今年の台風19号などによる豪雨災害では、関東、東北地方を中心に多くの河川で堤防が決壊し、各地で浸水被害が相次ぎました。地球温暖化に伴い、将来的な雨量の増加も指摘されています。そうした中で、「水害に強い日本」の構築に向けて、今回の台風災害で被害が甚大化した背景や今後の対策などについて、11月30日付け公明新聞より鼎信次郎・東京工業大学教授の投稿をもとにまとめてみました。
■被害甚大化の背景と対策
温暖化進み雨量1割増/中小河川で増水、バックウオーターが発生
今年の台風19号の特徴は「超巨大雨台風」と称されるように、非常に広範囲にわたって大雨をもたらしたことです。その結果、河川の本流で水位が上昇し、それに伴い支流の水位も増加して川が逆流するような現象「バックウオーター」が発生したことが水害の要因の一つです。本流と比べて河川の整備が進んでいない支流の中小河川で氾濫が多く発生しました。
今から72年前の「カスリーン台風」とよく似ています。カスリーン台風も関東、東北地方を襲い、大雨による洪水などで、死者が1000人を超える甚大な被害を出しました。そういう意味では今回に台風19号被害は、“100年に1度”の台風災害だったと言えます。
気象庁の気象研究所によると、昨年の西日本豪雨では、総雨量のうちの6〜7%が温暖化の影響だと分析されています。今回も少なくとも5〜10%は温暖化の影響があると見られています。つまり、仮に総雨量が500ミリだった場合に、温暖化の影響によって25〜50ミリ程度の雨量が増えているということです。温暖化はこれからも進む。将来的には温暖化の影響の割合が10〜15%になることも予想されるので、ますます雨量は増加していく恐れがあります。
今回の台風災害では、バックウオーターの危険性があらためて浮き彫りとなりました。この対策の中心となるのが、支流の中小河川の整備です。
本流河川は、国が戦後、相当な時間と労力をかけて堤防などの整備を進めてきており、これからは支流河川の整備が急務です。その多くが都道府県や市町村が管理しています。その整備が滞ることがないよう、国がリードすべきです。同時に河川の状態把握に向けた水位計の設置も、今後ますます重要になります。特に上流を中心に多くの観測データが得られれば、洪水予測の精度も上げられます。低コストで設置できる簡易型の水位計はポテンシャル(データ活用の可能性)が高く、日本中に積極的に設置するべきです。
現在の河川の治水計画には温暖化の影響が入っておらず、きちんと考慮された治水計画が求められます。数十年後に同じような規模の台風が来た時に、今回は大丈夫だった場所が次は決壊する恐れもあるということです。温暖化で海面も上昇するので、河川と海沿いの両方を含めた治水計画の見直しが必要です。
ダムの運用についても、発電や農業用水に利用する関係者と調整し、大雨時には、事前に水位を下げておける仕組みを検討することが喫緊の課題です。
■「総合治水対策」の推進を
水害に強いまちづくりに向けて必要な“スポンジ都市”
求められるのは「総合治水」という考え方で、まちの至る所に調節池や、水を地下に浸透させる施設などを数多く造っていくことです。一つ一つの施設は小さくても構いません。総合治水とは、まち全体が雨水を吸収しやすい“スポンジシティー”の構築と言えます。中国では既にスポンジシティーをめざした研究が進められています。これが効果の高い水害対策となります。
具体化には、法整備も必要だ。東日本大震災を受けて、津波対策を講じたまちづくりを進める総合的な法律ができています。水害対策でも法整備が必要です。もう一つ大事なことは、河川氾濫に備えて、川沿いにある本堤とは別に、住宅地側に第2の堤防を造る「二線堤」の整備も重要です。本堤が破られた場合、被害の拡大を防げるよう、二線堤をまちの中に組み込むことが求められています。最初の“守備”だけではなく、万一に備えた二つ目の対策の準備も大切です。
■洪水予測システムの確立必要
住民に最適な情報を伝える洪水予測システムの確立が課題です。例えばイギリスでは、全土を襲った2007年の大洪水を受けて設立された洪水予測センターが、いわば天気予報の河川版として、5日先までの予測を公表しています。
日本においても、この地域の河川は洪水の危険性が高いということを、数日前から、あらかじめ住民に分かりやすく伝える仕組みが作れると思います。日本には、それを実現できるだけの基礎技術もあり、人材もいます。
今回の台風19号では、水位計がなかった中小河川で被害が拡大したことから、水位計の増設が喫緊の課題となっています。
国管理の中小河川では、国土交通省が緊急治水対策プロジェクトを立ち上げ、低コストの水位計(危険管理型水位計)の設置を進めています。2020年度末までに水位監視が必要な河川において、約5800カ所に設置する計画です。
設置にかかるコストは従来の水位計に比べて10分の1以下に低減(1台当たり100万円以下)。電気の供給なしに5年以上稼働でき、長期間にわたってメンテナンスも不要。観測データは住民避難の支援に役立てます。自治体管理の中小河川での普及も期待されます。
また国交省は、河川の状態を撮影できる簡易型カメラを約2000カ所に整備する方針です。「住民の主体的な避難を一層促すため、河川情報発信のさらなる充実をめざす」としています。
■住民の意識改革も重要
マイ・タイムライン(自分の防災行動計画)を準備しておくことは非常に重要です。人間は準備していること以上の行動はできません。自治体作成のハザードマップ(災害予測地図)で、どの場所が浸水しやすいかを事前に確認しておくべきです。今回、被害が出なかった所も、運良く出なかっただけです。ハザードマップに色が付いていない場所でも決して安心してはいけません。
自治体もハザードマップの更新を行うことは当然ですが、凝り過ぎる必要はありません。あくまで「一つの目安」として示すことが大事であり、ハザードマップが未整備の河川を早急になくしていくことが必要です。
「避難」の意識改革も被害を少なくする対策の一つと言えます。避難所に行くことばかりが、避難ではありません。移動中に負傷・死亡することも少なくない。大雨の際、頑丈な建物の上階にいる場合には、外に出ないこと自体が避難になります。
鼎信次郎(かなえ・しんじろう)。1971年生まれ。兵庫県出身。東京大学大学院工学系研究科社会基盤工学専攻博士課程修了。工学博士。専門は河川工学。東京大学准教授、東京工業大学准教授を経て2013年から現職。