京都大学こころの未来研究センター・広井良典教授のインタビューから
京都大学こころの未来研究センター広井良典教授 新型コロナウイルスの感染拡大は、東京など大都市に人口や企業が集中するリスクを浮かび上がらせました。東京圏への一極集中を是正し、地方分散型の社会構造に転換する必要性が指摘され、政府が今年7月に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)でも同様の内容が掲げられています。地方分散型社会を実現する意義や課題について、京都大学こころの未来研究センターの広井良典教授のインタビューを、2020年9月23日付けの公明新聞の記事をもとにまとめました。

■都市集中型、もろさ浮き彫り/持続可能性をどう高めるか
――新型コロナが都市部を中心に猛威を振るっている状況をどう捉えているか。
広井良典・京都大学教授 新型コロナは「都市集中型」社会の“もろさ”を浮き彫りにした。実際、感染拡大と、その災禍が際立って大きいのはニューヨークやマドリード、ロンドン、そして東京といった人口の集中度が特に高い数百万人規模の大都市圏である。こうした「都市集中型」の地域は、3密(密閉、密集、密接)が起きやすく、都市環境が劣化している場合も多いので感染が拡大しやすい。日本をはじめ世界で持続可能な社会を築いていくためには「都市集中型」から「地方分散型」へ社会システムを転換しなければならない。
――こうした視点は、コロナ前の研究で明らかだった。
広井教授 2017年に私は、日立製作所と共同でAI(人工知能)を活用し、50年の日本が持続可能であるためには何が必要かシミュレーションし、経済や少子化、環境など約150の指標を掛け合わせて2万通りのシナリオを分析した。結果、「都市集中型か地方分散型か」という論点が日本の持続可能性を左右する本質であることが判明し、地方分散型の方が人々の雇用や健康、幸福の点で優れていた。しかも、その分岐点は25年から27年ごろに来るという。
 このシミュレーションは、新型コロナのようなパンデミック(世界的大流行)を直接的に扱ってはいなかったが、医療システムに関する要因は含まれる。この点で、研究結果とコロナ禍が示す課題が重なったことに驚く一方、地方分散型に転換していくタイミングは今だと強調したい。

――地方分散型社会の必要性は「地方分権」「地方創生」といった言葉に代表されるように長年指摘されてきた。
広井教授 確かに、社会構造を根本的に転換するもので実現は容易ではなく、これまでの時代認識に基づく価値観を改める作業が欠かせない。
 さかのぼれば、日本は明治以降、人口や経済が一気に拡大し、それが顕著だったのが昭和時代だ。いわば「集団で一本の道を上る時代」であり、経済成長という大きな目標に向けて、人やモノなど全てが東京に向かって流れることでうまくいった。しかし、平成の半ば過ぎから人口が減り、経済も停滞が続いたにもかかわらず、昭和の成功体験が忘れられず、引き続き一本道で経済を大きくしようとして問題が起きた。
 令和に入った今、これまでより個人の創造性を伸ばし、仕事やライフスタイルも多様性を認め「分散的」にしていくことが、経済や人口減少にとってもプラスに働き、社会の持続可能性を高めるだろう。ポストコロナにおける社会のあり方として、一人一人が自由に人生をデザインするような包括的な意味での分散型システムへと転換していく必要があるのではないか。

■「少極」から「多極」へ転換を/若者のローカル志向に期待
――日本が地方分散型を進める上で参考になる国は。
広井教授 代表的な国ではドイツが挙げられる。ドイツ国内にはベルリンやハンブルグといった人口100万人を超える都市があるものの、国全体に中小規模の都市や町村が広く散在しており、3密が起きにくい多極構造になっている。新型コロナによる死者数が他の先進国に比べて圧倒的に少ないのは、医療システムの整備もあるが、分散型の街づくりと無縁ではないだろう。
 しかも、各地で地域経済がしっかり循環し、程よい密度で街のにぎわいがあることにも注目したい。ドイツは日本よりも一足早い1960〜70年代に車社会になったが、80年代から街の中心部への車の進入をシャットアウトするなど規制を始め、歩いて楽しめる街づくりへとかじを切っている。中心部はカフェや商店が並ぶコミュニティー空間が広がり、食料や自然エネルギーの地産地消も活発だ。経済と環境、福祉がうまく融合している。

