2020年の東京オリンピック・パラリンピックについては、小池東京都知事の登場以来、その経費の見直しなどについて開催都市東京、国、組織員会、IOCを巻き込んだ様々な課題が噴出しています。ボート競技の宮城県長沼での開催については、東日本大震災からの復興五輪という意味合いも含めると意味のないことではないと考えますが、震災や原発事故の影響に苦しむのは宮城県一県ではありません。福島も、岩手も、そしてわが茨城も復興への道のりは平坦ではありません。競技やキャンプ地を誘致して復興をアピールするという視点だけではなく、「オリンピックの文化プログラム」を積極的に活用することはできないでしょうか?
【オリンピックの文化プログラムとは?】
日本には古典芸能から漫画・アニメ、さらには地域に根ざした民俗芸能まで、様々な文化、芸術が根付いています。こうした文化・芸術をオリンピックにあわせて国内外に発信することで、オリンピックの気運を盛り上げ、参加していこうというのが、「文化プログラム」です。
「オリンピック憲章」の中では、スポーツとともに、「文化プログラム」の開催が義務づけられています。「スポーツを文化と教育と融合させること」が明記され、「短くともオリンピック村の開村期間、複数の文化イベントを計画しなければならない」と記されているのです。
もともとは、オリンピックに「芸術競技」があり、文学や音楽などを採点して順位を競っていました。しかし、1948年のロンドン大会を最後に廃止され、その後は公式なプログラムとして「芸術展示」が行われるようになりました。
【文化プログラムのお手本は2012年ロンドン大会】
2012年のロンドン大会は、この文化プログラムが成功した例として評価されています。2008年の北京大会終了後から4年間のカルチュラル・オリンピアードがスタート。2012年の五輪本番では「ロンドン2012フェスティバル」という12週間の大規模な国際芸術祭が開催されました。演劇や音楽、ダンス、美術、文学、映画、ファッションなどあらゆる分野にわたる文化イベントの総数は約18万件、参加者数は4340万人、総事業費は220億円。ロンドンだけではなく英国全土1000箇所以上で実施されるという壮大なもので、アスリートと同じ204の国と地域から4万人以上のアーティストが参加し、5000以上の新しい作品が生まれました。
テーマは「イギリスの誰もがロンドン五輪に参加するチャンスを提供し、創造性を喚起させること」。「一生に一度きり」というビジョンが掲げられ、アーティストたちの斬新なアイディアが数多く実現しました。
イギリスを代表する現代美術家の回顧展、37ヶ国の劇団が37の異なる言語でシェイクスピア作品を上演する国際演劇祭など、美術館や劇場でも特別企画が行われました。しかしユニークなのは、ロンドンの街中や世界遺産、丘陵や海岸などの自然景勝地も含め、普段とは異なる場所で、無料の文化イベントが、何の前触れもなく次々と実施されたことです。
例えば、ロンドンの繁華街では、改修中のデパートのショーウインドを使ってザ・ワールド・イン・ロンドンという写真展が開催されました。世界中からロンドンに移住してきた人々を3年間かけて撮影し、展示したものです。写真下のQRコードをスマートフォンで読み取れば、その人の個人史や移住の理由なども知ることができます。
ロンドン一の繁華街ピカデリーサーカスでは、1945年以来という道路閉鎖を行って、1日中サーカスイベントが繰り広げられました。空中ぶらんこ、綱渡り、ジャグリング、道化師など17ヶ国から240名以上のサーカス・アーティストが登場し、フィナーレでは空中から膨大な量の羽毛が振りまかれ、観客を熱狂させました。
アンリミテッドという障がい者の大規模なアートフェスティバルも開催されました。これはパラリンピックの精神に則ったもので、スポーツと同様、芸術の世界でも障がい者にはアンリミテッド、無限の可能性がある、ということを賞賛するものでした。
一方、1964年、前回の東京オリンピックでも「日本最高の芸術品を展示する」という方針の下、美術と芸能の分野で様々な展覧会や公演が開催されました。東京国立博物館では鳥獣(人物)戯画や源氏物語絵巻など、国宝を含む「日本古美術展」が開催され、40万人が来場したという記録が残っています。
