令和3年3月18日、茨城県東海村にある東海第二原子力発電所(東海第二原発)について、水戸地裁は重大事故発生時の住民の避難計画に不備があるとして運転を認めない判決を言い渡しました。原発の運転の可否が争われた今までの訴訟にはない、新たな視点での司法判断となりました。
私は、県議会議員現職当時から「東海第二原発は再稼働させず廃炉とし、事業者である日本原子力発電(日本原電)は、原発廃炉の専業事業者に業態を変更するべきだ」と訴えてきました。今回の判決は地裁レベルとはいえ、画期的な判決と評価したいと思います。しかし、原告が運転停止の理由として指摘していないために、当然とはいえ東海第二原発の採算性(経済合理性)には、全く触れられていないことは残念です。
水戸地裁の東海第2原発運転差し止め訴訟
判決:日本原電は、東海第2発電所の原子炉を運転してはならない。
理由:人格権に基づく原子炉運転差止請求に係る具体的危険とは、深層防護の第1から第5の防護レべルのいずれかが欠落しまたは不十分なことをいうものと解した上で、本件訴訟の争点のうち、第1から第4の防護レべルに係る事項については、その安全性に欠けるところがあるとは認められないが、避難計画等の第5の防護レべルについては、本件発電所の原子力災害対策重点区域であるPAZおよびUPZ(おおむね半径30キロ)内の住民は94万人余におよぶところ、原子力災害対策指針が定める防護措置が実現可能な避難計画およびこれを実行し得る体制が整えられているというにはほど遠い状態であり、防災体制は極めて不十分であるといわざるを得ず、PAZおよびUPZ内の住民である原告79名との関係において、その安全性に欠けるところがあると認められ、人格権侵害の具体的危険があると判断した。
東海第二原発は、概ね30km圏内に94万人が住む、人口密集地に存在しています。これだけの人口密集地での原発立地は世界に類例がありません。東京まで直線距離で110キロという、いわば首都圏の喉仏に立地しています。
そのうえ、東海第二原発は稼働から40年超の「老朽原発」でもあります。福島第1原発事故を受けた法改正で、原発の運転期間は原則40年とされました。2018年11月、東海第二原発は運転開始40年の節目を迎えました。日本原電は、「東海第2発電所の運転期間延長認可申請」を原子力規制委員会に提出し、最長20年間の運転延長が認められました。日本原電は、2022年末を目途に安全対策工事を終え、早い段階での再稼働を目指しています。
2011年3月11日の東日本大震災により原子炉は自動停止。外部電源も停止したため、非常用ディーゼル発電機3台を起動して、運転に必要な電源を確保しました。しかし、津波によってディーゼル発電機用海水ポンプ1台が故障したため、残るディーゼル発電機2台で、原子炉冷却に必要な電源を賄いました。その後、外部予備電源が回復し、3月15日0時40分に原子炉水温度が100℃未満の冷温停止状態となったことが確認されました。その間は注水と、水蒸気を逃がすための弁操作の綱渡り的な繰り返しで、冷温停止までにかかった時間も通常の2倍以上であったと報告されています。
高さ6.1m(想定津波高5.7m)の防波壁に到達した津波の高さは5.4mに達しました。工事中であったため防波壁には穴が開いており、そこから侵入した海水によって、全3台の海水ポンプが浸水(その内1台は停止)し、非常用ディーゼル発電機1台が停止しました。日本原電は、「(もう少し、津波高が高かったならば)福島第一の事態になった可能性は否定できない」と述べています。
判決はIAEAの「深層防護」の視点をもとに、避難体制の不備を指摘
判決では原発で事故が起きた際に住民を避難させるための避難計画や体制が整えられていないとする初めての判断を示しました。
東海第二原発で重大な事故が起きた際に、周辺住民を確実に避難させることができるかが問題となりました。
この点に関して、裁判所は「30キロ圏内の住民が避難できる避難計画と体制が整っていなければ、重大事故に対して安全を確保できる防護レベルが達成されているとはいえない」という考えを示しました。
また、「避難計画の策定は14市町村のうち避難が必要な住民が比較的少ない5つの自治体にとどまっていて、人口の多い水戸市などは策定できていない」と現状を指摘しました。
さらに、「すでに策定された計画でも地震などの自然災害による住宅や道路の被害も想定した複数の避難経路を設定していないほか、県の計画でも避難時の検査を行う要員の確保や、資機材の調達などが今後の検討課題となっている」と指摘しました。
