大地の芸術祭・越後妻有アートトリエンナーレ
大地の芸術祭・越後妻有アートトリエンナーレからの提案
 7月30日、31日の両日、私は県北芸術祭の次回開催のために、新潟県越後妻有地域で開催されている国際芸術祭「大地の芸術祭・越後妻有アートトリエンナーレ2018」を現地調査しました。
 トリエンナーレとの名称が示すように「大地の芸術祭」は3年に1度開催されています。2000年にスタートし、今年で7回目を迎えました。7月29日(日)から9月17日(月)までの51日間開催されます。アジアを中心に44の国・地域の作家335組の作品378点が公開されています。
農業を中心として大地と関わってきた棚田に象徴される“里山”の暮らしが色濃く残る新潟県越後妻有地域(新潟県十日町市と津南町、面積760km2)に、現代アート作品をちりばめ、3年に1度全国から多くのファンを引きつけるイベントです。前回開催(第6回)では人口7万人のこの地域に約51万人が来訪しました。これまでの開催で世界のアーティストが制作した約203の恒久展示作品に加え、今回開催のために175点の新作が加わりました。他の地域芸術祭に比べても恒久展示が多いのものこの芸術祭の特徴です。
 「大地の芸術祭」は、平成6年当時の新潟県知事であった平山征夫氏の提案でスタートしました。平山元知事は“広域地域づくりプロジェクト「ニューにいがた里創プラン」”を提案。新潟県内で6か所を選定し、県が10年間にわたり6億円を支援することで、地域の活性化を図ろうというプロジェクトを展開しました。
 この6つのプロジェクトの一つが「大地の芸術祭」でした。そして、その芸術祭を地域活性化の視点で創り上げ、地域芸術祭の草分けとして発展させたのが、アートディレクターの北川フロム氏です。
 大地の芸術祭の事業費は、2000年の第1回が4億7400万円、第2回4億3590万円、第3回6億7100万円、第4回5億8200万円、第5回6億2400万円でした。県の負担は、平山元知事が作った仕組み通りに、第1回2億3800万円(事業費全体の50.2%)、第2回2億2050万円(50.5%)、第3回1億640万円(24.4%)、第4回以降は全く支出していません。実行委員会では、県の負担分を入場券(パスポート)やマップなどの販売収益や企業(サポーター)からの寄付金や協賛金、文化庁の補助金などで賄っています。
 県が種を蒔き、実行委員会と地元自治体が予算的にも自律して運営していることになります。

茨城県北芸術際
 一方、茨城県は2016年秋、「茨城県北芸術祭」を開催しました。77万6000人の鑑賞客を集め、動員数では大地の芸術祭を上回りました。6億6000万円の事業費の大部分は県が支出しました。周到な準備を重ね、20年という長いときの流れの中で熟成された大地の芸術祭とわずか2年余りの短期間で開催にこぎ着けた県北芸術祭との違いを、予算割合からも垣間見ることが出来ます。
 大地の芸術祭と県北芸術祭のコンセプトで最も著しい違いは、作品の扱い方です。大地の芸術祭は、今回新たに175点の作品が加わり、これまでの開催で世界のアーティストが制作した約203の恒久展示作品とともに、378点の作品が展示されています。大地の芸術祭では単純平均で、毎回40点以上の作品が、恒久作品として残されてきたことになります。一方、県北芸術祭は、南條史生総合ディレクターの芸術作品との「一期一会」との考え方もあり、大部分の作品は会期終了後に撤去されました。県北芸術祭のこの考え方は、数年に一度開催する地域芸術祭を楽しみにするものにとっては大変ワクワクする取り組みです。毎回毎回、新たな感動と出会いの感激を実感できるからです。恒久作品が多くなった大地の芸術祭は、どうしても作品のメンテナンスや費用や手間も掛かり、作品自体が陳腐化しまう傾向もあります。