【茨城県も県北芸術祭を継続開催し、「文化プログラム」に積極参加を】
日本の場合、このプログラムの知名度不足もあって、ロンドン大会のようになるには、まだまだ道は険しそうです。というのも、まず「文化プログラム」に参加するイベントを増やさないといけませんが、営利目的で無いとか、公益性があるなどの条件を満たさなければ、組織委員会から関連イベントとして認められません。しかし、認められたからと言っても組織委員会から金銭面での支援があるわけではないのです。
東京都は、文化プログラムの重要性をいち早く認識し、2006年に東京芸術文化評議会を設置して、検討を行ってきました。東京都美術館や東京芸術劇場など文化施設の改修や事業の充実を進め、国際芸術祭や地域の文化イベントなどを立ち上げてきました。
文化庁の文化審議会でも様々なアイディアが議論されています。文化庁が掲げる「文化力プロジェクト(仮称)」は、20万件のイベント、5万人のアーティスト、5000万人の参加、訪日外国人旅行者数2000万人に貢献するという壮大な数値目標を掲げています。何よりも国や組織委員会での早急な議論が待たれるところです。
翻って、地方における「オリンピック・文化プログラム」の展開も重要です。最初に述べましたが、復興五輪という東京オリンピックのテーマの一つを具現化するためには、岩手、宮城、福島そして茨城などの地方での文化プログラムに力点を置く必要を強く訴えます。長沼のボート会場に何百億円の投資という話が伝わってきますが、イギリスの文化プログラムの予算は、220億円だったといわれます。乱暴な言い方をすれば、ボート会場の整備費だけで、十分に文化プログラムの開催予算が賄える計算です。
今、茨城県では県北芸術祭をという国際芸術祭を初めて開催しました。開催1か月で目標の30万人を上回る31万5000人のお客様に観ていただいています。この茨城発の国際芸術祭を3年ごと“トリエンナーレ”形式で継続するよう訴えています。次回開催は2019年ということになりますが、この年は茨城県で国民体育大会が開催されることもあり、次回は2020年にオリンピック文化プログラムの一環として開催することを提案します。オリンピックの精神が活かされ、震災からの復興をアピールし、多くの支援への感謝を世界中に表明するためにも、茨城県の決断と国の支援を強く望みます。
(このブログは、ニッセイ基礎研究所吉本光宏理事のNHK“視点・論点「東京五輪と文化プログラム」2014年09月22日 ”の論説を参考・引用させていただきました。深く感謝申し上げます)
参考:「文化の祭典、ロンドンオリンピック 東京オリンピック2020に向けて」
ニッセイ基礎研究所 社会研究部門 主席研究員 吉本 光宏
http://www.nli-research.co.jp/files/topics/40193_ext_18_0.pdf?site=nli
2012年のロンドン大会は、この文化プログラムが成功した例として評価されています。2008年の北京大会終了後から4年間のカルチュラル・オリンピアードがスタート。2012年の五輪本番では「ロンドン2012フェスティバル」という12週間の大規模な国際芸術祭が開催されました。演劇や音楽、ダンス、美術、文学、映画、ファッションなどあらゆる分野にわたる文化イベントの総数は約18万件、参加者数は4340万人、総事業費は220億円。ロンドンだけではなく英国全土1000箇所以上で実施されるという壮大なもので、アスリートと同じ204の国と地域から4万人以上のアーティストが参加し、5000以上の新しい作品が生まれました。
テーマは「イギリスの誰もがロンドン五輪に参加するチャンスを提供し、創造性を喚起させること」。「一生に一度きり」というビジョンが掲げられ、アーティストたちの斬新なアイディアが数多く実現しました。
イギリスを代表する現代美術家の回顧展、37ヶ国の劇団が37の異なる言語でシェイクスピア作品を上演する国際演劇祭など、美術館や劇場でも特別企画が行われました。しかしユニークなのは、ロンドンの街中や世界遺産、丘陵や海岸などの自然景勝地も含め、普段とは異なる場所で、無料の文化イベントが、何の前触れもなく次々と実施されたことです。
