新型コロナウイルス感染症の対応の最前線は最寄りの保健所。感染拡大の事態を受け業務が膨大化し、過重となった保健所の負担軽減は喫緊の課題です。コロナ禍を踏まえ、保健所をどう強化していくかなどについて、10月10日付けの公明新聞から京都先端科学大学の渡邊能行・健康医療学部長のインタビュー記事をまとめました。
 あわせて、9月15日に開催された茨城県議会一般質問で、県議会公明党の八島功男議員が取り上げた「保健所の役割と保健師の活躍、体制強化」の質問も掲載します。

■過重な業務で都市部が逼迫、全国規模の感染で応援は困難
――コロナ対応において都市部の保健所の負担が大きかったといわれています。
京都先端科学大学の渡邊能行・健康医療学部長京都先端科学大学・渡邊能行健康医療学部長 保健所は、都道府県が設置する県型と、政令指定都市や中核市、東京23区などが設置する、いわゆる市型の2種類に分類でき、感染者が急増した都市部を管轄する保健所の多くが市型だ。
 それぞれの型で業務が異なる。県型は、市町村や医療機関と協力関係を構築しながら、食品衛生や感染症などの広域的業務、精神保健や難病対策などの専門的な業務や危機管理対策を主に実施している。
 一方、市型は県型の広域、専門的な業務に加え、市町村の業務とされている乳幼児健診といった母子保健事業や、特定検診などの生活習慣病対策、がん対策など住民に身近な対人保健サービスも行っている。
 コロナ対応で逼迫したのは、人口密度の高い地域に立地している保健所だ。コロナが発生して以来、保健所では常に電話相談を受け付けている。感染の有無を調べるPCR検査の受診先や、入院、あるいは宿泊療養先の調整が主要な仕事となるが、感染経路や濃厚接触者の調査、検体や患者の搬送や健康状態のフォローアップなど、多岐にわたる業務がのしかかってくる。
 各自治体では即戦力となる保健師を確保するため、退職直後のOBに応援を呼び掛けたり、他部署に勤務する保健師に兼務発令するなどの対応を取ったが、対応を上回るスピードで感染が拡大した。
保健所数の推移
――保健所の人手不足が指摘されています。その要因は?
渡邊学部長 理由の一つに、行政改革の一環で保健所が集約化され、設置数が減少したことが挙げられる。1994年に全国847カ所にあった保健所は、今年4月時点で469カ所にまで減っている。
 保健所設置の根拠となる法律が、94年に保健所法から地域保健法に変わったことが背景にある。それまで保健所の主な業務だった身近な対人保健サービスが市町村に移管され、行政効率の観点から県型の保健所が減った。保健所長は原則として医師が務めるが、都市部に立地していない県型保健所では、医師が所長になりたがらないという課題もある。
 一方、市型の保健所では、政令指定都市の京都市を例に挙げると、本庁舎1カ所だけに保健所を設置し、行政区ごとに置いていた11カ所の保健所が保健センターに格下げとなった。他の政令指定都市でも同様に、集約化が進められてきた。
 予算が限られる中、保健所を集約化する考えは一つの方向性だ。ただ、今回のコロナの感染拡大は全国に及び、東日本大震災や熊本地震など自然災害時に実施されてきた都道府県を超えた被災地支援のような応援派遣は困難だった。

■専門職が専念できる環境に地域の協力関係構築が必要
――保健所の体制強化に向けた具体的な解決策は?
渡邊学部長 コロナ対応の第一線である保健所で、主力となるのは保健師だ。コロナ禍を経験したからこそ、育成して増やさなければならないし、この業界で活躍できるようにすべきだ。働きたいと思える職種にしていくことが求められる。
 一方で、限られた人数で緊急時に発生する業務に対応していくには、専門職が専門性の高い業務に専念できる環境づくりが欠かせない。コロナでの経験を踏まえ、一部では既に実施されてきた検体搬送など外部委託が可能な業務と、そうでない業務とに仕分け、どういった職種の人に依頼できるか、何人必要かなどをリストアップしておくべきだ。
 その上で、専門性が問われる業務では、例えばPCR検査は地域の医師会や大学に力を借りる。感染経路や濃厚接触者の調査は、地域にいる日本疫学会の会員などに応援を求める。こうした業務を引き受けてもらうには、地域の各種団体との協力関係を普段から築いておくことが重要になる。
 相対的に専門性の低い業務では、地域住民から協力者を募ることも想定される。介護の分野では、不足する介護人材の確保へ、退職直後の元気な前期高齢者に基礎的な講習を実施し、サポートを得ている自治体がある。感染症対応も同様に地域住民を育成し、協力し合う関係構築が欠かせない。例えば、全国で「地域肝炎対策サポーター」育成事業も進みつつあり、これは感染症への理解を深めることにもなる。

