川崎市健康安全研究所の岡部信彦所長
 感染症対策の最前線に立ち続けてきた専門家は、新型コロナウイルスの感染拡大をどう見ているのか――。これまで政府の専門家会議の要として国内の対策に当たり、現在も分科会の一員として活躍する川崎市健康安全研究所の岡部信彦所長のインタビューを、聖教新聞8月29日付け、30日付けの記事を要約しました。

 メディアは連日、各地の新型コロナウイルス感染症の感染者数を報じており、私たちはその増減に一喜一憂しています。
 新型コロナが日本を席巻しだしたのは、今年の2月後半からでした。この“未知のウィルス”も、この半年で多くのことが分かってきました。最近の感染者数だけで見れば、緊急事態宣言が出された時を上回っていますが、2月3月の状況とは明らかに様相が違います。もちろん、感染者数が増えるのは好ましくありませんが、この間、疫学情報や検査体制の拡充、診断方法の精度の向上、集団感染の調査、診療の経験とノウハウなどが積み重ねられています。無症状感染者をはじめ、これまで分からなかった人の感染も把握できるようになりました。そうした数も含まれていることに目を向けないと、「正しく恐れる」の「正しく」が抜け、いつまでも「恐れる」ということになってしまいます。
 また今、数として報じられているのは、その日の検査で感染が分かった人数です。集団感染が疑われる人を大勢検査すると数も増えますが、これは、あくまで検査した日であり、“その日に感染者が急増、あるいは減少した”ことを指すわけではありません。感染者の増減を正しく理解するには、感染者がいつ発症したのかを見る必要がありますが、この発症日ごとで見ると、日本での7〜8月の増え方は、いわば高止まりのような状況で、一部では微減傾向になっていることも分かります。
 世界的にも10代以下の子どもたちの感染者数は明らかに少なく、高齢になるほど重症化率、致死率が高くなることから、この感染症は目下、“大人の病気”と言えます。また高齢者でも糖尿病や腎臓病などの基礎疾患のある方が重症化しやすい一方、発症者の約8割の方は軽症で済むことや“発症した人の約8割は他人に感染させていない”ということも分かってきました。
手洗い、マスク、三密対策そして換気
 新型コロナウィルスは、どういう状況で広がっているのでしょうか。最近は会食や職場、家族など、さまざまな状況が挙げられていますが、共通した条件としては、換気の悪い密閉空間に多くの人が密集し、密接して大きな声で会話したり、歌を歌ったりすることで感染が広がっています。ここから「3密」という言葉が生まれましたが、この「3密」が回避されない時に感染が広がっています。また、そのような状況下で手洗いやマスク着用などの対策が行われないと、感染リスクが高まることも分かっています。

 これまで新型コロナウイルスの感染経路では、感染者の飛沫からうつる「飛沫感染」が主な原因とされています。咳やくしゃみ、会話の時に吐き出す飛沫に含まれたウイルスを、他の人が取り込んでしまう「飛沫感染」が主な感染経路です。飛沫は細かい水滴で重さもあり、すぐに地面に落ちるので、人と人の距離を1メートル以上(余裕を持って2メートル以上)に保つことで、感染を防ぐことができます。
 人との距離が近い場合にはマスクの着用が有効で、マスクが飛沫の拡散を防ぐので、感染リスクを減らすことができます。これは感染者がマスクをすることで他の人にうつさないことが主な目的ですが、実際には誰が感染しているか分からないので、近寄る際は“互いのためにマスクを”ということになるのです。
 また、この飛沫に関し、例えば感染者がくしゃみを押さえた手で物を触り、それを他の人が触ってうつることがあります。「接触感染」と呼ばれますが、そうならないためにも、不特定多数が触るような物を触った場合は、その手で顔を触らないことや、小まめに手洗いやアルコール消毒を心掛けることも必要です。
 国立感染症研究所は濃厚接触者の定義を、マスク着用などの必要な予防策なしに「手で触れることのできる距離(目安1メートル)で、15分以上の接触があった」場合としています。この1メートルが人との距離の目安ということでしょうか。また互いにマスクをしていれば、道端で会話したり、満員電車に乗ったりしても、感染リスクはかなり抑えられるます。ただ1メートルといっても、常に距離を測ることは難しい。向かい合う人が互いに腕を伸ばして触れない距離を保つと、その間隔は、ほぼ1メートル以上になります。ですので分かりやすいように「手で触れることのできる距離」という表現になりました。こうした人と人の距離の近い場面で、かつマスクなどの予防策を取っていない際に、感染リスクが高いと言えます。だからといって人とすれ違うだけの瞬間的なことでうつるかというと、そうではありません。互いにマスクをしていれば、会話程度でうつるリスクは著しく低下します。
 満員電車については、1メートルの距離の確保が難しいという状況があるかもしれませんが、公共交通機関では今、エアコンをガンガン付け、一部の窓を開けて空気を入れ替えながら走っています。あの状態なら風も常に流れるし、ウイルスもすっ飛んでしまうはずです。
 一部科学者の間で最近、飛沫の水分が蒸発した小さな粒子を吸い込むことでうつる“空気感染”の可能性が指摘されています。これが本当であれば、飛沫よりも長い時間、空気中を浮遊することができるので、これまでの感染対策では足りないことになります。しかし、もし新型コロナウイルスが結核やはしか、ペストのような空気感染を起こす病気なら、今のような感染者数に収まるはずがなく、もっと拡大しているはずです。空気感染するとしても、その場合の感染レベルは飛沫に比べて低く、実際に感染が起きている場面も極めて少ないと考えられます。