例えば、ロンドンの繁華街では、改修中のデパートのショーウインドを使ってザ・ワールド・イン・ロンドンという写真展が開催されました。世界中からロンドンに移住してきた人々を3年間かけて撮影し、展示したものです。写真下のQRコードをスマートフォンで読み取れば、その人の個人史や移住の理由なども知ることができます。
ロンドン一の繁華街ピカデリーサーカスでは、1945年以来という道路閉鎖を行って、1日中サーカスイベントが繰り広げられました。空中ぶらんこ、綱渡り、ジャグリング、道化師など17ヶ国から240名以上のサーカス・アーティストが登場し、フィナーレでは空中から膨大な量の羽毛が振りまかれ、観客を熱狂させました。
アンリミテッドという障がい者の大規模なアートフェスティバルも開催されました。これはパラリンピックの精神に則ったもので、スポーツと同様、芸術の世界でも障がい者にはアンリミテッド、無限の可能性がある、ということを賞賛するものでした。
一方、1964年、前回の東京オリンピックでも「日本最高の芸術品を展示する」という方針の下、美術と芸能の分野で様々な展覧会や公演が開催されました。東京国立博物館では鳥獣(人物)戯画や源氏物語絵巻など、国宝を含む「日本古美術展」が開催され、40万人が来場したという記録が残っています。
【茨城県も県北芸術祭を継続開催し、「文化プログラム」に積極参加を】
日本の場合、このプログラムの知名度不足もあって、ロンドン大会のようになるには、まだまだ道は険しそうです。というのも、まず「文化プログラム」に参加するイベントを増やさないといけませんが、営利目的で無いとか、公益性があるなどの条件を満たさなければ、組織委員会から関連イベントとして認められません。しかし、認められたからと言っても組織委員会から金銭面での支援があるわけではないのです。
東京都は、文化プログラムの重要性をいち早く認識し、2006年に東京芸術文化評議会を設置して、検討を行ってきました。東京都美術館や東京芸術劇場など文化施設の改修や事業の充実を進め、国際芸術祭や地域の文化イベントなどを立ち上げてきました。
文化庁の文化審議会でも様々なアイディアが議論されています。文化庁が掲げる「文化力プロジェクト(仮称)」は、20万件のイベント、5万人のアーティスト、5000万人の参加、訪日外国人旅行者数2000万人に貢献するという壮大な数値目標を掲げています。何よりも国や組織委員会での早急な議論が待たれるところです。
翻って、地方における「オリンピック・文化プログラム」の展開も重要です。最初に述べましたが、復興五輪という東京オリンピックのテーマの一つを具現化するためには、岩手、宮城、福島そして茨城などの地方での文化プログラムに力点を置く必要を強く訴えます。長沼のボート会場に何百億円の投資という話が伝わってきますが、イギリスの文化プログラムの予算は、220億円だったといわれます。乱暴な言い方をすれば、ボート会場の整備費だけで、十分に文化プログラムの開催予算が賄える計算です。
今、茨城県では県北芸術祭をという国際芸術祭を初めて開催しました。開催1か月で目標の30万人を上回る31万5000人のお客様に観ていただいています。この茨城発の国際芸術祭を3年ごと“トリエンナーレ”形式で継続するよう訴えています。次回開催は2019年ということになりますが、この年は茨城県で国民体育大会が開催されることもあり、次回は2020年にオリンピック文化プログラムの一環として開催することを提案します。オリンピックの精神が活かされ、震災からの復興をアピールし、多くの支援への感謝を世界中に表明するためにも、茨城県の決断と国の支援を強く望みます。
(このブログは、ニッセイ基礎研究所吉本光宏理事のNHK“視点・論点「東京五輪と文化プログラム」2014年09月22日 ”の論説を参考・引用させていただきました。深く感謝申し上げます)
参考:「文化の祭典、ロンドンオリンピック 東京オリンピック2020に向けて」
ニッセイ基礎研究所 社会研究部門 主席研究員 吉本 光宏
http://www.nli-research.co.jp/files/topics/40193_ext_18_0.pdf?site=nli