中央大学の安念潤司教授 新政権が目玉政策に掲げる社会のデジタル化。政府は、行政の効率化を進める「デジタル庁」の創設に向け、次期通常国会に関連法案を提出する方針です。世界で遅れを取る日本のデジタル化のカギを握るのが、誰もが情報通信技術(ICT)を活用できる環境を創出する「デジタル・ミニマム」社会の構築です。実現の方途について、2020年9月26日付けの公明新聞に掲載された中央大学の安念潤司教授のインタビューをまとめました。

■何が変わる?:経済再生、地方創生促す/裾野広く、各分野に新たな事業
 「デジタル・ミニマム」社会が実現すれば、コロナ禍における経済成長、経済再生につながっていく。コロナ禍であっても、人間と人間とのつながりなしに経済はあり得ない。離れていてできなかったことが、デジタル技術を介することによってできるようになれば、経済にとってもポジティブな影響が出る。
 SNS(会員制交流サイト)やインターネットを今まで使わなかった人が利用できるようになれば、過疎の町にいても世界中の人を相手にビジネスができる。手の不自由な人をサポートするデジタル機器があれば、今度はそれを応用して足や首の障がいに、さらには視覚や聴覚の障がいにと、対応機器は広がっていく。デジタル化社会は、一つのターゲットから派生的にニーズが生まれやすい。裾野が広く、さまざまな分野で新規事業が起こるようになる。
 日本の企業は、他国と比べて「やさしい」「行き届く」ような技術に優れている。デジタル機器の使い勝手の良さでは、世界では負けていない。こうした強みを生かせば、デジタル技術を活用していない世界中の高齢者や障がい者、社会と距離を置く引きこもりがちの人に使ってもらえるはずだ。弱い人にやさしくすることは人助けにもなり、新たな産業の発展、雇用創出に直結する。
 ICTに弱い人でも使いやすい技術を開発する企業は、社会貢献とともに、巨大市場で利潤を追求して好循環に入るだろう。

イメージ
■どう進める?:デジタル・ミニマム社会は、「ローテクとしてのICT化」
 社会に貢献したくてもできない人の社会参加のためにデジタル・ミニマムの理念がある。デジタル・ミニマム社会は、「ローテクとしてのICT化」とも言える。難しい技術も単純な操作で使えるようにしていく。弱い立場の人に徹底して合わせていく考えだ。
 難しいデジタル用語を羅列してはだめで、分かりやすい言葉を使って理解してもらうことが大切。障がい者や高齢者など弱い立場の人の目線に合わせた発想を大事にしたい。例えば、「サインイン」と言われても分からない人は多い。官民挙げて、こうした点もとことん見直してほしい。
 誰がどこにいても、会話や連絡ができ、天気予報や緊急情報まで簡単に得られるデジタル・ミニマム社会では、オンラインで気軽に働くことも可能になる。高齢化率が高い地方でも、労働市場の活性化、新産業創出が起こり、経済の再生、地方創生につながっていく。


■日本の現状:成長分野へ雇用シフト必要/専門人材は約50万人不足する
OECDの統計 経済成長をけん引するデジタル分野で人材が不足している。コロナ禍前から、人間の手仕事はロボットや人工知能(AI)に置き換わりつつあったが、コロナはその流れを一層速めた。
 民間シンクタンクの調べでは、日本における事務職の人員過剰は2022年に100万人超になるとの推計がある。一方で、デジタル技術を使える専門人材は50万人程度不足する。成長する分野への雇用シフトが経済成長には欠かせない。
 労働力の基盤が整えば、経済への波及効果も大きくなるが、日本ではデジタル技術の習得が遅れ気味だ。
 労働市場で求められる再教育の進捗を示す調査では、日本は経済協力開発機構(OECD)の加盟国で最下位。デジタル技能の教育プログラムや定期評価の仕組みが企業に整っていないことが浮き彫りになっている。この指標は、最大値1に近づくほどデジタル教育などが充実していることを示すが、日本は0.15で加盟国平均0.57を大きく下回る。
 一方、必要な労働力の磨き直しに向けては、ICTの活用から取り残された70代以上の高齢者や障がい者、引きこもりがちの人や外国人材への教育訓練がポイントになる。デジタル・ミニマムの理念の下、デジタルディバイド(情報格差)の解消を進めながら、これらの人々の労働市場への参加を促していくことが経済成長には必要だ。

■政府の取り組み:これから触れる人、楽しく学んで
 AI知識を持つ人材を25年までに年間25万人育てる政府目標の達成に向け、予算拡充などの支援強化が求められる。17年度から政府が始めた、デジタル技能訓練費用の7割を助成する制度についても、周知と利用促進、助成拡充が重要だ。新設されるデジタル庁では、こうした教育支援に力を注いでほしい。
 これまでICTに触れる機会の少なかった人たちの支援も重要だ。身近な所で楽しく学習できる環境づくりがカギになる。
 10月から全国11カ所で「デジタル活用支援員」の実証事業がスタートする。地域のNPO(民間非営利団体)やシルバー人材センターなどが担い手となって、高齢者を中心にスマートフォンやパソコンなどの電子機器の使い方や電子申請などのアクセス方法を分かりやすく教える。ICT版の民生委員のような位置付けだ。
 18年度から19年度にかけて全国40カ所で開催してきた「地域ICTクラブ」も拡充すべきだ。社会人を含むあらゆる人が、基本操作をはじめ、プログラミングやロボット操作を教わり、互いに学び合う場になっている。障がいの有無や国籍も問わない。ICTに関心があれば、地域住民が誰でも楽しみながら学べる場所だ。
 身近な所で楽しくICTに触れることができる環境づくりに当たり、カリキュラム化などをしてしまえばユーザーが構えてしまう。苦しむことは、人はなかなかやらない。楽しむための工夫を凝らし、デジタルが良いものだと実感してもらえれば十分だ。
 生活の中にデジタルが自然に入っていくような形が望ましい。特別な知識や経験がなくても、ごく自然に生活の一部としてICTに皮膚感覚でなじんでいけるようにすることをめざしたい。

■今後の課題:IT基本法、見直しを
 2001年に施行されたIT基本法(高度情報通信ネットワーク社会形成基本法)の見直しが必要だ。高速大容量通信などインターネット網の整備は着実に進んでいる。メールやホームページを通じた情報伝達から、買い物や映像配信、災害情報など日常生活での活用をさらに促していくべきだ。
 次世代通信規格「5G」の普及を見据え、国全体で通信基盤強化に全力を挙げ、今後も国の関与を高めていくことが求められる。きめ細かな予算の上乗せも必要だろう。
 デジタル・ミニマム社会推進に当たり、公明党は与党の重要な一角を占めている。その役割を大きく期待している。

安念潤司(あんねん・じゅんじ)
1955年、北海道生まれ。東京大学法学部卒。成蹊大学法学部教授などを経て、2007年から、中央大学大学院法務研究科教授。弁護士。政府の「ICT地域コミュニティ創造部会」部会長を務めた。