参考写真 6月17日、井手よしひろ県議ら茨城県議会公明党議員会は、独立行政法人・産業技術総合研究所(産総研)つくばセンターを訪れ、地質分野研究総括・山正和理事、地質分野研究企画室・光畑裕司室長、活断層・地震研究センターの海溝型地震履歴研究チーム・宍倉正展チーム長から、「東北地方太平洋沖地震と茨城県における地震・津波」というテーマで、研究成果の一端を伺いました。
 宍倉博士のチームは、歴史や地層を調べ、将来の防災に役立てる研究を重ねてきました。東日本大震災による、東北太平洋沿岸への巨大津波の来襲について、以前から警鐘を鳴らしてきました。
 平安時代の歴史書「日本三大実録」をひも解くと、今から1141年前の西暦869年(貞観11年)5月26日(旧暦)、陸奥の国(現在の東北地方)の地震で津波が起き、多くの犠牲者が出たことが記されています。
 その内容は、「貞観11年5月26日、陸奥国(東北地方)で大地震があった。流光、昼のごとく隠映する。しばらく人々は泣き叫び、倒れて立つこともできなかった。ある者は家屋が倒壊して圧死し、ある者は裂けた地面に埋もれた。牛馬は驚いて走り出し、あるいは足場を失った。建物の倒壊は数知れず。海は吠え、雷のやうだった。長大な驚くべき波が湧き起こり、たちまち城下に至った。海から数十百里離れたところまで、そのはてが分からないほど広大な範囲が波に襲われた。原野も道路もまったく分からなくなった。船に乗って逃げる暇もなく、山に逃げるのも難しかった。溺死者は千人ばかり。資産も苗もほとんど何一つ残らなかった」(暫定龍吟録より引用させていただきました)と記載されています。
 宍倉チームでは、2004年秋から、この「貞観地震」の痕跡を、仙台平野や石巻平野を丹念に調査しました。より広く、面的に津波の痕跡を調査すれば、当時の浸水被害の規模を復元できるとの考え方に基づいたものでした。
 「貞観津波」の痕跡を特定するためには、地層のうち、915年に噴火した十和田湖の火山灰が堆積した層より下にある砂の層を調べ、これに海由来の珪藻(藻の一種)があることで年代的に「貞観津波」の痕跡と確定していきました。
 「貞観津波」の堆積物は、北は宮城県石巻市、南は福島県浪江町請戸で見つかっています。これによって869年当時の海岸線から3〜4キロメートル内陸部にまで津波が到達したと推測されました。
 そして、この規模の津波を発生させる地震をコンピューターで計算すると、宮城県から福島県にかけた沖合の日本海溝沿いで長さ200キロメートル程度の断層が動く、マグニチュード8.3以上の地震が起きたことが推定できました。
 石巻平野と仙台平野については、今回の津波の浸水域とほぼ一致していることがわかりました。この一帯は、500〜1000年の幅でこうした巨大津波に繰り返し、襲われていることも分かりました。
過去を知れば、将来の災害規模が予測できる
参考写真 宍倉チームでは、「貞観津波」規模の地震と津波は「いつ起きてもおかしくない」との研究をまとめ、学会やマスコミに積極的にその成果を発表してきました。今年に入って、地域住民への啓発のため、「貞観津波」など過去の津波による浸水被害を1枚の地図に記したものを無料配布したりしました。
 宍倉チームの研究に基づいて、国の地震調査研究推進本部は、今年4月に、三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価を発表する予定でした。3月23日には福島県庁に赴き、福島県沖で予想される津波の評価を説明に行くことにしていたところの、東日本大震災が3月11日に発生しました。
 震災後の4月下旬には、宮城県石巻市から山元町で、今回の大津波による堆積物の調査を行いました。今回の津波の痕跡を調べれば、津波で運ばれた堆積物よりも海水はさらに1〜2キロメートル内陸に進出していることが分かりました。このことを詳しく調査すれば、津波による浸水被害の予測の精度を高められます。
 茨城県沖の地震に関しては、1677年延宝地震がよく知られています。最大で5〜6メートルの津波が茨城を襲ったと推計されています。茨城県の津波ハザードマップも延宝地震を想定した浸水計算に基づいて作成されていますが、実は、この地震の研究はあまり進んでおらず、その履歴はよく分かっていません。
 2010年に行った日立市十王町伊師の調査では、海岸から500メートル以上離れた場所で、3層の堆積物が発見されています。一番古い層が貞観津波、一番新しい層が延宝津波と考えることも出来ますが、700年から500年前に大きな津波があったとことも推測されます。
 いずれにせよ、詳細な地質調査により延宝津波の実態やさらに過去の最大規模津波の状況を捜す必要があります。
「千年に一度」の震災対策が必要
 今回のような長い時間のスケールで起こる巨大津波の対策はこれまで行われてこなかった。地震や津波の痕跡を調査し、その原因となった地震の大きささや、発生の頻度を総合的にシミュレーションしているのは、世界的に持ても産総研の研究チーム以外にはありません。
 歴史資料を詳しく見るとともに、文献以前の災害の履歴について数千年レベルまで地層を調査すれば、災害の最大規模を知ることができます。500年、1000年に1回、起こりうる津波を前提にした防災対策が、ぜひ必要です。特に原子力発電所の安全対策は最大規模の津波にも備えなければならないのは自明の理です。
 その半面、津波を巨大な防潮堤などの構造物で防ぐというのは、実は困難です。学校など住民の命に関わる施設は、過去最大規模の津波の浸水域から免れる高台に作るか、容易に避難できる構造にすることが重要です。人命だけは何があっても守られるよう、避難する場所や経路の整備と訓練、ハザードマップ作成などソフト面での対策が、本当は最も重要です。
 説明のまとめとして宍塚博士は、「地質学では“過去は未来を測る鍵”“現在は過去を解く鍵”といわれています。今回の大震災に伴う現象を正確に捉えて、過去の現象の復元に役立てる。そして、過去数千年まで遡り、あらゆる自然の痕跡を広範囲に、高密度に逃さず読み取る研究が重要です」と語りました。
 東日本大震災の巨大津波については、専門家までもが「想定外」という言葉を良く使います。しかし、過去の災害史や地層を調べれば、それは「想定外」の現象ではありませんでした。私たちが「想定しようとしなかった」ことを、深く反省すべきだと強く思いました。
参考:貞観地震に関する成果報告・報道等