高齢化の進展と2030年2040年問題
 2019年(令和元年)11月17日、公明党は結党55周年の節目を迎えました。1964年(昭和39年)11月17日、公明党は創価学会の池田大作会長(当時)の発意により結成されました。公明党が誕生した当時、世界はイデオロギーで二分された東西冷戦のまっただ中であり、日本の政界も左右両勢力の不毛な対決構造の下、国民不在の政治に明け暮れていました。その中で「国民の声を代弁する政党はないのか」との“衆望”の高まりを受けて、庶民の中から誕生したのが公明党です。以来、党創立者が示された「大衆とともに語り、大衆とともに戦い、大衆の中に死んでいく」という不変の立党精神を血肉化し、大衆の一員、代表として人間主役の政治を進め、政策の優先度が低かった福祉や教育、住宅、医療など国民生活に身近な課題を着実に前進させ、今ではどの政策も国政の主要テーマに押し上げられています。また、国際社会での人道支援や人的貢献を主導するなど「平和の党」「人権の党」として、揺るがぬ地歩を築きました。
 しかし、この55年間で日本の置かれた環境は大きく変わりました。特に、超高齢化、人口減少という未だかって日本が経験したことのない大きな課題に直面しています。
 ここでは、高齢者数がピークを迎える「2040年問題」を見据えた社会保障のあり方について、公明新聞・ビジョン検討チームが考察した小論を、公明新聞2019年11月15日、16日付けの記事より一部編集して紹介します。
■(大衆福祉の理念)全民衆の最大幸福めざす
 世界に類を見ない急速な少子高齢化が進む日本社会の前途には、二つの大きな“山”が立ちはだかっています。一つは、約560万人に上るとされる団塊の世代全員が75歳以上になる2025年であり、もう一つが高齢者人口のピークとされる40年ごろです。
 支え手となる現役世代(15〜64歳)の人口が減少していく中、いかにして年金や介護などの社会保障制度を充実させ、持続可能なものにしていくのか。1964年11月17日の結党以来、「大衆福祉」の旗を掲げてきた公明党の真価が今まさに問われていると言えます。
 公明党がめざす大衆福祉とは、ベンサム流の「最大多数の最大幸福」ではなく、「全民衆の最大幸福」です。幸福の定義は人それぞれだが、各人が思い描く幸福を最大限に追求できる社会こそ、公明党がめざす大衆福祉社会であり、「個人の幸福」と「社会の繁栄」の一致を志向します。
 現在、進められている全世代型社会保障とは、「別の言葉で言えば必要な人に必要な支援が行き渡り、誰も置き去りにしない共生社会」(今年1月、衆院本会議での斉藤鉄夫幹事長の代表質問)であり、公明党の大衆福祉社会とベクトルを共有します。
 まさに、国連が指向する「2040年持続可能な開発目標:SDGs」と精神そのものです。

■(超高齢の厳しい現実)世代間の不均衡、極限に達する“重量挙げ社会”
 40年の日本はどんな社会か。各種調査からその姿を探ってみると、浮かび上がってくるのは、(1)65歳以上の高齢者を支える現役世代の負担が限界に達する(2)高齢世代の困窮化(3)多死社会と家系消滅――という厳しい現実です。
 40年の推定人口は1億1000万人程度で、うち高齢者人口が約4000万人を占め、現役世代1.5人で1人の高齢者を支えることになります。
 一方、社会保障給付費は17年度に初めて120兆円を超え、政府の試算では40年度に1.6倍の190兆円程度に達する見通しです。社会保障制度は、支え手にかかる過度の負担を軽減するため、財源のかなりの部分を借金に頼っています。
 現役世代を「支える側」、高齢世代を「支えられる側」とした場合、戦後の両者の関係は、よく「胴上げ→騎馬戦→肩車」に例えられています。これに倣えば、40年の日本は現役世代1人が高齢者1人を支える“肩車社会”に迫る状態となります。
 こうした肩車社会というイメージに対して、「楽観的過ぎる」と宮本太郎・中央大学教授(福祉政策論)は警鐘を鳴らしています。いわく、現役世代が弱っていく一方、高齢世代のさらなる高齢化で世代間の不均衡が極限に達する、と。以下、宮本教授の分析を引用します。
 「2040年には85歳以上人口が高齢人口の3割近くになり、高齢世代がさらに高齢化する。また、就職氷河期に安定した雇用を得ることができなかった世代がそのまま高齢となり、高齢世代の困窮化もすすむ。そして高齢世帯のなかで単独世帯が4割を超え、高齢世代の孤立化が進行する。(中略)2015年から2040年までに現役世代の人口は約1750万人減少する。これまで現役世代の減少は、女性の就業率上昇などでカバーされてきたが、今後は楽観できない。現役世代の中でも不安定雇用層が増大し、生活に困窮するばかりか、企業内の教育・訓練の対象からも外れ、労働生産性という点でも力を発揮できない」*1
 世代間の不均衡が極限に達する社会について、宮本氏は「肩車」ではなく、「重量挙げ」に例えています。スポーツとしての重量挙げであれば、バーベルを頭上に持ち上げる時間はわずか数秒間でいい。
 しかし、“重量挙げ社会”においては、現役世代が高齢世代を永続的に支えなければならず、それは不可能に近いと、宮本氏は警鐘を鳴らしています。40年問題は、従来の「支える側」と「支えられる側」という二分法を前提とした社会保障制度の限界をわれわれに突き付けています。

