100924nakai 事故や転倒などが原因で脳脊髄液が漏れ、さまざまな症状を引き起こす「脳脊髄液減少症」について、診断基準の作成をめざす国の研究班に報告された症例数が、このほど100例を超えました。研究班は今後、基準作成に向けた作業に本格的に乗り出す方針で、治療への保険適用にも弾みがつくと期待されています。
 脳脊髄液減少症の治療に有効とされるのが、脳や脊髄を覆う硬膜の外側に自身の血液を注入する「ブラッドパッチ療法」。現在は保険適用外で、入院費を含め10万〜30万円ほど掛かり、患者は高額な治療費に悩まされてきました。しかし、研究班に届いた症例が100例を超えたことで、保険適用の前提となる診断基準の作成が本格化することになりました。
 NPO法人「脳脊髄液減少症患者・家族支援協会」の中井宏代表理事は、基準作成について「公平な目で患者の声を聞き、正しい診断基準ができることを期待したい」と評価しています。
 9月19日都内で開催された脳脊髄液減少症に関するセミナーで、中井代表理事は「協会を立ち上げて8年、一日たりとも休まず走り抜いてきた」と、これまでの歩みをこう振り返りました。
 1989年、事故で頭部を強打し、体に変調をきたした中井氏。それから11年、神奈川県平塚市の平塚共済病院に勤務していた篠永正道医師(当時)によって、従来の医学的概念を覆す疾病が発見されました。それが「脳脊髄液減少症」でした。
 篠永医師による検査の結果、中井氏も大量の髄液が漏れていることが判明。中井氏は2002年8月、脳脊髄液減少症で苦しむ患者・家族を支援するため、「鞭打ち症患者支援協会」を設立。07年7月に現在の名称に改めました。
 「何らかの衝撃で髄液が漏れることなどあり得ない」。医学界からも否定的な見解が相次ぎました。患者数は推定で数10万人。しかし、病名の認知度は低く、専門医や医療機関もほとんどありませんでした。これまでに1000件以上の治療を手掛けてきた山王病院(東京・港区)の高橋浩一医師は、「患者が症状を訴えても、仮病扱いされたり、精神疾患として抗うつ剤を処方されることもあった」と指摘しています。
参考写真 そこで協会は、都道府県議会で脳脊髄液減少症の治療推進を求める意見書の可決をめざす「ブルーベルト運動」などを展開。各地の公明議員も後押しし、03年12月の千葉県議会を皮切りに、07年12月には、47都道府県議会すべてで意見書が採択されました。
 茨城県でも05年10月24日の茨城県議会本会議で、「脳脊髄液減少症の治療推進を求める意見書」が全会一致で採択されました。
 この意見書は、公明党の鈴木孝治県議(当時)らが中心となり、各会派にはかり議員提出されたものです。6月議会の保健福祉委員会では、井手よしひろ県議もその研究、啓発の推進を強く執行部に求めました。
 10月には、県が後援して脳脊髄液減少症の治療に関する勉強会も開催され、大きな反響を呼びました。
 こうした地方議会の動きに、公明党の国会議員も呼応。患者団体の声に耳を傾け、政府への申し入れも仲介しました。脳神経外科医でもある渡辺孝男参院議員は06年3月の参院予算委員会で、治療推進と保険適用の実現を強く迫りました。 さらに06年4月、他党に先駆けて党内に「脳脊髄液減少症対策ワーキングチーム」(座長=渡辺氏)を設置。07年6月には、当時、文部科学副大臣だった池坊保子衆院議員の指示で、全国の都道府県教育委員会に対し、脳脊髄液減少症で苦しむ子どもたちへ適切な対応を求める事務連絡も出されました。
 公明党の取り組みを見続けてきた中井氏は、こう証言しています。「渡辺氏の質問で国が動き始め、07年の公的研究班の発足につながった。公明党の国会議員、地方議員のチーム力を見せ付けられた思いだ」と。
写真説明(下):2005年6月2日、「脳脊髄液減少症」の患者ら医師、支援者などが、県保健福祉部鈴木欣一部長に、患者への支援を求める要望書を提出しました。この要望書は、「NPO法人・鞭打ち症患者支援協会」(中井宏代表)の協力を受け、脳脊髄液減少症患者茨城県支援の会の鈴木敏文(総和町在住)らが呼びかけ、2844名の署名と共に届けられました。