――地域で協力関係を築くには。
渡邊学部長 保健所は、医療法に基づく医療計画の策定に携わっており、地域の医師会や介護団体、住民などと接点も多い。こうした場を活用しながら各種団体と関係性を築くことが重要であり、そう努力してきたことをさらに広げていくべきだ。
 一方、懸念していることとしては、地域内でクラスター(感染者集団)が発生した場合の対応だ。例えば、施設側が発生状況などの情報公開をためらえば、付近の住民は不安になる。逆に公表した場合、心ないバッシングを浴びる可能性がある。コロナは誰もが感染する可能性があるのだから、寛容な精神が必要ではないか。寛容な精神をベースに支え合う地域づくりを保健所が進めていくことで、いざというときの協力関係も構築できる。

■(政府の取り組み)都道府県ごとに人材バンク創設
 保健所の体制強化に関して、厚生労働省は2021年度の概算要求で、資格を持ちながら働いていない潜在保健師らを登録する「人材バンク」を都道府県ごとに創設するため、1億円を計上しました。新型コロナウイルスなど新興・再興感染症の拡大に備え、バンクに登録した保健師に保健所業務を支援してもらうことで、負担を軽減することが目的です。
 これとは別に、国において感染症関係学会や団体などに所属する専門家の人材バンクを設置するための予算も要求しています。また、政府は今後の対応策として、保健所の恒常的な人員体制強化に向けた財政措置などを検討事項として明示しています。
 一方、全国保健所長会が国に行ったコロナ対策に関する要望では、保健所業務におけるテレワークの活用事例や、テレワークで許容される業務の範囲を示すよう要請しています。さらに、指定難病の医療費受給者証の更新といった事務作業のオンライン化など、保健所業務のIT化を推進するよう要望しており、業務の効率化の観点からもさらなる取り組みが求められます。

渡邊能行(わたなべ・よしゆき) 1953年生まれ。京都府立医科大学卒。同大学教授、同大学副学長などを経て現職。この間、京都府内の中丹東保健所や山城南保健所などの所長を併任。医学博士。専門は疫学、公衆衛生学。


保健所の役割と保健師の活躍、体制強化
令和2年第3回茨城県議会定例会一般質問/八島功男議員(公明党)

八島功男県議会議員 新型コロナウイルス感染対策の最前線を担う保健所の役割と保健師の活躍を通してその体制強化について伺います。
 新型コロナウイルス感染症対応の前線である保健所では相談窓口が設置され、保健師の皆さんは感染を心配する県民の様々な電話を受け続けました。PCR検査の受付や検体搬送、入院が必要であれば入院勧告を行い、決定通知を作成し、陽性患者の病院搬送に同行。報告書をまとめ、県や厚労省にデータを送信しなければなりません。軽症者の健康観察も担当し、日に数回、検温結果や、せきやだるさの症状確認。本人のみならず、偏見を恐れる家族や勤務先との相談など、なすべき業務は途切れることなく続くと伺いました。保健師自身も感染の恐怖と闘いました。未知の感染症に立ち向かうには、その課題の多さからも保健師の人員不足は明らかではないでしょうか。
 地域保健法により設置された保健所は、地域における健康危機管理の中心的役割を果たすと位置付けられました。なかでも感染症対応は保健所の事業の主力です。こうした歴史のある保健所の強みは、常勤職員として保健師のほかにも医師、獣医師、薬剤師などの専門職により構成され、最も地域に近い存在として現地調査力を発揮していることです。
 しかし、その役割は、戦前から現在まで、健康課題の移り変わりとともに拡大を続け、現在でもその強みが十分に発揮できる体制となっているか疑問です。保健所が誕生した1937年は年間10万人を超える結核による死亡がありました。昭和を通して感染症である結核の脅威は減少しましたが、障がい者支援、がんなど生活習慣病への対策や認知症対策が新たに加わりました。平成に入り、令和の時代まで、災害対応や自殺対策、新型インフルエンザ対策,難病対策など、実に様々な課題に直面してきました。
 これらを踏まえれば、保健所、保健師の人員確保と配置に課題があると考えます。本県は昨年11月に二次保健医療圏との整合性ある再編が行われ、保健所長や専任性ある職員配置、更に権限移譲を伴う圏域市町村との連携強化が図られました。一方で、常勤職員数は、平成28年までの10年間で44名と約13%減少し、保健所長の不足が恒常化しています。2018年の厚労省「衛生行政報告例」によれば、本県の人口10万人あたりの就業保健師数は40・1人であり、全国平均41・9人を下回り、全国順位は下から9番目に位置しています。
かつて保健所の中心的役割とされた感染症などの健康危機管理にかける時間は、業務全体の1割り程度にまで減少し、事務の権限移譲などから人員削減が進んできた現在、その矢先に今回のコロナ禍は起こり、感染症対策は混乱したと言わざるを得ません。
 以上を踏まえ、県は人員増を柱に人員体制の強化を図らなければなりません。そのうえで、保健所内の役割分担と勤務ローテーションを明確化するなど業務を精査して、可能な業務からアウトソーシングしていくべきです。資格を持ちながら勤務していない「潜在保健師」の発掘や登用も検討して頂きたいと思います。
 ついては、収束の見えないコロナ禍にあって使命感を持って業務遂行する保健所の役割と保健師の活躍を踏まえて、今後の体制強化について保健福祉部長のご所見を伺います。
茨城県の保健所

