昨年8月の総選挙、多くの国民は民主党に“政権交代”を託し、民主党のマニフェストにバラ色の未来を夢見ました。しかし、それから1年4カ月。その民主党政権が打ち出した2011年度予算案・税制改正案は、財政再建や経済成長の理念に欠けるばかりか、総選挙で国民に約束したマニフェストの破綻が明白となりました。
 民主党マニフェスト崩壊の実像を、公明新聞の記事(2010/12/28付け、12/29付け)をもとにまとめてみました。また、最近のマスコミ各社の論調も参考として引用しました。
参考写真
破綻した財政運営:公約の財源確保は不可能
 菅政権の2011年度予算案、税制改正は、民主党マニフェストの崩壊を決定的なものにしました。同党は子ども手当や高速道路無料化などバラマキ型の公約を並べ立て、その財源は国の総予算組み替えなどで確保できると豪語してきました。
 もともと同党が主張していた通りであれば、11年度は事業仕分けなどによって12.6兆円もの財源を確保できるはずでした。
 ところが、実際に確保できたのは、わずか3.6兆円で公約は実現不可能に。しかも、2年連続で新規国債発行額(借金)が税収を上回る異常事態。税制改正でも法人減税を実施するため、家計への課税を強化する短絡ぶり。マニフェストを根本的に改めない限り、国の財政は破綻しかねません。
子ども手当:満額支給はあっさり断念
 子ども手当について民主党は、昨年の衆院選マニフェストでは中学3年生までの子ども1人につき月額2万6000円(初年度は半額)を支給するとしていました。
 しかし、今年の参院選マニフェストでは「1万3000円から上積み」に後退。来年度は、「3歳未満の子どものみ7000円の増額」にとどまり、満額支給の公約はあっさりとほごにされました。
 また、当初は「全額国費」と公言していたにもかかわらず地方や事業主も費用負担する従来の枠組みを残し、実質的に児童手当制度は存続。来年度税制改正でも、子ども手当の財源に充てるとしていた配偶者控除の見直しは先送りし、給与所得控除などの見直しに方針転換。財源問題でも迷走を続けました。
戸別所得補償:米価下落、広がる失望感
 今年度から導入されたコメの戸別所得補償制度は、生産調整(減反)に参加するすべての販売農家に恩恵をもたらすと宣伝されました。
 ところが実際は、コメ農家の経営を支えるには程遠く、失望の声が広がっています。同制度の検証が不十分なまま、来年度から本格実施するのは拙速です。
 特に民主党政権が過剰米対策を実施しなかったこともあり、米価下落は深刻。同補償制度で対応できると強弁してきたものの、下落幅の著しい産地には十分ではありません。
 さらには、09年マニフェストで批判を浴び、日米FTA(自由貿易協定)を「締結」から「交渉促進」へ修正した経緯があるにもかかわらず、ここにきて関税撤廃を原則とするTPP(環太平洋連携協定)への参加検討を唐突に表明。民主党農政への不信感は募るばかりです。
後期高齢者医療:廃止先送り 政府案に民主も反対
 民主党は後期高齢者医療制度を「うば捨て山」などと批判し、同制度の廃止をマニフェストに掲げていました。ところが政権交代後は、“廃止”を先送りし、2013年3月末まで存続させることを決定。今月20日には、厚生労働省が13年施行をめざす新制度の最終報告をまとめましたが、“身内”である民主党からも反対が相次ぐ始末です。
 政府案では、70~74歳の医療費の窓口負担を現行の1割から2割に引き上げるなど、一部高齢者の負担増を明記。財政運営は都道府県が行うとしている点にも、全国知事会が反発しています。
 現行制度は導入後に修正を重ね、すでに定着しています。新制度の創設は現場に混乱を引き起こすだけです。
進まぬ年金改革:制度設計7年たっても“数字なし”