 「飛沫感染」や「空気感染」の可能性を踏まえると、密閉対策としての「換気」が重要となります。建物によって状況は変わるので、明確な基準と言われると難しい面がありますが、大事なのは、それぞれの環境で、どうすれば空気が同じ場所にとどまらず、空気中に飛び出たウイルス濃度を薄められ、希釈してちりぢりにさせられるかを考えることでしょう。理想を言えば、窓を開けっ放しにしておくことが一番でしょうが、この猛暑では、エアコンも使わないと熱中症のリスクを高めてしまいます。また“1時間に何回、窓を開けましょう”といっても、そもそも窓のない場所だってあります。扇風機やエアコンを回して空気の流れを良くするとか、ここの扉は開けておこうとか、それぞれができる範囲で感染リスクを低くする工夫をしていくことが大切です。

 歴史上感染症の大流行は幾度もありました。 その大流行と今回の新型コロナウイルスのパンデミックの違いは、人の動きと情報量の変化です。新型インフルエンザが流行した2009年ごろ、海外からの訪日客は年間で1000万人を下回っていましたが、新型コロナウイルスが流行する前には3000万人を超えていました。
 情報量については、SARS(重症急性呼吸器症候群)が問題となった2003年に比べ、2009年の新型インフルエンザの時には、多くの人がインターネットで情報を得るようになり、メールで情報交換することが普及してきました。そこから10年以上が経過し、今では多くの人がSNSで既成メディア以外の情報を目にし、自らも広く情報発信できるようになりました。そこで個人の見解を述べることは自由ですが、それが全て正しい情報とは限らないので、一人一人には、どれが正しい情報かを見極める力が求められています。
 また、そうした力はマスコミの側には一層、求められています。出回っている情報の中で何が真実かを見極め、専門家の意見などを踏まえて報道していくことが大切です。

感染症は必ず克服できる!――希望信じて共々に
 日本人はまじめで、マスク着用などの基本を大勢の方がしっかりやってくださったから、日本は海外に比べて感染を抑えられているのだと思います。その一方、具体的に伝える難しさも感じます。例えば“レジでの支払いは電子決済で”など、専門家会議が提言した「新しい生活様式」も、あくまで「こういうことをやってみたらいかがですか」という例で示したつもりでしたが、これをすべきであり、しかも全部守らないと感染してしまうと受け取られてしまうこともあります。置かれた状況が違うからこそ、一人一人の応用力が求められているのです。
 私はもともと小児科医ですが、子どもは「あれもダメ、これもダメ」と言うと委縮してしまって、伸び伸びとは育ちません。それは大人も同じで、窮屈になってしまいます。もちろん感染への一定の注意は必要ですが、一人一人が「こういうことならできる」「ここまではできる」という応用力を働かせていくことが重要だと感じます。
 高齢者や基礎疾患のある方々の中には、感染を恐れて家に閉じこもる人もいます。運動不足などにつながり、かえって死亡リスクを高めてしまうのではないかと懸念されます。家に閉じこもってしまうと、運動不足だけでなく、うつうつした状態になり、食事が偏ってしまうリスクもあります。それで退屈になってテレビを見ても、入ってくる情報は新型コロナウイルスの話ばかり。これは、健全ではありません。

 現在は「新しい生活様式」と言われており、これが一生続くのかと不安に感じる方もいるかもしれません。流行が収まらない現段階では、人との距離を保たなければいけない状況ですが、私は、やがてこの距離は縮めていくようにするのがいいと思っています。人間は触れ合い、直接話をし、そして互いの絆を育んでいくものだからです。
 もちろん我慢し、耐えなければならない時もありますが、少しでも多くの人に感染症を防ぐ正しい知識が広がれば、この感染症は必ず乗り切ることができると思います。一日も早く平穏な日常を取り戻せるよう、希望を信じて共々に頑張っていきましょう。

おかべ・のぶひこ 東京慈恵会医科大学卒業。医学博士。専門は小児科学、感染症学、感染症疫学。米国テネシー州バンダービルト大学小児科感染症研究室研究員、WHO(世界保健機関)西太平洋地域事務局伝染性疾患予防対策課長、国立感染症研究所感染症情報センター長などを経て現職。