デービッド・アトキンソン氏
 1月15日、安倍政権の観光戦略のキーマンとして知られるデービット・アトキンソン氏の東京都内で行われた講演会に参加しました。これには、茨城県の観光物産課長も同席しました。
 デービット・アトキンソン氏は、イギリス生まれ、オックスフォード大学卒業(日本学専攻)後、大手コンサルタント会社や証券会社を経て、ゴールドマンサックス証券会社に入社。ゴールドマンサックス社での活動中、茶道・裏千家に入門。日本の伝統文化に親しみ、創立300年余りの国宝・重要文化財の補修を手掛ける小西美術工藝社に入社、会長兼社長に就任。日本の伝統文化を守りつつ、伝統文化財をめぐる行政や業界の改革への提言を続けています。
 日本政府観光局(JNTO)は2017年6月1日付で、デービッド・アトキンソン氏を非常勤の特別顧問に任命しました。
人口減少社会への処方箋:官民一体となった「観光大国」への戦略
 昨年したためたベストセラー『新・観光立国論』では、人口減少社会となった日本で新たな成長を目指すには、これまでの古い観光の価値観を捨て、官民一体となって戦略的に「観光大国」を目指す以外にない、と主張しています。いくつものファクト(数値)を丹念に積み上げて答えを導き出す手法は、まさにゴールドマンサックス時代に「伝説のアナリスト」と呼ばれた経験と判断力が光っています。 
 アトキンソン氏は、国民1人当たりのGDPのデータをもとに、先進国の中で、潜在能力に対して実力以上の力を発揮できている国はアメリカで、逆に、もっとも実力を発揮できていないのが日本と指摘します。国力のランキングを見ると、日本は必ず上位に入っていますが、それは実力があるからではなく、人口が多いからだけと語り、それを実力があると勘違いしていると辛らつに批判します。「日本の戦後高度成長の最大の起爆剤は、爆発的な人口増にあった」との主張は、「日本の成長は、その技術力の高さと勤勉さにあったのであって、人口が増えたから成長できたわけではない」と多くの反論を受けましたが、数字を冷静に見てみるとアトキンソン氏の主張に軍配が上がります。
 このまま日本が人口が減るのをそのままにしていれば、日本経済は大変なことになります。
 その危機を回避するために、新たな視点で観光業を立て直すことが必要です。「観光は重要な産業」だとアトキンソン氏は断言します。日本の観光業界は、日本特殊論に逃げ込んで、ビジネスチャンスを失っていました。数字をベースに論理的な戦略を立てた、経営ができていなかったのです。
 世界の観光産業は、直接的・間接的および誘発的な影響も含めて、全世界のGDPの10%を占めています。11人に1人を雇用し、すべてのサービス業の輸出額の29%を占めているというデータもあります。しかも、大きな成長が見込める数少ない産業分野です。国連世界観光機関の長期予測では、これから2030年までの間に年平均3.3%の増加が見込まれています。

観光業は短期的移民の増加策!
 世界的にも類例がないほど、日本は人口減少が進んでいます。人口がどんどん減少しています。
 少子化対策を講じて出生率を上げても、すぐに人口が増えるわけではありません。
 となると、外から人を呼んでくるしかない。単純に考えれば移民政策をとればいい。人口が増加すれば、理論上GDPは上向きます。しかし、いまの日本で大胆な移民政策を実施するのは現実的ではないと、アトキンソン氏は語りました。日本の人口減少分を移民で賄おうとすると千万人単位の移民を受け入れる必要がありますが、数百万人の移民を受け入れるだけでイギリスでは深刻な社会問題となりました。移民政策に対しても拒否反応がありますし、日本語がメインの言語環境などを見る限り、移民の受け入れは現実的ないのです。
 そこで「短期移民」を増やすのです。これが、外国人観光客を増やすということなのです。
 一時的に遊びに来る観光客を増やすだけならば、日本の社会システムを大幅に変える必要はありません。たくさんの海外からの観光客が日本を訪れ、一定期間滞在してお金を使ってくれれば、実態として日本の消費人口が増えるのと同じ効果が得られるとの考え方です。