 「年金制度を一元化し、月額7万円の最低保障年金を実現します」―。民主党は2003年の衆院選マニフェストで年金制度の抜本改革を提唱しましたが、政権交代しても制度設計は全く進んでいません。
 政府が6月にまとめた新年金制度の基本原則も“数字なし”の骨格のみ。それどころか、国民に約束した、最低保障年金「月額7万円」の金額すら消滅し、財源とする「消費税」の言葉も、保険料率の具体案も見当たりません。“年金制度の一元化”を提唱して既に7年余、民主党は一度も詳細な制度設計を示していません。
 一方、来年度の基礎年金国庫負担の割合を50%に維持するための財源は、積立金や剰余金を充てるなど、その場しのぎの対応に。
 年金記録問題対策についても、13年度までに完了するとしていますが、約5000万件の照合は遅々として進んでいません。
高速道路無料化:完全実施へのメド立たず
 高速道路料金をめぐっても民主党政権の方針は二転三転。完全無料化(首都高速と阪神高速を除く全線)を公約したにもかかわらず、現行の割引料金「土日・祝日上限1000円」を来年度以降も存続させます。
 当初、国土交通省は「上限1000円」を廃止する方針でしたが、民主党が猛反発。来年の“統一地方選対策”と見られています。「平日上限2000円」の新料金とともに、自公政権が確保した割引財源を先食いするもので、2年程度で財源は枯渇します。
 完全無料化には1.3兆円の財源が必要とされていますが、今年度と実質同じ来年度予算案の1200億円では、とても足りません。無料化の社会実験を行う路線の拡大すら不可能な状況です。
行財政改革:財源捻出は掛け声倒れに
 民主党政権の目玉として期待を集めた「事業仕分け」。09年の衆院選マニフェストでは、総予算を組み替えることで、13年度までに総額16兆8000億円を捻出し、すべての政策を実現できると強弁していました。ところが、事業仕分けを3回行ったものの、財政上の効果は「埋蔵金を含めても約4兆5000億円」(2010/11/19付 読売新聞)と、必要な財源捻出には程遠いことが浮き彫りになりました。
 また、仕分け第3弾では、政府の新成長戦略に盛り込まれていた雇用促進のためのジョブ・カード制度を「廃止」と判定。その矛盾を指摘されると一転、「存続」を表明するなど、場当たり的な対応が目立ちました。
 一方「国家公務員の総人件費2割削減」による1.1兆円の捻出も先行きが見えません。
 菅直人首相は、人事院勧告を超えた削減をめざすとしていましたが、結局、勧告通りで決着。削減効果は約790億円で、掛け声倒れに終わりました。

【主張】来年度予算案 国家の破綻は目の前だ 財政再建の道筋を明示せ
産経新聞(2010/12/25)
 国家財政が破綻する危機が迫っていることを菅直人政権は強く自覚せねばなるまい。
 政府が決めた平成23年度予算案は一般会計規模で過去最大の92・4兆円に達し、新規の国債発行額が2年連続で税収を上回るという異常事態だ。来年度末には国と地方を合わせた長期債務残高は891兆円と国内総生産(GDP)の2倍近い水準に悪化する。これは財政危機に見舞われたギリシャやアイルランドをも上回る。
 ≪バラマキ公約は撤回を≫
 破綻を避けるには、まずは民主党が掲げたバラマキ公約を撤回することだ。そのうえで消費税増税を含めた税制抜本改革も進めなくてはならない。財政再建に向けた道筋を早急に示すべきだ。
 今回の予算案は、民主党を中心とした現在の政権が初めて本格的に編成した。6月に財政運営戦略で定めた国債費を除いた歳出上限で71兆円、新規国債発行は44兆円強だった前年度以下という大枠だけはぎりぎりクリアした。だが、その内容をみると、新たに積み増したバラマキ公約の財源確保に終始した印象が強い。
