)のは1、2、3号機です。5、6号機は幸いにも、津波被災に遭いましたが大きな事故なく、現在は廃炉が決まりました。5、6号機は核燃料棒を使用済み燃料プールに保管して安定した状態となっています。
 廃炉にはいくつかのステップを踏みます。原子力発電所が耐用年数を超え、また電力事業者が採算が合わない等の理由により原子力発電を辞めようというのが廃炉のスタートです。
 最初のステップは、燃料棒の取り出し作業です。原子炉圧力容器内の核燃料を使用済み燃料プールへ、使用済み燃料プールに集まった核燃料をキャスクと呼ばれる容器に入れて一時保管します。その後、中間保管施設辺と運び出します。
 燃料棒の取り出しが終わった後は、発電所内の建物を解体していきます。それらは放射性廃棄物ですから、厳重に管理され、保管場所へと運びだされます。
 燃料棒は「高レベル放射性廃棄物」と呼ばれ、それ以外は「低レベル放射性廃棄物」と呼ばれます。
 ここで大きな問題があります。福島第1原発の廃炉とは、どんな状況を言うのか、その最終ポイントがまだ決まっていないのです。廃炉は原子力発電所を必ずしも、完全無害化して更地に指すという定義ではありません。今後、放射性廃棄物の処分を発電所構内でやっていこうとなれば、福島第1原発はほぼ永久的に更地にはならないからです。
 福島第1原発の廃炉は通常の始まりではないことは周知の事実です。溶け落ちた燃料(燃料ジブリ)の取り出しは、非常に困難な作業です。また水素爆発によって振りまかれた放射性物質により、敷地内に存在するもの全てが放射線を出す廃棄物になりました。放射性物質の飛散を防ぐ事が最大の課題ですから、汚染水対策や大気中への飛散抑制が重要になります。
 福島第1原発はゴールなきマラソンレースを繰り返しているようなものと、担当者の説明を聴きながら感じました。

 1号機は使用済み燃料プール内の使用済み燃料を取り出しに向けて、建屋上部の解体が進められています。大型瓦礫については高さ100mを超える大型クレーンを用い、細かい瓦礫については掃除機と同じ様に吸い取りながら進めています。瓦礫類が撤去されると、取り出しカバーと呼ばれる核燃料を取り出すための設備の設置が始められます。
 溶け落ちた燃料(燃料デブリ)の取り出しについては、現在は状態の調査が進められています。事故当時近づくことすら困難だった場所は、原子炉格納容器の内側に調査用ロボットが投入されました。溶け落ちた核燃料の行方や損傷個所への更なる調査が今後進められています。
 2号機は使用済み燃料プール内の使用済み燃料の取り出しに向けて、建屋上部の解体に向けて準備が進められています。
 原子炉建屋の側面に、大きな架台が設置されました。その上には前室と呼ばれる部屋が作られました。この前室の中で、2号機建屋の最上階に入るための穴を空けていくことになります。
 燃料デブリの取り出しに向けて、現在はまずは状態の調査が進められています。原子炉格納容器の内側に調査用ロボットが投入されました。
 3号機は使用済み燃料プール内の使用済み燃料の取り出しに向けて、建屋上部の解体に向けて準備が進められています。水素爆発によって吹き飛んだ建屋上部の瓦礫が撤去され、建屋上部での作業が出来るよう遮蔽材を敷き、かまぼこ型の一段高くなっている構造物が完成しました。これは、燃料取り出しカバーです。
 燃料デブリの行方や損傷個所へのロボットによる調査が、今後進められていきます。
 4号機は水素爆発によって発生した瓦礫の撤去が完了しました。燃料取り出しカバーが設置され、使用済み燃料プール内にあった燃料全てが取り出されました。
 4号機の脇には、燃料取り出しカバー造られました。これは自分の重さと支えで4号機に被う形で逆L字で作られました。耐震を持たせる為に東京タワー1基分の鉄骨が使われたと説明されています。
 4号機はメルトダウンが起きていませんので、当面の作業は一段落したことになります。