公共事業は全て「悪」なのか、全て「無駄遣い」なのか。民主党新政権が掲げる「八ッ場ダム建設中止」の政策に、地元住民は大きな不安を抱き、怒りを露わにしています。このブログでは、公明新聞(2009/9/16、9/17付)の記事を参考に、地元住民の声をレポートします。
また振り出しに戻るのか…
水没予定地 川原湯温泉の再建に暗雲

090916yanba 民主党がマニフェストで建設中止を掲げた群馬県長野原町の八ッ場ダム。国土交通省は9月3日、11日から予定していたダム本体工事の入札延期を決め、突然の足止めに地元・長野原町の住民は戸惑い、憤っています。住民の多くは、ダム計画で半世紀以上も翻弄され続けながらも、生活再建に向けて、ダムと共に希望を見いだしてきました。
 1193年(建久4年)、源頼朝が狩りの最中に発見したと伝えられる歴史ある川原湯温泉。今も、古びた情緒あふれる温泉旅館が渓谷沿いに立ち並んでいます。
 ダムが完成すると水没予定地となる、この温泉街は今後、ダム湖畔に整備された代替地に移転し、ダム湖と一体の新しい温泉街を作る予定です。ここ数年、ダム湖面を利用するイベントや巡回バスの検討など、具体的な観光振興策を打ち合わせ、関係者の期待も膨らんでいただけに、突然のダム建設中止の流れには戸惑いを隠せません。
 今から約400年前の慶長年間に創業の温泉旅館を経営する樋田洋二さん(62)も移転に水を差されたお一人です。樋田さんは新しい旅館を建設する代替地に何度も足を運び、準備を進めてきました。この春から設計士と打ち合わせを始め、新旅館の青写真も練ってきました。いよいよ設計士と正式に契約をしようと思った矢先、民主党のダム建設中止のマニフェストが現実味を帯びてきたのです。結局、7月に最後の打ち合わせをして以降、新旅館建設はストップしてしまいました。
 樋田さんは「いやになるほど長い時が経過し、なかなか前が見えない中、ここにきて光明が見えてきたのに、また振り出しに戻るのか」と憤っています。
 温泉街で24年間、飲食店を経営する水出耕一さん(55)。水出さんの移転先は温泉街ではなく、ダムサイト側。県道の長いトンネルを抜けると、すぐ右手にダム湖が広がる眺望のすぐれた場所で、観光客や休憩客が期待できます。しかしダムがなければ、「客を呼べる場所ではない。生活設計を考え直さなければならない」と困惑の色を隠しません。
 ダム本体工事がストップする中、代替地や生活道路の整備、法面工事などの生活再建事業は来年3月末の完成をめざし、工事は最盛期を迎えています。
 町内の至るところで工事関係のダンプカーが走り、約1000人が各作業を進めています。道路ができなければ、代替地に移った人が生活できないのが現状です。ダム完成が前提の町民の生活再建。仮に周辺地域のインフラ整備が整っても、ダムがなければ、町民の生活再建はまったくメドが全く立ちません
 樋田さんは「政局利用で、私たちの生活、安心、希望をつぶさないでほしい」と切実に訴えています。
来年3月の完成に向け、建設工事が着々と進行する湖面2号橋(仮称) 八ッ場ダム完成で湖底に沈んでしまう水没予定地の340戸のうち、約8割の257戸がすでに移転し、新しい生活を開始しています。町内の代替地などに移ったのは52戸で、近隣の東吾妻町や中之条町など町外に移ったのは205戸にのぼっています(2009年3月末現在)。
 「最寄り駅まで歩いて5分だったが、今は坂道を歩いて15分になった」というのは、今年7月に代替地に移り住んだ60歳代女性。代替地はダム湖ができるため、より高地に整備され、結果的に不便になったケースも数多くあります。
 また、町外に移転した人の中には、住み慣れた郷土を離れ、新しい環境と人間関係になじめず、体調を壊した高齢者も少なくありません。近隣の町に引っ越した70歳代女性は「ダムが中止になれば、何のために移ったのか」と語っています。ダム建設の中止は、新しい生活環境の根本を覆し、住民の心にさらなる傷をつけかねません。
 今から57年前の1952年5月。国からダム計画が浮上して以来、長野原町内は賛成派と反対派に二分され、親族や近隣同士などの争い事が続きました。最終的には、治水・利水の両面から下流都県のために、地元住民は断腸の思いで、ダム建設賛成に大きくかじを切りました。
 しかし、その後も水没予定地などの用地補償が始まると、土地の境界線をめぐっての争いも起こりました。
 竹内元雄さん(77)は「兄弟同士や隣同士などで争いがあり、結果的に裁判になるケースもあった。それまでは仲が良かったのに……」と語ります。
 障沁R欣也・長野原町長は、「これまで、住民は心からいやな思いをしてきた。それが、ようやくわだかまりが取れて、やっと一つになって生活再建できるところが、もうすぐ見えてきたのに」と、最終段階を迎えての政治の流れの変化に憤っています。
 障沁R町長は「私たちは命懸けでやっている。ダム建設が住民の“希望”であり、生活再建の必要条件だ」と力強く語っています。