 財政運営戦略では、基礎的財政収支(プライマリーバランス)について、向こう5年で赤字を半減し、10年後には黒字化する中期目標を盛り込んでいる。だが、その初年度となる予算案をみると、基礎的財政収支の赤字は23兆円近くにのぼり、今年度と比べた赤字の縮小幅はごくわずかだ。これでは黒字化への道筋はみえない。
 来年度は税収が今年度より3兆円規模で増える見込みだ。本来なら税収の増加分は国債の償還に充てる必要がある。しかし、税収が増える中でも赤字がほとんど改善しないのは、子ども手当や農家への戸別所得補償などのバラマキ公約を続けるためだ。今年度は埋蔵金を中心に10兆円以上の税外収入と国債で予算を編成したが、来年度もこの構図に変わりはない。
 こうした財政規律の喪失の象徴が基礎年金の国庫負担割合2分の1の維持だ。来年度予算案ではこの維持に必要な約2・5兆円を埋蔵金などで埋め合わせた。だが、基礎年金など社会保障向けの財源を埋蔵金のような一時金に依存するのは無責任だ。
 本来は恒久財源を充てることになっているが、リーマン・ショック後、緊急避難的に埋蔵金でしのいだ経緯がある。このため、財務省は予算編成過程で恒久財源が確保できないとして、国庫負担割合の引き下げを求めた。来年度には埋蔵金も枯渇する可能性が高く、埋蔵金依存の予算編成はもはや限界だ。政府・与党は早急に恒久財源を確保しなければならない。
 国費だけで2・2兆円を投じる子ども手当も迷走した。来年度から3歳未満の支給額を月額2万円に引き上げるが、その財源として有力視していた配偶者控除の廃止には踏み切れなかった。来年春の統一地方選をにらみ、専業主婦世帯の反発を恐れた民主党の主張を取り入れたためである。選挙対策を優先し、財源がないままバラマキに腐心する政権の本質が透けてみえる。
 日本の財政事情の悪化は目を覆うばかりだ。国債発行残高だけで来年度末には668兆円とGDPの138%に達する。先進国ではもちろん最悪の水準で、歳出と税収の差は広がったままだ。これでは金融市場での国債消化にも不安を与えかねない。
 ≪政権運営に危機感持て≫
 国債の消化不安が台頭すると、長期金利は大幅に上昇し、経済成長を大きく阻害する。それは菅政権が目指す「雇用と成長戦略」にも重大な支障を及ぼす。国家財政が破綻すれば、外交・防衛にしろ社会保障にしろ、国家としての責任を全うできないような大幅な歳出カットを余儀なくされ、国民にも重税がのしかかってくる。そんな危機が忍び寄っているとの意識をもって、政府・与党は政権運営に当たらなければならない。
 菅首相は、予算編成後の記者会見で、消費税増税について、「年明けにもこれからの方向性を示したい」との考えを示した。すでに欧州各国は、財政再建に向けて来年から歳出削減と増税を同時に実施するなどの計画を打ち出している。わが国でも同じように歳出削減と増税を組み合わせた財政再建が不可欠といえる。菅政権には、財政破綻を何としても防ぐという責任と覚悟が問われていることを肝に銘じてもらいたい。


子ども手当増えても、扶養控除廃止で所得税は増額 子育て世代に不満の声
信濃毎日(2010/12/25)
 24日に閣議決定した2011年度予算案で、2年目となる子ども手当の支給額が決まった。3歳未満の子がいる世帯では来年4月から現行より月額7千円増の月2万円、3歳から中学生までは現行の月額1万3千円が支給される。一方、来年1月からは年少扶養控除が廃止され、所得税は増額に。せっかくの手当も増税で一部相殺されるとは知らない人も多く、子育て世代からは不満の声も出ている。
 4月分から支給が始まった子ども手当は、12月分までの9カ月で中学生以下の子どもがいる世帯に子1人当たり計11万7千円を支給。来年は、4月以降に増額となる3歳未満で同計21万9千円、据え置きの3歳から中学生以下は同計15万6千円の支給となる。