そのうえで「実現可能な避難計画や実行できる体制が整えられていると言うには程遠い状態で、防災体制は極めて不十分だと言わざるをえない」と判断し再稼働を認めませんでした。
一方、争点の1つとなった「基準地震動」の設定について、裁判所は日本原電が算出した方法は「合理性がある」と指摘しました。
原告が考慮すべきだと主張した大きな地震波「強震動パルス」については、「東海第二原発の敷地は強震動パルスが発生するような地盤であるとは認められない」と指摘したうえで「原子力規制委員会が審査に適合するとした判断に見過ごせない誤りや欠落があるとは認められない」と判断しました。
また、津波の高さや被害の想定に関しては、「東日本大震災の際に漂流した船の挙動や日本原電が想定している津波の高さを見ても、原発に向かって大型の船舶が漂流してくることは直ちには認められない」とし、原告の主張を退けました。
このほか、火山の噴火による影響や重大事故が起きた際の対策などについても原告の主張を退けました。
今回の判決では原発そのものの安全性については「規制委員会の審査に見過ごせない誤りや欠落があるとまでは認められない」などと判断しました。
しかし「絶対的な安全性を確保することは困難だ」としていわば最後のとりでともいえる、事故が起きた場合の避難計画や避難体制が実効性を伴って整備されないかぎりは、原発を動かしてはならないという判断を示したものです。
原発の安全対策は国際原子力機関(IAEA)の基準である「深層防護」という考え方に従って行われています。安全対策を耐震性など5段階に分け、ある段階で機能しなくても、次で被害を防ぐ考え方です。
判決はその考え方に沿って、第1〜4段階の安全性は認めたが、第4段階が破られて大量の放射性物質が漏れた際の第5段階である避難計画が、14自治体のうち9自治体で策定できていないと指摘したのです。
計画のある県と5自治体でも第2の避難先や代替避難経路の確保などの検討課題が残るとして「体制が整っているというにはほど遠い」と結論付けました。
原発事故の際の住民避難の困難さは福島第1原発の事故が浮き彫りにしています。住民は避難情報も放射線量などの情報も少ない中、自己判断の避難を強いられました。
茨城県の推計では東海第2原発の事故時、実際の避難には5キロ圏内だけでも400〜500台のバスと800〜1000台の福祉車両が必要とされています。人口の85%は自家用車で避難する想定で大渋滞が懸念されます。避難計画があったとしても、現実に対応できるとは思われません。
原発をめぐる司法判断は上級審で覆される?
原子力発電所をめぐって裁判所が住民側の訴えを認めたケースは、これで10件となりました。福島第一原発事故の後では8件となります。
原子力発電所の運転停止や設置許可の取り消しを求める訴えは、昭和40年代後半から各地の裁判所に起こされましたが、「具体的な危険があるとはいえない」などとして退けられてきました。
平成15年に福井県の高速増殖炉「もんじゅ」をめぐる裁判で、名古屋高裁金沢支部が国の設置許可を無効とする判決を言い渡し、これが住民側の訴えを認めた初めての判決でしたが、最高裁では取り消されました。
平成18年には、金沢地裁が石川県の志賀原発2号機の運転停止を命じる判決を言い渡しましたが、これは高裁で取り消されました。
こうした中、10年前の平成23年に福島第一原発の事故が起きると、その後、住民側の訴えを認める司法判断が増えました。
平成26年には、福井地裁が福井県の大飯原発3号機と4号機の運転停止を命じる判決を言い渡しましたが、高裁で取り消されています。
また、運転停止を命じる仮処分の決定も相次ぎ、福井県の高浜原発3号機と4号機では、平成27年に福井地裁、平成28年には大津地裁が2度にわたって運転停止を命じました。関西電力は平成28年3月、大津地裁の1回目の決定が出た際に運転中だった3号機の原子炉を停止させ、司法の判断で運転中の原発が停止した初めてのケースとなりました。しかしその後、運転停止の決定は高裁で取り消され、高浜原発3・4号機は再び運転を始めました。
また、愛媛県の伊方原発3号機では平成29年と去年1月に広島高裁が2度、運転停止を命じる仮処分の決定を出しました。平成29年の決定はその後、取り消され、去年1月の決定については、今年3月、広島高裁の別の部で取り消されました。
さらに去年12月、大阪地裁が大飯原発3号機と4号機の国の設置許可を取り消す判決を言い渡しました。設置許可に関して住民側の訴えを認めた判決は、平成15年の高速増殖炉「もんじゅ」をめぐる判決以来2件目で、福島第一原発の事故後、初めての判断でした。