【保健福祉部長答弁】
 新型コロナウイルス感染症の第一波の流行初期におきましては、初めて経験する感染症への慣れない業務で、保健所職員が多忙を極めておりましたため、4月から、保健福祉部からは保健師などの専門職を、他部局からは、検体搬送や電話相談に従事する10人程度の職員を、それぞれ特に業務負荷の増加が著しい保健所に派遣いたしました。
 さらに、積極的疫学調査等を担う保健師の負担軽減及び人員強化を図るため、退職した保健師を15名雇用し、各保健所に配置したほか、市町村にも保健師の派遣を要請し、4月から5月までに延べ109人の市町村保健師に従事いただきました。
第一波での経験を踏まえ、7月以降については、状況に応じて、必要な人員を速やかに確保できるよう、応援県職員の派遣名簿を作成するとともに、感染者に直接接触する業務等に従事した職員への特殊勤務手当を創設し、7月分まで、約990件の手当を支給するなど、職員のモチベーションの維持向上にも努めているところです。
 議員ご指摘の、保健所における常勤職員数の減少につきましては、法改正による市町村への事務の移譲や、県の行財政改革などにより、業務量が変化したことに応じて、その時々で適正な見直しを行ってきた結果であると認識しております。
 そのような中にあっても、高い専門性を要する感染症対策は、一貫して保健所の重要な業務でありますが、昨年の保健所再編においては、すべての保健所に、感染症対策を担う保健指導課と、医療機関との調整業務を担う地域保健推進室を設置し、これにより、中核市に移行した水戸市を管轄していた中央保健所を除いて、常勤職員については平均9人の増員、うち保健師は平均2人の増員を行い、1保健所あたり保健師を平均9人配置するなど、体制の強化を図ったところです。
 しかしながら、今般の新型コロナウイルス感染症への対応の経験を踏まえ、更なる体制の強化、特に中心となって対応にあたる保健師の人員増が必要と考えております。
保健師の人員増につきましては、即戦力となる人材確保のため、平成29年度から、社会人採用を導入しておりますが、さらに、来年度につきましては、感染症対策をはじめとした業務動向等を勘案し、増員を図るため例年よりも新規採用数を増やす予定としております。
 また、保健所の負担軽減のため、電話相談業務のほか、宿泊療養患者の移送や、一部の検体搬送を外部委託としたほか、感染関連情報を関係者間で共有できるよう国がシステム化した「HER―SYS」を導入するなど、ICTツールの活用を進めているところでございます。
 県といたしましては、今後とも、保健師の人員増を図るとともに、業務内容の精査を進め、民間業者への委託やICTツールの活用を推進し、保健所が専門性を要する業務に十分なリソースを割ける環境を整備することによって、健康危機管理の司令塔としての機能をしっかりと発揮できるよう、体制の強化に努めてまいります。