 一方、15歳以下の子がいる人を対象にした扶養控除は廃止される。昨年12月に公表された税制改正大綱に盛り込まれていた。
 松本市の会計事務所によると、サラリーマンの夫に専業主婦、中学生以下の子1人の世帯で試算した場合、11年の所得税は年収400万円で1万9千円、年収600万円では3万8千円、年収800万円では7万6千円の増税となる。子ども手当から増税分を引いた額が実質的な家計支援となるが、手当の支給額が据え置かれた3歳以上中学生以下では目減りが大きくなる=表。
 こうした事情を知らない人は多い。飯田市で小学2年生の長男(8)を筆頭に3人の子育て中の専業主婦(31)は「子ども手当をもらえるという説明ばかりで、負担が増えることは知らなかった」と不満そう。今年の子ども手当は家族旅行に使ったが、残りは将来に備えて貯金し、手堅くやりくりしている。「子育ての家計支援なら、給食費の減免など、お金がかかる小学生以上の子への支援も充実してほしい」
 長野市の幼児向け広場を1歳9カ月の長男と訪れた市内の専業主婦、福島美緒さん(29)も「家計が楽になると見せ掛けながら、実は負担も増えているのはおかしい」と受け止める。「お金が必要になるのは3歳からと聞いている。3歳未満で増額といっても、何か納得いかない」
 「今年は増税がないまま子ども手当の支給だけが先行し、特別だった」と試算をした松本市の税理士、竹内玉次さん。「年少扶養控除を廃止して、所得に関係なく現金支給するという手法は、低所得者を高所得者より優遇して支援する形にはなっている」と解説している。


「正義派の農政論」:【森島 賢】
農業協同組合新聞(2010/12/30)
選別政策で迷走する民主党農政
 政府は、戸別所得補償制度に、大規模農家を優遇する選別政策を取り入れようとしている。規模を拡大した農業者に補償金を加算する、というものである。
 ここでいう農業者に、集落営農などの協同組織を入れるのかどうか、入れないばあい、あるいは、入れるばあいでも、細かい条件をつけるとき、それは、まさしく選別政策になる。
 これまで、民主党は、選別政策をやめ、大規模農家だけでなく、小規模農家を含む、全ての農家を農政の対象にするとしてきた。そして、このことを、選挙公約に掲げ、多くの国民の支持を得て、政権交替を果たしてきた。
 この選挙公約を、紙切れのように捨てるのだろうか。
 何のための選別政策か。それはTPPと農業を両立させるために、輸入農産物との競争力を強めるためだ、という。
 戸別所得補償制度は、輸入自由化を準備するための制度ではないと、つい先ごろまで言ってきた。
 この前言をひるがえすのだろうか。
 民主党農政の混迷ぶりには、目を覆いたくなるものがある。ちょうど墜落寸前の迷走状態を思わせるものさえある。
 問題は米である。
 政府は、TPPと農業を両立させるため、として、戸別所得補償制度に、大規模化加算なるものを導入することにし、さっそく来年の予算案に盛り込んだ。
 いくつかの問題がある。
 問題の第1は、戸別所得補償制度の目的が、あいまいになることである。
 この制度の当初の目的は、崇高な国家目的である食糧安保のための、食糧自給率の向上であった。
 そして、これまで、この目的に貢献する全ての農家を、高齢者や兼業者など小規模農家と大規模農家を、分けへだてなく支援してきた。この政策を公約の柱にし、選挙で勝ち、政権を奪取した。
 多くの野党からは、ばらまきだ、と批判されてきたが、ひるむことはなかった。
 しかし、今後は大規模農家を特別に優遇する選別政策に変えるという。これは、選挙公約に対する、明らかに重大な違反である。それだけでなく、戸別所得補償制度の目的を不純にし、ばらまき批判に耐えられなくするだろう。
 第2の問題は、なぜ選別政策をとるか、という点である。
