国を動かした患者団体と公明党の熱意
参考写真 死亡率の極めて高いATL(成人T細胞白血病)などを引き起こすHTLV―1ウイルス。これまでは患者・感染者が九州・沖縄地方に集中していたことから“風土病”ともいわれてきましたが、近年、感染者が首都圏など都市部を中心に拡散傾向にあります。
 旧厚生省の研究班は1990年、感染者は全国で120万人、ATLの患者数は700人などとする報告書をまとめ、「感染者は自然に減少する」「全国的な対策は不要」との見解を示していました。ところが、2008年の再調査で、感染者は全国的には減少したものの、関東などで増加。ATLの患者数も1000人以上と拡大していることが明らかになりました。旧厚生省の重大な判断ミスといえます。
 9月8日、首相官邸で、菅付加代子さんは、菅直人首相に、直接面会、HTLV対策を強く求めました。菅付さんは「日本からHTLVウイルスをなくす会」の代表で、自らHAM(脊髄症)の患者でもあります。
 菅付加代子さんの隣にはHTLV―1制圧へ、共に闘ってきた公明党の江田康幸衆院議員が同席していました。
参考写真 HTLV―1は、白血病の中でも最も致死率が高いATLやHAMを引き起こすウイルスです。国内の感染者数は100万人超。その数はB型、C型肝炎に匹敵するともいわれています。HAMは公明党の強い主張で、2008年度に難病指定されましたが、毎年約1000人が死亡しているATLへの対応は、いまだ手付かずのままとなっています。
 感染した場合のATL発症率は5%、HAMは0.3%。しかし「感染すると現代の医学でウイルスを排除することはできない。ATL、HAMともに治療法は確立されていない」と、難病治療に詳しい山野嘉久・聖マリアンナ医科大学准教授は語っています。最大の感染経路は母乳を介した母子感染です。全体の約6割を占めるとされ、山野准教授は「母子感染の予防対策が重要かつ有効性が高い」と指摘しています。
 しかし、HTLV―1の知名度は全国的には低く、医師でさえ知らないこともあります。長崎大学医学部の増?英明教授は、「全国の産婦人科医の間でも話題に上らない」と嘆いています。
 公明党は同ウイルス対策に関し、今夏の参院選マニフェストで、母子感染対策として「全国一律の妊婦健診での抗体検査を実施」と明記しました。江田氏も党難病対策プロジェクトチーム座長として、国会質疑でも再三にわたってHTLV―1ウイルスの総合対策や、国の公的補助による妊婦健診時の抗体検査の実施を主張してきました。
 「HTLV―1対策費の計上を!」。8日の菅首相との面会で江田氏は、来年度予算概算要求に盛り込まれなかった予算計上を迫り、菅付さんも、妊婦健診時に全国一律で抗体検査を実施することなど、総合対策を強く求めました。
 こうした訴えに菅首相は、抗体検査の実施について「予算編成の中で皆さんの希望がかなえられるように取り組みたい」とし、特命チームを設置して具体化を検討する考えを表明しました。これで、HTLV―1対策が大きく動きだしました。
注目すべき長崎方式
 こうした国の動き先行して、90年の調査で感染者が多かった長崎県では、県などが感染予防対策に乗り出した結果、08年調査では感染者が減少しています。専門家の間で「長崎方式」と呼ばれる対策が奏功したもので、全国のモデルケースとして注目を集めています。
 「長崎方式」とは、妊婦健診時にウイルスの抗体検査を実施(08年から全額助成)し、感染が判明した妊婦に対して、母乳を与えず粉ミルクなどの人工栄養で育児するよう推奨。感染者から生まれた子どもの追跡調査まで行います。人工栄養での育児に同意した妊婦には、母乳分泌抑制剤で母乳を止めます。
 これは、長崎県が87年に、行政、長崎大学医学部、医師会などからなる連絡協議会を発足し、母乳を介した母子感染の防止と、ATLの撲滅をめざすなかで確立したものです。
 県内ではこれまでに20万人超の妊婦が抗体検査を受け、約8000人の感染者を確認。同協議会の増崎英明会長(長崎大学医学部教授)は、「約1000人の母子感染を予防し、50人のATL発症を防止したと推計できる」と成果を強調しています。
 さらに同協議会の研究では、感染率について感染者からの母乳栄養では22.4%、人工栄養では2.9%と大きな差があることも突き止めました。増崎教授は「次世代には年間ATL発症者ゼロを展望できるところまできた」と自信をみせています。
 感染予防対策で大きな成果を挙げている「長崎方式」を、国の総合対策にどう応用していくべきか。県医師会の森崎正幸常任理事は、「感染が判明した母親の心のケアが今後のテーマ」として、相談体制の強化など感染者対策の重要性を指摘しています。さらに、いまだ治療法のないATLの診療拠点病院の全国的な整備や、治療薬の研究促進など、疾病対策の確立も欠かせません。
 「長崎方式」の成功の秘訣は、行政の全面協力にありました。全国レベルでHTLV―1を制圧するには、(1)感染予防(2)感染者対策(3)疾病対策――を柱とする総合対策の策定に向けた政府の強いリーダーシップが求められます。
公費で全妊婦検査 首相、ATL対策を表明 官邸に特命チーム 患者団体と面談「放置を反省」
西日本新聞(2010年9月9日)
 主に母乳を介して母子感染し、国内感染者が100万人超とされる成人T細胞白血病(ATL)などの原因ウイルスHTLV1対策をめぐり、菅直人首相は8日、官邸で患者団体代表らと面談した。菅首相は、ATL対策を放置してきたことを「政府として反省する」と述べ、母子感染予防のための全妊婦抗体検査を来年度から全国一律、公費負担で行う意向を示した。さらに、官邸に特命チームを設置し、患者側の要望に応じて総合対策に乗り出すことを明らかにした。
 面談は、患者団体やATLを発症し療養中の元宮城県知事、浅野史郎氏の強い求めで実現。浅野氏のほか、NPO法人「日本からHTLVウイルスをなくす会」の菅付(すがつき)加代子代表理事(鹿児島市)らが、仙谷由人官房長官ら政府首脳を交えて約50分間面談した。
 菅首相は、国がATLを20年前に一部地域の「風土病」と位置付け、地方に対策を委ねたことについて「防げたかもしれない感染が広がった。過去の失敗、間違いがあった」と誤りを認めた。
 早急に実施する対策として(1)全妊婦抗体検査の公費負担(2)診療体制整備や治療法の研究−を提示。これらを含む感染予防と感染者対策、発症者対策を総合的に検討するため、小川勝也首相補佐官をトップとする特命チームを設置するとした。
 ATL対策では、厚生労働省の特別研究班が3月「感染者が全国に拡散しているため、全妊婦に抗体検査をすべきだ」と国に方針転換を促す報告書を提出。しかし、8月末の概算要求には関連予算を盛り込まなかった。
 菅首相は「本来なら厚労省に体制を組んでもらうのが普通だが、あえて特命チームをつくる」と強調。仙谷官房長官は記者会見で「来年度予算の前に何らかの取り組みができないか検討したい」と述べ、一部対策を前倒しする考えを示した。