――日本は「東京一極集中」と呼ばれる一方、比較的大きな都市もある。
広井教授 実は、日本で進みつつあるのは「東京一極集中」ではないと考えている。すなわち、札幌、仙台、広島、福岡などの人口増加率は首都圏並みに大きい。例えば、2010年から15年の人口増加率で福岡は東京を上回っている。しかも、これら4都市の地価上昇率の平均も、東京圏を大きく上回る。つまり、現在の日本の構造は「少極集中」と呼ぶべきで、ある意味では地方への分散が進み始めているとも言える。
 しかし、感染症の拡大の観点では3密を回避できないためリスクは高く、事実、これらの都市で感染が拡大した。できるだけ多くの極を作り、国の構造を「分散型」に転換していく取り組みが急がれる。

――そのために必要な視点は何か。
広井教授 日本の未来にとって希望と言えるのが、近年、若い世代のローカル志向が強まっていることだ。農業活性化や再生可能エネルギーに代表される環境、地域の祭りといったテーマに関心の高い学生が多い。こうした志向を支援する政策を強化すべきで、都市から地方に資金が流れるような再分配の仕組みを検討する必要があろう。
 既に、若い世代のローカル志向を支援する取り組みとして「地域おこし協力隊」がある。若者の地方移住や生活支援にも有効で、価値の高い重要な取り組みだ。現在、5000人を超える隊員がいるが、少なくとも1万人規模にまで拡大すべきである。

■地域経済の確立は格差・貧困を防ぐ
――新型コロナは格差や貧困の問題とも直結している。
広井教授 今回のコロナ禍では所得格差が大きい国ほど、被害が大きい傾向がある。0〜1の間で1に近いほど格差が大きいことを示す「ジニ係数」は17年、米国が0.39、英国は0.357、イタリアが0.334と、いずれの国も新型コロナの被害が大きかった。これに対し、ドイツは0.289と低い。
 日本も先進国の中では格差が大きい部類に入るものの、死者数などが少ない点は医療機関の奮闘や国民の強い衛生意識も支えになったと考えられる。今後掘り下げて分析すべきテーマであろう。
 では、新型コロナのような感染症の拡大と貧困・格差がなぜ深く関わるのか。こうした国や地域、社会では貧困層の生活環境が劣悪で感染症の温床となりかねないからだ。同時に、貧困層の居住地域のみならず、中間層も行き来するような都市の「公共空間」が劣化し、都市全体に感染症が拡大しやすくなっている。
 グローバル化による弊害も格差や貧困を生み出す要因になっている。だからこそ、分散型社会で地域経済を確立させて格差拡大や環境劣化を防ぐことが重要だ。今後の経済のあり方は、ローカルな経済循環から出発し、そこからナショナル(全国的な規模)、グローバルへと積み上げていく方向性ではないか。

――ポストコロナは産業のあり方にも影響を及ぼすと言われている。
広井教授 20世紀から21世紀にかけて科学の基本コンセプトは「情報」であった。その重要性は変わらないが、コロナ禍を経て「生命」に関わる領域が、科学や経済構造において中心的な位置を占め、大きく発展していくだろう。
 具体的には、健康・医療、環境、生活・福祉、農業、文化で、いずれの分野も小規模でローカル的性格が強い。こうした産業と分散型社会の実現は親和性が強い。政府だけでなく、社会全体が分散型社会像へのデザインを描き行動に移すことが求められる。

広井良典(ひろい・よしのり) 1961年生まれ。東京大学卒。同大学院修士課程修了。旧厚生省に勤務の後、千葉大学法経学部教授、マサチューセッツ工科大学客員研究員などを経て2016年より現職。専門は公共政策、科学哲学。著書に『ポスト資本主義』『人口減少社会のデザイン』など多数。