 それは、戸別所得補償制度に規模加算を取り入れることで、小規模農家を冷遇し、大規模農家を優遇し、国際競争力を強化して、TPPなど輸入自由化に備えるのだという。
 これまで、多くの野党は、戸別所得補償制度は輸入自由化を前提にしたものだと、くりかえし批判してきた。それに対して政府は、つい最近まで否定し続けてきた。
 この前言を、突然ひるがえすのだろうか。
 第3の問題は、国際競争力についての認識である。
 政府は、規模を拡大すれば、米に国際競争力がつき、輸入米と競争できる、という認識である。輸出もできる、という論者さえいる。
 この認識は、古くからある机上の空論で、実態を見ない認識である。
 大規模化して、効率化しようという考えは、140年前の明治維新で開国した時からあった。その後も、繰り返し主張され、失敗を重ねてきた。そして、いまになっても、遂に実現できなかった。
 何故か。それは、ものごとを深く考えない素人好みの主張ではあったが、日本の風土と歴史を無視した空論だったからである。
 第4の問題は、莫大な財政赤字のなかで、いつまで戸別所得補償制度を続けられるか、という問題である。
 自由化して米を切り捨てる、というのなら財源はいらない。しかし、これは論外である。戸別所得補償制度で自給率を向上させるというのだから、財政負担額は膨大な金額になる。
 国民はそれを支持するだろうか。ことに、小規模な高齢農家や兼業農家を排除するのだから、多くの農業者の支持は得られないだろう。
 そして、最後になるが、第5の問題は、最も重大な問題で、排除した高齢農業者をどうするか、という問題である。
 自己責任で生き延びよ、というのだろうが、それは棄民政策以外の何ものでもない。
 もしも、小規模農家と大規模農家を分断して統治する、などという大昔の支配者の考えだとすれば、それとは、棄民政策とともに、きっぱり決別せねばならない。
 では、どうするか。もちろん小規模農家の非効率は改善しなければならない。そのためには、小規模農家を切り捨てるのではなく、小規模農家を大規模な集落営農などに組織することである。
 そうして、至高な国家目的である食糧安保のための食糧自給率の向上に貢献してもらうことである。
 政治は、そのための支援に、力を集中すべきである。


【主張】新高齢者医療制度 こんな案なら白紙に戻せ
産経新聞(2010/12/22)
 厚生労働省の有識者会議が後期高齢者医療制度に代わる新制度の最終案をまとめた。
 現行制度の廃止ありきで、「平成25年度から新制度スタート」という民主党の政権公約にとらわれたため、最終案では同年齢で保険料を払う人と払わない人が生じるなど新たな不公平が生じた。消費税増税を封印したため安定財源の道筋も見えない。
 全国知事会や野党などの反対で法案成立のめども立っていない。高齢者が加入する制度がバラバラで、全体の負担の構図も把握できない。こんな案なら白紙に戻し、菅直人政権は現行制度の改善と充実にかじを切るべきだ。
 75歳で一律区分した現行制度に批判が集まったことから、最終案は年齢の線引きをやめた。8割を国民健康保険(国保)に戻し、勤め続けている人や扶養家族は健康保険組合などに移す。
 だが、国保は75歳以上を別勘定とし、高齢者保険料を1割相当とする現行制度と同様の仕組みにする。結局は年齢区分が残り、看板の掛け替えにすぎない。
 子供が会社員の場合、その扶養家族になれば保険料を免除されるが、身寄りのない高齢者は保険料を支払わなければならない。これで国民の理解が得られるのか。
 さらに問題なのが、負担の在り方だ。高齢者の保険料を急増させないようにその伸び率を現役世代を下回るよう調整する。収入の多い健保組合や共済組合ほど、支援金を多く拠出する仕組みが導入された。「取りやすいところから取る」との発想である。消費税引き上げによる安定財源の確保に目を背け、現役世代にツケを回すことは許されまい。