そして令和3年3月18日、水戸地裁が東海第二原発の再稼働を認めない判決を言い渡しました。
先にも述べたように、水戸地裁の判断は、これまでの裁判の視点を大きく変えるものです。原告、被告ともに上訴していますので、高裁の判断が注目されます。
東海第2原発訴訟/運転再開に自治体の責任重い
東海第2原発を巡る訴訟で、水戸地裁は避難計画の不備に言及しています。避難計画は、策定が求められる半径30キロ圏内の茨城県14市町村のうち、5市町がまとめたにとどまっています。
茨城県が現行の広域避難計画で定める東海第2の避難対象は、半径30キロ圏内の14市町村に住む約94万人。第1の避難先として、県内の30キロ圏外と近隣5県の計131市町村を想定していますが、原発の単独事故を前提とした内容にとどまっています。
複合災害時の避難先やバス・福祉車両の確保、安定ヨウ素剤を緊急配布する人員の確保など、多くの課題があります。
例えば、移動手段については自家用車で避難できない住民について、バスや福祉車両を確保するため、自治体は交通機関などと協議を進めている。迅速に配車するための指令の整備も問題となっています。
原発5キロ圏内(PAZ)だけでも、バスが約400〜500台、福祉車両が約800〜1000台必要と推計されています。
そもそも、住民が自主的に避難することを統制することができるのでしょうか?少なくても、現状の日本には戒厳令等の強制力のある法令はありません。皆がこぞって、自家用車で避難を始めたら大きなパニックが想定されるだけです。
策定後も、広報紙などによって県民へ周知することに加え、議会の承認などを経なくてはなりません。
茨城県や東海村をはじめとして地元6市村と日本原電は安全協定を締結してます。再稼働について、この協定は「事前協議で実質的に事前了解を得る」と定めています。周辺市町村は「1市村でも納得しなければ再稼働に進めない」との受け止めています。事実上の同意権を、県と立地市町村だけでなく、周辺まで広げた「茨城方式」は、今後の再稼働の動きを左右する大きな鍵となります。
避難計画の策定、その上に課された再稼働への判断、2重の意味で周辺市町村の責任は、今回の水戸地裁判決で益々重くなりました。
東海第二原発を巡る経済合理性
東海第2原発の再稼働に必要な安全対策費は、3000億円といわれています。
安全対策費は、再稼働前と再稼働後の2段階で必要となります。まず再稼働前の2022年末までに、約1200億円が必要となります。この資金計画は、東京電力が8割の約960億円、東北電力が2割の約240億円を負担します。東電は、東海第二から将来得る電気の料金の「前払い」と位置づけ、銀行からの借り入れで賄う見通しです。一方、東北電は前払いか、原電の銀行借り入れへの債務保証の形で支援します。
再稼働時期を仮に4年後の2023年1月と想定すると、稼働後の安全対策費は、2023年1月〜24年3月に、約1800億円が必要です。
日本原電は、みずほ銀行等の銀行団から借り入れるとしており、この借り入れに対して東電が約960億円、東北電が約240億円、中部電など3社が計約600億円を債務保証するとされています。
東海第2原発から受電しない関電、中部電、北陸電も、原電の敦賀原発2号機から受電していたことを理由として支援団に加わわります。
原電は保有する原発4基のうち、すでに2基が廃炉作業中で、再稼働を見込める原発は東海第二しかありません。東海第二が稼動できなければ、原電は収入源がなくなり、経営が破たんします。電力各社は、原電の株主でもあることから、原電が破綻すると巨額の損失を被る可能性があります。そのため、横並びの支援体制を検討しています。
そもそも、原電は2012年以降、全く発電を行っていません。東電、関電、中部電、北陸電、東北電から、毎年1000億円以上の電気料金収入を得て延命している状況です。その総額は、2017年度までに7350億円にものぼっています。逆に言えば、電力各社は、すでに8年もの間、日本原電に対して巨額の電気料金を払い続けていることになります。これは総括原価方式により国民の負担する電気料金に上乗せされています。すなわち、原電の延命のための資金を、全国の電力ユーザーが少しずつ負担していることとなります。なかでも最も高額の基本料金を支払っているのは東電であり、2011年度〜2017年度で累計3228億円を支出しています。
