シャインマスカット
 国に新品種として登録された農作物の種や苗の海外流出を防ぐ改正種苗法が、先の臨時国会で成立しました。
 改正種苗法により、種苗の開発者が、輸出できる国や国内で栽培できる地域を指定できるようになります。それ以外の国や国内の指定地域外に故意に持ち出した者には、懲役や罰金刑が科されことになります。また、農家が収穫物から種苗を採取して次の作付けに使う「自家増殖」についても、開発者の許諾が必要になります。
 日本で開発された農産物は海外から高い評価を得るものが多いため、種苗が国外に流出する事例が後を絶ちません。例えば、ブドウの高級品種「シャインマスカット」は、甘みが強く皮ごと食べることができ、輸出産品としても好評です。しかし、苗木が海外に無断で持ち出され、中国では「陽光バラ」などの名称で栽培、東南アジア諸国に輸出されています。開発には13人の研究者が関わり、実に18年の歳月を要しました。親に当たる系統の開発から数えると、30年以上かかっているといわれています。海外への流出は、こうした努力を踏みにじるものであり放置できません。また、日本より安い価格で逆輸入されることがあれば、国内生産者を脅かす恐れもあります。
 開発者の権利を守り、国産品のブランド力を維持・向上させる上で、改正法の意義は大きいといえます。新たな品種の開発に取り組む生産者の励みにもなります。
 政府は先月、農林水産物の輸出額の目標を2025年に2兆円、30年に5兆円にするとの実行計画を取りまとめました。また、日本を含む15カ国が地域的な包括的経済連携(RCEP)協定に合意しました。自由貿易圏の拡大に伴い、日本の農産品の国際競争力を一段と高めることが求められています。この点でも改正法が果たす役割は重要です。
石垣島のサトウキビ畑
 ただ、一部の生産者から、自家増殖について開発者の許諾が必要となることで手続きが煩雑になり、許諾料の支払いなど過度な負担が生じないか懸念する声も出ていることも事実です。一番の理由は、これまで自由にできた自家増殖が許諾制になるからです。「自家増殖の一律禁止だ」とする主張もありますが、育成者の許諾を得ればいいので、この主張は明らかに誤りです。
 許諾料が生じることで、農家の経営を圧迫するのではないかという不安が、反対の理由にする人もいます。ただし、農水省によると流通する種苗の9割は一般品種で、改正の影響を受けません。作物によっては、登録品種の割合が高いものもあるけれども、影響は限定的です。一般的に生産費に占める種苗費の割合は数パーセントのはずで、種苗費に占める許諾料の割合はそのまた数パーセントです。許諾料が増えて経営が立ち行かなくなるという事態は、批判のための批判ではなかろうか。
 例えば、登録品種の割合が高い作物の一つが、サトウキビです。沖縄県を例にとると、栽培されているほとんどが、農水省系の研究機関である農研機構と県が開発した登録品種です。かつ、自家増殖が欠かせないので、改正案が通れば、許諾を得る手続きが必要になります。そのため、これまで以上に許諾料が発生して大変になるという主張もあります。ただし、開発元は公的機関で、営利よりも産地の振興を目的にしている機関です。許諾料の設定や許諾を得る手続きは、生産者の負担にならない形にすれば良いのです。
 ほかに影響が大きいと思われるのは、果樹です。自家増殖する農家もいるので、改正案が通れば許諾料が増える農家も出てくるのは事実です。ただ、果樹は先に紹介したように国外や地域外への流出が最も深刻です。許諾の手続きや許諾料が増えても、育成者権が守られ、流出に歯止めが掛かれば、最終的に農家の利益になります。
 農業分野では、知的財産権があまり重視されてきませんでした。一つの品種を生み出すには、最低でも10年はかかります。にもかかわらず、育成者が得られるインセンティブ過少でした。
 先のシャインマスカットを例にすると、成木になれば1本あたり年間20万円近い売り上げを生むのに対し、苗1本当たりの許諾料は1回きり60円程度に過ぎません。農家にとって、食味が良い、病気に強いといった優れた品種がもたらす経営上のメリットは大きい。適切な許諾料を支払い、特徴ある農産物を生産しようとする農家が、今後増えていくのではないでしょうか。