 75歳以上は今後さらに増える。世代間の負担に著しい偏りがある制度では長続きしない。新制度案では低所得者を対象とした保険料軽減措置の縮小も盛り込まれたが、高齢者にも支払い能力に応じた負担を求める必要があろう。
 民主党から、統一地方選への影響を懸念して新制度案の利用者負担増を批判する声が相次いでいるのもおかしな話だ。そもそも現行制度の見直しは民主党が言い出した。無責任きわまりない。国民に負担への理解を求めることこそ、政権政党としての責務である。
 国民が安心できる制度にするために、菅政権は政権公約にこだわってはならないだろう。


手つかずの民主党年金改革案=吉田啓志
毎日新聞:記者の目(2010/12/24)
◇白紙に戻し、超党派協議始めよ
 「いずれ抜本改革するんだから、36.5%に戻せばいいんだよ」。今月、厚生労働省と財務省が基礎年金の国庫負担割合を50%で維持するか、以前の36.5%に戻すのかでもめているのを横目に、ある民主党議員は私にそう言い放った。この発言を聞き、私は「民主党の年金改革案は、着手すべき現行制度の是正を妨げている」との確信を深めた。超党派による年金改革協議に向け、菅直人首相は民主党案を白紙に戻すべきだ。
 民主党が09年衆院選マニフェスト(政権公約)で、13年までに成立させるとした年金改革案は(1)自営業者や無職の人の国民年金、会社員の厚生年金、公務員らの共済年金を所得比例年金に一本化(2)所得に応じた保険料と負担に見合う給付(3)基礎年金を廃止し、全額税でまかなう最低保障年金を創設--が軸だ。公平で分かりやすい理想的な案だけに、年金記録問題への不信も相まって人々の支持を受け、政権交代の原動力になった。
◇緊急の諸課題、先送りの口実に
 しかし政権獲得後、政府・民主党は公約を放置し、「抜本改革を予定しているから」と、低年金対策、官民格差解消など早急に取り組むべき課題に一切手をつけていない。
 民主党案が具体化しない最大の理由は、実現性が極めて乏しい点にある。
 基礎年金に必要な財源は21兆円。15年度には25兆円に膨らむ。今は保険料と税半々で賄っているが、民主党案通り最低保障として全額を税で手当てすると、現行の国庫負担約10兆円に加え、15年度には最低でも消費税率換算(1%約2.5兆円)で6%近いアップを要し、全体税率は菅首相が参院選で言及した10%を超える。増税分をすべて年金に費やすなら、疲弊著しい医療や介護に回す分はなくなるし、財政再建もできない。だからといって、給付に所得制限を設けて財源を絞れば、中堅所得層以上の年金を削り込むことになる。
 給与所得者の厚生年金は本人と使用者(経営者)が保険料を折半するのに対し、個人事業者などの国民年金は本人が全額負担する。職業を問わずみなが同じ制度に入る民主党案もその点は変わらない。従って、現在の国民年金加入者は、給与所得者と同じ年金をもらうには2倍の本人負担を迫られる。消費税を大幅に上げ、さらに保険料も倍増という政策が、果たして理解を得られるだろうか。
◇07年一元化法案、論議の出発点に
 では、どう改革すればいいのか。ヒントはある。私が与野党協議の出発点になると考えるのは、自公政権が07年に提出し09年に廃案になった「年金一元化関連法案」だ。
 同法案は厚生、共済両年金の財政一元化、公務員OBの給付削減といった官民格差の是正に加え、パートの人も厚生年金に加入できるようにしていた。折半の保険料が増えるのを嫌う外食産業などの反発でごく一部のパートしか加入できないよう骨抜きにされはしたが、方向は正しい。与野党で厚生年金の適用対象を広げる議論を始めるべきだ。
