三大紙の一面を飾った麻原裁判イラスト
4月24日、東京地方裁判所で、麻原彰晃オウム真理教代表の第一回公判が開催された。
この模様を紹介する翌日(4月25日)の朝刊各紙は、一面に裁判の模様を描いたイラストを大々的に掲載した。
裁判の内容の写真撮影や、テレビ撮影は許されていないための苦肉の策であろうが、各紙を読み(眺め)比べると現代日本のマスコミの本質が垣間みられるような気がして、大変興味深かった。
まず、読売・毎日・朝日の三大紙と地元茨城新聞のイラストをご覧いただきたい。
左から読売新聞(法廷の麻原被告の3態:ウノ・カマキリさん筆)
2番目、毎日新聞(大須賀 友一さん筆)
3番目、朝日新聞(大野 耕平さん筆)
一番右、茨城新聞(河原 弘司さん筆)
同じはずの麻原の表情も大いに違いがある。朝日新聞のそれは、多分に哲学的である。毎日は逮捕時の麻原のイメージの延長線上にある。読売新聞では、痩せて精気のない麻原像が浮かび上がってくる。
表情だけでそれだけの違いがある。
それでは次に、新聞を飾った全体の画像を見てもらいたい。データ量が大きいので、見たい絵をクリックしていただきたい。
読売新聞(麻原の表情を追った3枚のイラストを掲載)
毎日新聞(裁判長側から法廷の様子を説明したイラスト)
朝日新聞(麻原の哲学的?な顔のどアップ)
茨城新聞(無難な印象のスケッチ)
いずれのイラストも、それを掲載した新聞社の考えが現れているような気がする。
読売新聞は、表情の変化を追って、麻原の落ち着きのない、無責任な態度を強調したかったのであろうか。しかし、イラストという手法を使ったわけであるから、この表情は、画家のフィルターを通した表情である。責任ある新聞の一面を飾る内容として、いかがなものであろうか。
同じ事は、朝日新聞にももっと端的に現れている。このようなイラストが3段抜きで掲載されることは、記憶にあまりない。知人の子供が、これギリシャの哲学者?と言っていた。作画家や編集者の麻原のイメージをこのような形で表現する必要があるのだろうか。一番疑問が残った紙面である。
毎日新聞は、裁判の情景を伝えるという効果はあったような気がする。ただ大いなる疑問は、このアングルでイラストレータ氏は法廷を眺めることができたのであろうか。あくまでも、想像図として理解すればよいのであろうか。
活字文化と画像文化の比較が巷間よく議論される。活字文化の旗手である新聞の一面に登場した麻原イラスト。
私たちは、情報を正確に伝えてもらいたいと願っている。その情報をいかに選択し、判断するかは、私たち読者、国民の仕事だと私は思う。
それを新聞各社がよけいなお節介をしてくれたと、思わざるを得ない。社会面に、法廷の全体像が分かる程度のイラストが載せてもらえば、それでよい。
情報にマスコミのフィルターをかけたり、色を付け加えたりはしない方がよいと感じた、新聞記事であった。
※最終更新日時: 06/10/1996 17:06:20
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