9月5日に行われた党東京都本部の女性議員夏季研修会で、「認知行動療法」をテーマに、慶応義塾大学保健管理センター・大野裕教授が講演を行いました。その要旨を公明新聞の記事よりご紹介します。
認知行動療法の現状と課題(夏季議員研の講演から)
公明新聞(2010/9/19)
慶応義塾大学保健管理センター大野裕教授
最近注目を集めている認知行動療法は、精神疾患患者の「考え方」に注目し、対話を通してサポートするもので、治療の科学的根拠がはっきりしており、薬物療法との併用で効果が高まることも分かっている。
自殺の原因として最も多いうつ病の場合、以前は薬物療法で治るといわれていたが、実際は3分の1が慢性化し、治っても2分の1は再発する。しかし、こうした慢性患者にも認知行動療法の効果が証明されている。
このため、イギリスでは国を挙げて、治療のガイドライン策定や人材育成に取り組んでいるが、日本は、まだ専門家が限られているのが現状だ。例えば、2008年の日本の自殺者約3万人のうち、体の病気や精神疾患の悩みを抱えていた人はおよそ半数に上るが、「悩み」ということは病気であると分かっていたということで、治療が長引いたり、中断した人が命を落としている。こうしたことから、患者の話をきちんと聞く認知行動療法は、自殺対策でも非常に重要な位置を占めている。
公明の推進で保険適用実現 人材確保が今後の課題
今まで、この治療法は非常に高価だったが、公明党の推進もあり、今年4月から、うつ病治療に対する保険適用が実現した。これは大きな前進で、今後はどう普及させるかが大事になってくる。
具体的な治療法だが、私たちの気持ちや行動は、何か出来事が起こったときに、頭に浮かんだ「考え」(認知)に影響される。ところが、うつ病になると(1)自分自身(2)人との関係(3)将来――の三つの領域で悲観的になるため、失敗や問題が起きると、「自分はだめだ。人に嫌われる。この先良いことはない」と考えるようになる。その結果、行動量が減り、問題を先送りして、人に相談できず、さらに落ち込むという悪循環に陥ってしまう。
治療では、この「考え」を専門家が一緒に見直し、もう少し現実が見える手助けをする。「本当にだめなのか」「ほかに方法はないのか」などと問い掛けたり、問題を書き出して整理することで、患者の気分を楽にしていく。ただし、マイナス思考をプラス思考にするわけではない。バランス良く、しなやかに考えて問題に対処できるようにするということで、本来は日常的にできているはずのことだ。
気分転換も一つの方法で、運動はうつの治療にも役立つ。一日の記録表を付けて、楽しみと達成感を点数化することも有効だ。治療はこれらの方法を組み合わせて行っていく。
課題としては財政的支援と人材の確保が挙げられる。特に、医師だけでなく看護職や心理職も含めた「チーム医療」と、地域に医療グループが出掛ける「アウトリーチ」の仕組みづくりが必要だ。そのために、国レベルでの研修制度の確立が求められる。また、保険適用の対象を不安障がいや統合失調症などにも広げてほしい。人手不足を補うには情報技術(IT)の活用も有効だ。
今後の可能性としては、研修を受けた保健師による地域での自殺予防や、医師に相談できない患者の話を聞く「ゲートキーパー」を看護師や薬剤師に担ってもらうことが考えられる。職域では、社員教育などによるうつ予防や復職支援に使える。教育現場では、認知行動療法的なプログラムによって、子どもたちに思いやりの心が生まれ、荒れた中学校が再生したとの報告もある。認知行動療法が広がれば、このような活用もできるだろう。