大地の芸術祭:飯山線アートプロジェクト
 こうした作品に対する考え方の違いは、地域芸術祭を地域の活性化の手段として開催するのか、地域の魅力度をアピールする交流人口拡大の手段として開催するのかという、基本的な哲学の相違によるものだと、今回の視察や地元関係者との意見交換で気づかされました。
 北川氏は、作品を展開するために、集落ごとにアンケートを取り、この地域にはどのような作品を展示して欲しいのか要望を聞くことから始めました。越後妻有地区には250の集落があるといわれますが、北川氏は100以上の集落に直接赴き、住民と対話しながら作品を展開してきました。こうした背景のある作品を、一定の期間が過ぎたら全て撤去するということは出来ないでしょう。したがって、地域のシンボルとして恒久作品が増え続けることになります。
 「大地の芸術祭」の会場を回ってみると、会場の案内も立派な鉄骨や鉄製の恒久的な看板が目立ちます。一方、県北芸術祭のように、のぼり旗で詳細に、分かりやすく開場まで観客を誘導する体制にはなっていません。土地感の来訪者には、新規に作られた作品を探すのは、結構難しいというのが実感です。北川氏から「案内板は極力少なくした方が良い。地域のために、少し迷っていろんな所に行ってもらうのも悪いことではない」との言葉もあったとのおとです。「大地の芸術祭」は、その全てが地域の活性化につながるか、賑わいの創出につながるかに収斂されているのです。

 今回の調査で私が注目したのは、大地の芸術祭の拠点施設であるキナーレで展示された「2018年の<方丈記私記>展〜建築家とアーティストによる四畳半の宇宙〜」と題された作品群です。これは、櫛の歯が欠けたようになってしまった地方都市の中心市街地を再活性化しようとする試みに他なりません。空き店舗、空きビルの一室をアートの力で再活用し、まちの目抜き通りに賑わいを復活させようという企画です。スタンディングバーやカラオケボックなど、ユニークな作品が並んでいます。こんな遊び心からまちは復活するのかもしれないと、期待感が膨らみます。
 また、JR飯山線アートプロジェクトにも注目しました。越後妻有圏域を走るローカル線がJR飯山線です。この飯山線の駅周辺にアートを配し、都市の人々と地域の住民がローカル線の「駅」を基点に交流する飯山線アートプロジェクトが、前々回2012年から始まりました。「駅」がその奥に続く集落や自然への出入り口となることを目指ししています。
 飯山線のようなローカル線は、日本の各地で過疎化や自動車の普及により利用者が減少し、存続そのものが危ぶまれています。越後妻有地域も同様に、大半の観光客は車で来圏し、利用低迷が続いています。飯山線アートプロジェクトは、ローカル線とアートを掛け合わせることによって、ローカル・地域の充実を図り、鉄道が物理的に都市と地方をつなぐ手段であることに留まらず、鉄道そのものが交流の舞台・場となることを目的としています。
 越後妻有圏域には、飯山線の駅が10あります。今回視察できたのは下条駅、越後田沢駅、土市駅の3駅です。特に、台湾のベストセラー絵本作家ジミー・リャオ(幾米)が、越後妻有の里山の四季を織り込みながら彩り豊かに描く、癒しと再生の物語『幸せのきっぷ Kiss&Goodbye』は、大変感動しました。少年の目線で物語は展開しますが、環境や人間、生命といった、ジミーの全作品を貫くテーマが織り込まれています。かわいらしい建造物、絵画や動画、そして絵本のコラボレーションが独特の世界を演出しています。各駅での展示作品のサポートやおもてなしは、商工会議所のメンバーなどに委託されています。まちおこしの一つの可能性を提案してくれています。
 茨城県北芸術祭の山側の企画を、JR水郡線の駅を起点に開催したら大きな可能性があるのではないかと、気づかせてくれました。

茨城県北芸術際
 さてこうした地域芸術祭の先進事例である大地の芸術祭を視察するに付け、県北芸術の大きな可能性を改めて確信しました。第1回目の大成功の経験や反省を踏まえ、県北地域の地方創生のための県北芸術祭について、具体的に以下の4点を提案させていただきます。
  • 茨城県北芸術祭は県北地域の活性化、地方創世のためという目的を再確認し、県と市町村を中核とする実行委員会を強化し、市町村(地域)ごとの特徴を活かし、自主的創造的運営を目指す。
  • 3年に一度、4年に一度という定期的な開催を目指し、県北芸術際を継続的な地域おこし活動の節目節目の一大イベントに昇華する。
  • 広大な面積の県北芸術祭を、「海の芸術祭」「山の芸術祭」と分けて、交互に2年おきに開催する(会場ごとには4年に一度)。
  • 山の芸術祭には、水郡線アートプロジェクトを検討する。