 最低保障機能も、保険料を払えない人に税で肩代わりするなど現行制度の手直しで強化できる。厚労省の試算では、低年金、無年金対策にかかるのは約2.9兆円。基礎年金の国庫負担割合を50%で維持するのに必要な2.5兆円を含め、消費税2%強分だ。
 スウェーデンの年金改革を下敷きにした民主党案について、同党幹部は「スウェーデンでできたのだから日本でも」と言う。しかし、元々制度が一元化されていて、人口増も見込める同国と日本を同一視するのは無理がある。
 加えて、民主党案も未納・未加入者への給付はなく、無年金問題は解決しない。新制度への移行には40年以上の歳月がかかり、システム更新には巨額の経費が必要だ。これらを覚悟してまで導入する利点はあるのか。同党内でも峰崎直樹内閣官房参与(前副財務相)は、基礎年金部分の全額を税でまかなうと企業負担分の保険料3・7兆円が国民の税負担に置き換えられることを指摘し、「考え直した方がいい」と主張している。
 「他党と胸襟を開いて議論できる場を作る」。10日、菅首相は政府・与党社会保障改革検討本部の会合で、消費税増税を念頭に、税と社会保障に関する与野党協議の必要性を訴えた。それでも、野党は民主党の年金改革案が撤回されない限り乗れないだろう。メンツから自らの案にこだわって現行制度の欠陥を放置するなら、国民の年金不信は高まる一方だ。
 「抜本改革」の幻想を振りまいた揚げ句、結局は尻すぼみ--。民主党政権のお決まりになりつつある愚を、年金で繰り返してはならない。


高速道路 無料化を見直すときだ
信濃毎日(2010/12/22)
 もう長くは続かないと分かっているのに、やめられない。これでは国民の負担を重くするだけの先送りとみられても仕方がない。
 菅直人政権が来年度も続けようとしている高速道路の無料化政策である。
 まず惰性としか思えないのが、「社会実験」と位置付けた政策だ。本年度は37路線50区間を無料にして6月下旬から実施している。国土交通省は来年度もほぼ同じ規模で予定し、費用として約1200億円を見込む。
 社会実験は高速道路を無料にしてどういう効果があるのか調べる狙いがある。けれども予算の制約で交通量の少ない地方路線を主な対象区間としたため、経済効果を体系的に把握するのは難しい。実験として成り立つのか疑問があるものを、なぜそのまま続けようというのか。
 さらに納得できないのは、料金割引制度を来年4月から強化しようとしていることだ。先日、民主党の意向で方針が固まった。
 国交省の当初案では、普通車について曜日にかかわらず上限2千円とする内容だった。これに党側が休日の上限千円も継続するよう求めた。来年の統一地方選挙を意識したものだろう。
 もともと割引制度の財源は、自公政権時代に手当てしたものだ。高速道路各社が日本高速道路保有・債務返済機構に支払う貸付料から捻出している。2017年度まで持たせるはずだったのが、新割引制度では残りの約2兆円をあと2年で使い切るという。
 終わりが見えているのに先食いをすれば、つけはいずれ国民に回ってくる。
 民主党は先の衆院選のマニフェスト(政権公約)で「原則無料化」を政策の目玉とした。段階的に始めて「完全実施」につなげるという旗印は降ろしていない。
 けれども、これは甘い見通しに立った野党時代につくった政策である。新たな財源の確保が難しいと分かった今、ほかの優先すべき政策との兼ね合いを考えれば、根本から見直さざるを得ない。
 各種の世論調査でも無料化には反対意見が多い。ある程度はメリットを受ける利用者が負担すべきという理由からだ。財政の深刻さが知られるにつれ、こう考える国民は増えている。
 経済活動を活性化するといっても、鉄道・バス・フェリーなどほかの地域交通機関への悪影響も明らかになっている。何のための無料化か、あらためて考え直すときにきている。