■高齢世代の困窮化
 前述の宮本氏の指摘の中で「高齢世代の困窮化」に絞って話を進めてみましょう。
 16年度に生活保護受給世帯(約163万世帯)に占める高齢者世帯(約84万世帯)の割合が、初めて5割を超えました。今後、高齢化の進展とともに、高齢受給世帯の数、全体に占める割合が共に増加することは避けられません。
 駒村康平・慶応義塾大学教授(経済政策論)は、東京近郊にある人口100万人を超える大都市で、生活保護を受けている高齢者の状況をヒアリングした際の驚きを、自著で語っています。生活保護を受給している高齢者の半数が年金を受け取っていたといいいます。しかも、働いている人も少なくありませんでした。「それでも住宅、医療、介護など様々なコストがかさみ、最低限の生活が自分で営めなかったのである」*2
 公明党は連立政権に参画して以来、無年金・低年金対策の拡充を進めてきましたが、今年7月の参院選で「老後2000万円問題」が急浮上した背景には、国民の根深い先行き不安があることを改めて確認しなければなりません。自公連立政権で政治が安定している今こそ、国民に安心感をもたらす中長期の政策立案に取り組む必要があります。

■「多死」と家系消滅
 もう一つ、40年問題の象徴として、人口問題研究の第一人者である金子隆一・明治大学特任教授(国立社会保障・人口問題研究所の元副所長)のショッキングな分析も確認したと思います。
 戦後、日本の年間死亡者数が最も少なかったのは、1966年の約67万人。その後、高齢化を反映して増加傾向に転じ、2040年ごろに約168万人でピークを迎えると見られます。火葬場不足が深刻化し、家族など身近な人の死や自分の死を、より強く意識する「多死社会」が本格化します。
 金子氏は、今後増加する死亡者の大部分を85歳以上が占め、終末期ケアの需要が急増する点を特に危惧しています。加えて高齢化の地域的な偏在、つまり都市部での高齢者の急増が問題を深刻化させると強調しています。
 さらに同氏によると、生涯に1人も孫を持たない女性の割合(無孫率)が、1935年生まれで9%、65年生まれで30%、95年生まれでは47%に達すると試算します。「現在ある家系の4割ぐらいが40〜50年の間になくなっていく」*3と指摘しています。