観光立国・タイの実績
日本の観光産業は"タイ"に注目すべし
 日本の観光産業は国際的にみると驚くほど遅れています。アトキンソン氏の試算では、これを世界の平均並みに引き上げるだけでGDPを38兆円押し上げるインパクトがあります。
 数字で見ると日本は想像以上の「観光後進国」です。日本を訪れる外国人観光客数は、国別で見て、2013年時点で世界で27位。香港、マカオ、シンガポールのような都市や小規模国家より海外から訪れる観光客の数が少ないのです。上位には1位フランス、2位アメリカ、3位スペイン、4位中国、5位イタリア、6位トルコ、7位ドイツ、8位イギリス、9位ロシア、10位タイ。欧米諸国が大半を占めています。ここで、タイに注目すべきとアトキンソン氏は提案しました。
 タイの外国人観光客数は2988万人(日本は2460万人)、観光収入は445億5300万ドル(300億ドル)。この差は、5つ星ホテルの数の差だと指摘します。タイの5つ星ホテルの数は110、日本はわずか28しかありません。世界中の富裕層を呼び込むためには、日本にはその受け皿となるホテルの絶対数が足りないのです。

観光産業を成り立たせる4つの資源、自然」「気候」「文化」「食事」
 日本は、潜在能力で測れば、世界屈指の観光資源の豊富な国です。
 観光産業を成り立たせるうえで、不可欠な観光資源は4つ。「自然」「気候」「文化」「食事」です。日本は、この4つの観光資源をすべて有している稀有な国です。
 日本の観光の魅力は何ですか?と聞くと、「おもてなし」と「治安のよさ」との答えが返ってきます。「電車のダイヤが正確だ」という人も多いです。
 しかし、自分が海外旅行に行くとき、目的地をどうやって決めか考えてみましょう。マナーのよさですか。サービスのよさですか。電車が遅れずにやって来ることでしょうか。それを「目的」として、何時間も飛行機に乗り、何十万円もかけて外国旅行をしようと思わないと考えます。「おもてなし」や「治安のよさ」や「ダイヤが正確」というのは、実際に訪れた観光客にとってすれば、最高の顧客サービスです。でも、それを求めて訪れるわけではない。観光の「動機」にはならないのです。
 観光客は、「そこでしか味わえない」気候や自然や文化や食を求めて、異国の地を訪れるのです。アピールすべきは、日本にしかない気候や自然や文化や食事であり、こうした観光資源を気持ちよく消費できるような商品化をする必要があります。
 どうすれば、日本の文化財や自然を世界にアピールし、観光商品化できるか。そのデスティネーションの作り方のポイントは、アクティビティー、解説案内、座る場所、カフェ、食事、宿泊施設の集約できるとアトキンソン氏の主張は明確です。

リッツカールトン中禅寺湖
地方は明確な観光戦略を立て、それを実行しようとしているか"本気度"が問われている 
 講演の締めくくりに質疑応答の時間が設けられました。井手よしひろ県議は、「現在のインバウンドの中心であるいわゆるゴールデンルート以外の茨城県などが、観光産業を推し進めるためにはどのような視点が必要か」と質問しました。
 アトキンソン氏は、「茨城が魅力度ランキング47位なのかというと、それは単純に努力していないから」「観光の魅力はもともと有る無しではなく、作るもの。例えば、高野山も日光も、いろんな施設を人間が作ったから、観光客が訪れる」「3年前に東北のある町に視察に行った。3日間滞在して、数々の観光振興のための提言をしました。しばらくしてもう一回来てほしいと言われた。忙しい日程を調整して1日、前回指摘した場所を回ってみたら、何一つ改善されていなかった。にもかかわらず、また、3回目の講演に来てほしいと言われています。今度は、前回指摘した場所がどのように改善されたかレポート出してくれるよう宿題を出してています」「地方は、本当に観光戦略を立て、それを実行しようとしているのか"本気が問われている"のです」と、本質を突いた回答が寄せられました。
 耳が痛い話でしたが、現在の地方自治体や観光協会などの取り組みの甘さを喝破された思いになりました。観光振興のために、有識者や専門家の講演会などは数多く開催するが、そこでの具体的指摘が実際の問題解決につながっていません。こうした現実をまず改める必要があります。
 茨城県では、大井川新知事のもと"新茨城リゾート構想"を来年度策定することになっています。こうしたアトキンソン氏の講演を十分に生かしていきたいと思います。
(写真は、2020年夏の完成を目指して建設計画が進む5つ星ホテル「ザ・リッツ・カールトン日光」の完成模型)