国会軽視の発言が問題となっていた柳田稔法務大臣は、11月22日辞表を菅直人首相に提出し、正式に認められました。
11月14日、柳田法相は広島市内で開かれた会合で、「法務大臣は、国会答弁で、わからなかったら、2つ覚えておけばいい。『個別の事案については答えを差し控える』、あとは『法と証拠に基づいて適切にやっている』の2つだ」などと述べました。この発言について、柳田法相は撤回して陳謝し、21日、記者団に対し、「今後とも真摯(しんし)に国会答弁を行い、頑張っていきたい」と述べ、みずからに対する問責決議案が可決された場合でも、大臣を続投したい意向を表明していました。
しかし、野党側は、反発を強め、衆議院に不信任決議案を、参議院に問責決議案を提出することを同意。参院で問責決議案は採決が行われれば、可決される見通しとなっていました。
こうした状況を受け柳田法相は、22日朝、首相官邸で、菅首相と仙谷由人官房長官と会談。一転して辞意を伝えました。
辞任記者会見で、柳田法相は、「首相からは『国民生活を考えると2010年度補正予算案を一日も早く通さなければならない。そのことを理解してほしい』との発言があった。私の発言がその障害になりつつあったことを考え、『身を引かせていただく』と首相に辞意を伝え、受け取っていただいた。書類もその場で書いた」と、記者団に説明しました。
11月14日、柳田法相は広島市内で開かれた会合で、「法務大臣は、国会答弁で、わからなかったら、2つ覚えておけばいい。『個別の事案については答えを差し控える』、あとは『法と証拠に基づいて適切にやっている』の2つだ」などと述べました。この発言について、柳田法相は撤回して陳謝し、21日、記者団に対し、「今後とも真摯(しんし)に国会答弁を行い、頑張っていきたい」と述べ、みずからに対する問責決議案が可決された場合でも、大臣を続投したい意向を表明していました。
しかし、野党側は、反発を強め、衆議院に不信任決議案を、参議院に問責決議案を提出することを同意。参院で問責決議案は採決が行われれば、可決される見通しとなっていました。
こうした状況を受け柳田法相は、22日朝、首相官邸で、菅首相と仙谷由人官房長官と会談。一転して辞意を伝えました。
辞任記者会見で、柳田法相は、「首相からは『国民生活を考えると2010年度補正予算案を一日も早く通さなければならない。そのことを理解してほしい』との発言があった。私の発言がその障害になりつつあったことを考え、『身を引かせていただく』と首相に辞意を伝え、受け取っていただいた。書類もその場で書いた」と、記者団に説明しました。
一方、参議院予算員会で菅首相は、「本人から予算審議に障害にならないために辞任したいという申し出を頂いたので辞表を受領した」、「状況が厳しさを増す中、今朝法相に首相官邸に出てきてもらい、話す中で最終的に本人が辞表を提出した」と答弁しました。
柳田法相の資質に問題があることは火を見るより明らかですが、問題は2点。
その第一は、辞任の理由が問題発言を真摯に反省して、国民に謝罪するためではないことです。柳田法相の辞任理由は、あくまで「補正予算」を通すため。自分には非がないと暗に言っているのと同じです。
第二の問題点は、首相が辞任の印籠を果たしたのか、自ら職を辞したのかという点で二人の主張が微妙に異なる点です。柳田法相は辞表提出後の記者会見で、首相から「補正予算案を一日も早く通さなければならないことを理解してほしい」と暗に辞任を促され、自身の発言が国会審議の「障害になりつつあった」ことを考慮し、その場で辞表を書いたとしています。菅首相は「本人から予算審議に障害にならないために辞任したいという申し出を頂いたので辞表を受領した」と、自らが辞表を提出するよう促したことは認めていません。この説明の差は、民主党政権の無責任体質の表れに他なりません。
柳田法相の資質に問題があることは火を見るより明らかですが、問題は2点。
その第一は、辞任の理由が問題発言を真摯に反省して、国民に謝罪するためではないことです。柳田法相の辞任理由は、あくまで「補正予算」を通すため。自分には非がないと暗に言っているのと同じです。
第二の問題点は、首相が辞任の印籠を果たしたのか、自ら職を辞したのかという点で二人の主張が微妙に異なる点です。柳田法相は辞表提出後の記者会見で、首相から「補正予算案を一日も早く通さなければならないことを理解してほしい」と暗に辞任を促され、自身の発言が国会審議の「障害になりつつあった」ことを考慮し、その場で辞表を書いたとしています。菅首相は「本人から予算審議に障害にならないために辞任したいという申し出を頂いたので辞表を受領した」と、自らが辞表を提出するよう促したことは認めていません。この説明の差は、民主党政権の無責任体質の表れに他なりません。