■(日本の制度の特長)幅広い医療をカバーする皆保険に高い国際的評価
 少子高齢化、人口減少が進む中、日本の社会保障制度は悲観的に見られがちですが、欧米諸国と比較しても優れた特長を有しています。それは、61年に確立された「国民皆保険・皆年金」であり、国際的にも高く評価されてきました。皆保険について言うと、(1)カバーする医療の範囲が広い(2)徹底したフリーアクセス(患者が医療機関を自由に選べる)が保障されている――点などが挙げられます。
 例えば、日本では、ほとんどの医療に保険が適用され、高度医療・先進医療にも極めて寛大です。また、日本の医療は「3時間待ちの3分診療」とやゆされることもありますが、福祉先進国のスウェーデンですら、地域の担当医や病院の専門医らによる診療まで数日から数カ月の待機期間を要します。保険証さえあれば、いつでも、どこでも必要な医療を受けられるのは、日本の皆保険ならではの長所と言っも過言ではありません。
 こうした点を踏まえ、香取照幸氏(厚生労働省年金局長などを経て、在アゼルバイジャン共和国日本国特命全権大使)は、「医療のようなサービスは平等でなければならない、という考えは私たちの社会のいわば共通の価値=規範になっている」*4と指摘しています。
 こうした皆保険・皆年金に見られる、誰も置き去りにしない「皆」の考え方――制度の根本においての平等性や連帯性とも言える――は、大衆福祉の理念とも通底し、社会の分裂や格差拡大の防止に寄与してきたのは間違いありません。
 ドイツやフランスなど欧州諸国の多くは、日本と同様に社会保険制度が中心ですが、保険料を支払う能力のない人は保険制度の枠から外し、別の枠組みで対応することが少なくありません。それに対し、日本は、保険料の負担能力がない人も仲間外れにせず、できる限り保険料の減免や税金での補填を通じて保険に加入させ、給付も平等に行われている点を香取氏は強調しています。
 また、それを多くの国民が支持してきたのは、社会保障財源を見ても明らかです。日本は、保険料負担の見返りに給付を受ける「社会保険方式」を基本にしながらも、実際は公費負担(税財源などで賄われる負担)という形で国民全体で下支えし、その割合は増加傾向にあります。
 今後の制度改革に際しても、「皆」の枠組みを引き継ぎ、一貫性を持たせることが重要です。

■(安心の制度構築へ提言)
 社会状況がどんなに変化しようとも、大衆福祉の理念を貫くことが、少子高齢化という時代の「挑戦」に対する「応戦」ではないでしょうか。そうした観点から2040年の制度構築に向け、公明党が取り組むべき課題について提言します。

■「大衆幸福度」(仮称)策定を/社会の変化に即した新指標
 40年の超高齢社会を見据えた改革を行っていく上で、公明党がめざす大衆福祉を具体化する政策指標として、「大衆幸福度」(仮称)を提唱します。それには、(1)真に支援が必要な「弱者」の把握(2)「分断・格差」「孤立・孤独」の防止(3)「個人」に軸足を置いた制度設計――の三つの視点を反映させるべきです。
 国連の関連団体が今年3月に発表した最新の世界幸福度ランキングによると、日本は156カ国・地域中、過去最低の58位でした。この調査では「1人当たりGDP(国内総生産)」に加え、「社会的支援」「健康寿命」「人生の選択の自由度」「寛容さ」「社会の腐敗の少なさ」の6項目から、各国の幸福度を分析・比較しています。
 一方、GDP自体は最貧国レベルながら、国民の幸福実感が非常に高いブータンのような国もあります。仏教国であるブータンは、国民の幸福度を独自に測る指標「GNH(国民総幸福量)」を提唱し、その増加を政策の中心に据えていることで知られています。
 日本国内では、東京都荒川区が独自の幸福指標である「GAH(荒川区民総幸福度)」を基に取り組みを進めています。さらに荒川区が発起人代表となって設立された「住民の幸福実感向上を目指す基礎自治体連合(通称・幸せリーグ)」には、全国95市区町村が参加し、交流を深めています。
 また、今年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)を踏まえ、内閣府でも人々の満足度(well-being)という質的・主観的観点を政策運営に生かすための指標群(ダッシュボード)の検討を進めています。
 社会保障制度の拡充と個人の幸福実感を連結させる観点から、こうした国内外の知見や動きを「大衆幸福度」の策定に大いに参考にしていくべきです。

