十王のパラボラ、44年間の歴史にピリオド
参考写真 「日本の国際衛星通信発祥の地」として親しまれた日立市十王の「KDDI茨城衛星通信センター」が3月16日、44年の歴史にピリオドを打ち閉局されました。この日、その役割を終えた直径32メートルの巨大なパラボラアンテナ2基は、静かに真上を向けられ、しばしの休息に入りました。パラボラアンテナは、天頂を向いたこの姿勢が一番安定するために、この状態を「天頂格納」というそうです。
 十王のパラボラアンテナは、1963年11月、日本で最初の衛星通信地球局「茨城宇宙通信実験所」として創設されました。初のアメリカとのテレビ中継で、ケネディ大統領暗殺の歴史的なニュースを伝えたことで知られています。また、18ヘクタールの及ぶ広大な敷地に植えられた300本のソメイヨシノは、春のなると多くの地元住民が集い、地域のランドマークとして親しまれてきました。
 国際情報通信の主力が、衛星から高速大容量の光ファイバーに移行しているなか、KDDIは国内に2箇所ある衛星通信拠点を山口の施設に集約するために、十王のパラボラ局を閉鎖することになりました。
参考写真 今後、KDDIは施設と敷地を地元の日立市と高萩市、そして茨城大学に無償で譲渡することになっています。県を含む地元自治体と茨城大学および国立天文台は、このパラボラ施設を電波天文台として再活用する方向で、平成19年度1年間をかけて、具体的な利活用計画を検討します。
 井手よしひろ県議は、茨城大学の横澤教授らの提案のもと、このパラボラ施設の電波天文台への再利用を、計画当初より支援してきました。地元住民も、昨年秋には、3123名の署名を添えて、パラボラアンテナの存続を求める要望書を県に提出しています。
 16日夜には、「KDDI茨城衛星通信センター閉局・感謝の集い」が日立市十王の国民宿舎鵜の岬で開催されました。KDDI関係者や地元自治体、議会関係者、近隣住民の代表が集い、パラボラアンテナの運用終了を惜しみました。
 冒頭、挨拶に立った伊藤泰彦副社長は「私は、このパラボラアンテナが伝えるニュースの感動して、このような仕事をしたいと思って、この会社に入社しました。残念な気持ちもありますが、これも時代の流れです。今日は、茨城通信センターのお別れの日というより、新たな分野での活用に期待する、いわば卒業の日ととらえたいと思います」などとあいさつしました。
 また、佐藤和雄茨城衛星通信センター長は、同センターの記録が収められたCDーROMを紹介しながら「44年間、大きな事故もなく使命をまっとううできた事は、関係者の皆様と地元の皆様のおかげです。この施設が、地元の皆様により、末永く愛され、使われていくことを念願します」と述べました。