■「弱者」の把握
 その上で、政策指標の設定で考慮すべき「弱者」とは誰か、ということを明確にしなければなりません。
 低経済成長の超高齢社会において政治は、かつてのような利益の分配が難しくなる一方、新たな負担、つまり「不利益」の分配が避けられなくなるというのは、高瀬淳一・名古屋外国語大学教授の著書『「不利益分配」社会』(06年8月)などで広く知られた見解です。そこで問われてくるのは、限られた「利益」を誰に届け、莫大な「不利益」をどのように国民全体で分かち合うかです。
 そのためには、真に支援が必要な弱者の把握が欠かせません。今後の弱者支援について、大田弘子・政策研究大学院大学特別教授が「まずは、年齢などの属性で福祉支援の対象を考えることをやめることではないでしょうか」*5と述べている通り、「高齢者=弱者」といった固定観念(ステレオタイプ)は、もはや捨てるべきです。
 では、弱者をどのように探し出すか?「所得」や「資産」など経済的側面が重視されるのは今後も変わらないことから、社会保障と税の共通番号(マイナンバー)の利活用を一層進め、正確な把握に努めていくべきです。
 とりわけ40年へ向け、生活保護を受給する可能性の高い1人暮らしの高齢者を早めに把握し、サポートしていく施策を今から準備しておく必要があります。

■分断・孤独の防止
 「分断・格差」「孤立・孤独」を回避するための政策指標も不可欠です。
 自公連立政権における公明党の存在意義について、山口那津男代表は「経済的、社会的理由による分断や格差を生み出さないように、“防波堤”として社会の安定を担う役割を果たしている」(今年2月、全国県代表協議会でのあいさつ)と述べています。そのための具体的実践として昨年、展開した「100万人訪問・調査」運動では、全国約3000人の議員が地域で多様な民意を受け止め、政策に反映させてきました。
 政府・与党の多様な取り組みにもかかわらず、国内において分断・格差問題を危惧する声が依然、根強く存在します。それは、戦後の安定と繁栄を支えてきた「中間層」が縮小し、不安定化していることが背景にあるからです。
 橋本五郎・読売新聞特別編集委員は、「公明党はこうした層を支えるとともに、そこからこぼれ落ちた人を助ける視点を大事にしてほしい。(中略)多くの人たちは、実態を示す数字上の『格差』以上に格差の広がりを実感している」*6と述べています。
 一方、全国各地で、人と人の関係が希薄化する「無縁社会」も広がっています。身寄りのない単身高齢者の社会的孤立にとどまらず、「孤育て」(孤独な育児)に悩む母親、SNS(会員制交流サイト)で多くの人とつながっているのに孤独を感じるという「つながり孤独」の若者など、孤立・孤独が世代を超え、まん延しています。
 社会的な孤立や閉じこもり傾向は、健康寿命にも悪影響を与える。例えば、東京都健康長寿医療センター研究所の研究結果(18年発表)によると、日常生活に問題がなくても、他人との交流機会が少なく外出もあまりしない高齢者は、そうでない人に比べ、6年後の死亡リスクが2.2倍になるとしています。
 いまや孤立・孤独の問題は先進諸国の医療問題となり、経済にも大きな打撃を与えいます。英国では、孤独による経済全体の損失が年間320億ポンド(約4.5兆円)に上るとの調査がなされ、18年1月に「孤独担当大臣」を置き、国を挙げた対策に乗り出しています。
 孤立・孤独に対処するための具体的な指標の設定に関しては、人々の目に見えない絆を“資本”として評価する「ソーシャル・キャピタル」(社会関係資本)を活用することも検討すべきです。

■個人単位で
 社会構造の変化に即した社会保障制度を構築するためには、「個人」に軸足を置いた指標が求められています。
 現行制度で広く用いられるモデルケース――夫が働き収入を得て、妻は専業主婦、子どもは2人の4人世帯という「標準世帯」――は、いまや総世帯数の5%に満たないとも言われ、現実と乖離しています。
 政策立案の前提となる標準世帯の見直しについては、藤森克彦氏の著書『単身急増社会の衝撃』(10年5月)など、早くから指摘がなされています。山田昌弘・中央大学教授(家族社会学)も、家族の有無や雇用形態などにかかわらず支援できるよう、「社会保障を世帯単位から個人単位にしなければならない」*6と主張しています。

所得と所得税率
■再分配強化し、格差是正/経済成長の観点からも重要
 厚生労働省は今年9月、当初所得から税金や社会保険料を差し引き、社会保障給付を加えた再分配後の世帯所得の「ジニ係数」が、17年調査で0.3721だったと発表しました。
 ジニ係数は、0〜1の間で1に近いほど格差が大きいことを示しています。当初所得のジニ係数0.5594と比べ、格差が33.5%改善しています。しかし、国際的に見ると、日本の再分配機能はドイツやフランスと比べても弱く、もっと強化すべきです。
 近年、国際機関が相次いで報告している通り、再分配後の所得格差が大きいほど、経済成長にマイナスの影響があります。例えば、経済協力開発機構(OECD)の分析では、格差が大きいほど、低所得層での人的資本への投資(子どもへの教育投資など)が低下します。結果として、長期的な経済成長が損なわれるとしています。適切な再分配こそ成長を促すカギなのです。
 所得再分配の方法は、税と社会保障の二通りあります。税について見れば、課税ベースは所得、消費、資産の三つしかありません。そこで、森信茂樹・中央大学法科大学院特任教授(租税政策)は公明党の斉藤鉄夫幹事長との対談で、「消費税の引き上げは政治的にも簡単ではないし、そうすると『資産』に対する税を考える必要があるのではないか」*7と指摘しました。
 これを受け、斉藤幹事長は、分離課税となっている金融所得税制の見直しに言及しています。現状は、合計所得1億円までは所得税の負担率(実効税率)が上がっていきますが、それを超えると下がという現状があります。
 その理由として、所得に占める株式などの譲渡所得の割合が高所得者層ほど高い上、金融所得の多くは通常所得(最高税率45%)と分離し、課税(所得税15%、住民税5%)されることなどから、所得全体で見ると、高所得者層の負担率が低くなっています。
 斉藤幹事長は「金融資産や証券で得た利益が分離課税になっているために、高額所得者の税率が、かえって低くなっているという矛盾は、解消していく必要があると思う」*4と述べています。こうした観点も含め、40年の日本社会を念頭に置いた分配重視の税体系の構築へ向け、着実に準備を進めるべきです。

■社会的な亀裂生まない枠組み/「ベーシック・サービス」検討に値
 最低生活保障と言えば、全ての個人に一定額の現金を定期的に給付する「ベーシック・インカム」が知られています。これに対し、現金ではなく、医療や介護、育児、教育、障害者福祉といった「サービス」を必要とする全ての個人に無償で提供するという、井手英策・慶応義塾大学教授(財政社会学)の「ベーシック・サービス」構想が、賛否両論を巻き起こしています。
 同氏の著書『幸福の増税論』(18年11月)によれば、日本では、中高所得層の生活水準も低下する中、弱者を救済するためだけの租税に対しては中高所得層が抵抗するようになっており、増税を難しくしていると主張しています。しかし、ベーシック・サービスであれば、弱者だけを救済するのではなく、全ての人を何らかの受益者にできると強調しています。
 井手氏は、必要な財源として、全てを消費税で賄うのであれば、税率20%程度になると試算。ただし、消費税の逆進性を緩和するため、所得税の累進度を高めたり、相続税を引き上げるなど、税のパッケージ化によって、全体として負担の公平性を担保できると主張しているのです。
 井手氏の提言の根底には、救うべき弱者を特定した社会保障だと、他の層との“分断線”が引かれ、社会的な亀裂を生じさせるという問題意識があります。分断をつくらないために、全員に等しくサービスを提供するという発想です。先に触れた「弱者の明確化」とは方向性が異なるが、重要な選択肢として検討に値しします。

引用文献
(1)宮本太郎「社会保障の2040年問題、現役1・5人が高齢者1人を支える困難さ」日本経済研究センターのホームページ、18年10月17日(https://www.jcer.or.jp/blog/miyamototaro20181017.html
(2)駒村康平『中間層消滅』角川新書、15年3月
(3)金子隆一ほか『新時代からの挑戦状』厚生労働統計協会、18年7月
(4)香取照幸『教養としての社会保障』東洋経済新報社、17年6月
(5)大田弘子・斉藤鉄夫「<対談>変革求める底力が活力ある社会実現を可能に」『公明』19年7月号
(6)橋本五郎「結党50年 公明党を語る 現実的『中道』の大切さ」公明新聞14年11月6日付
(7)山田昌弘「社会保障制度を世帯単位から個人単位に」『公明』19年10月号
(8)森信茂樹・斉藤鉄夫「<対談>安心できる税制、社会保障を次世代に」『公明』19年2月号