敦賀原発第1、第2、東海第2原発が動いていた2003〜2010年の純利益の平均は17億円です。2011年〜2017年の平均は25億円の赤字です。
東海第2原発を再稼働できたとしても、敦賀1号機、東海原発の2つの廃炉費用を捻出しつつ、2010年以前の経営状態に戻すことは難しいでしょう。
一方、今回見積もられた安全対策費3000億円を、延長が認められた20年で回収するためには、単純計算で年間150億円の収益を上げる必要があります。正確には2023年の再稼働予定では、16年間で回収しなくてはならず、年間187憶円必要となります。ちなみに原電の東日本大震災の前年、2010年度の売上げは1751憶円、利益は124億円です。素人目にも、この数字から3000憶円もの借り入れをどのように返済していくのか、その難しさがうかがわれます。
今回の水戸地裁の判決により、裁判の決着には相当の時間が要することになりました。安全対策工事が順調に進んでも、2023年中の再稼働は望めないでしょう。稼働期間は16年からなお一層短くなります。その分、年度ごとの収益見込みは厳しくなります。発電事業者の収益は、国民の負担で補填されることを再確認しなければなりません。
今回、この問題は裁判では議論されませんでした。しかし、東海第二原発再稼働を巡る議論の中で、本当は真っ先に問われる課題であると考えます。
「東海第二原発は再稼働させず廃炉とし、事業者である日本原子力発電(日本原電)は、原発廃炉の専業事業者に業態を変更するべきだ」と、文末に今一度、訴えさせていただきます。
東海第2原発運転差し止め訴訟判決要旨
【主文】
1.被告は、79の各原告との関係で、東海村大字白方1番の1において、東海第2発電所の原子炉を運転してはならない。
2.その余の原告らの請求をいずれも棄却する。
3.訴訟費用は、第1項記載の原告らに生じた費用の全部と被告に生じた費用の224分の79を被告の負担とし、その余の原告らに生じた費用の全部と被告に生じたその余の費用を同原告らの負担とする。
【事案の概要】
本件は、茨城県外1都1府8県に居住する原告らが、被告に対し、被告が茨城県東海村内に設置する東海第二発電所(以下「本件発電所」という)の原子炉の運転により、原告らの人格権が侵害される具体的危険性があるとして、人格権に基づく妨害予防請求として、本件発電所の原子炉の運転の差止めを求める事案である。
【理由の骨子】
当裁判所は、人格権に基づく原子炉運転差止請求に係る具体的危険とは、深層防護の第1から第5の防護レべルのいずれかが欠落しまたは不十分なことをいうものと解した上で、本件訴訟の争点のうち、第1から第4の防護レべルに係る事項については、その安全性に欠けるところがあるとは認められないが、避難計画等の第5の防護レべルについては、本件発電所の原子力災害対策重点区域であるPAZおよびUPZ(おおむね半径30キロ)内の住民は94万人余におよぶところ、原子力災害対策指針が定める防護措置が実現可能な避難計画およびこれを実行し得る体制が整えられているというにはほど遠い状態であり、防災体制は極めて不十分であるといわざるを得ず、PAZおよびUPZ内の住民である原告79名との関係において、その安全性に欠けるところがあると認められ、人格権侵害の具体的危険があると判断した。
【各争点についての判断の要旨】
1.深層防護の第1から第4の防護レべルについて
本件訴訟の争点のうち、基準地震動の策定および施設の耐震性、基準津波の策定および津波漂流物の想定、火山による気中降下火砕物対策、内部火災対策、重大事故等対策の有効性評価、本件発電所の維持管理ならびに東海再処理施設との複合災害は、深層防護の第1から第4の防護レべルに相当する事項であるが、いずれも、具体的審査基準に不合理な点があるとは認められず、また、原子力規制委員会の適合性判断の過程に看過しがたい過誤、欠落があるとまでは認められない。
2.深層防護の第5の防護レベルについて
(1)人口帯との離隔に係る立地審査がないことについて
原子力委員会が1964年に決定し、原子力安全委員会が89年に一部改訂した。立地審査指針には、重大事故を超えるような大きな事故が発生しても、周辺の公衆に著しい放射線被害を与えないようにするため、原子炉から一定の範囲については、低人口地帯とすることを求めるものがあった。原子力規制委員会は、立地審査指針策定当時よりも、災害対策基本法および原子力災害対策特別措置法などによって原子力防災体制が大幅に充実強化されたという理由で、原子炉から一定の範囲を低人口地帯とする立地審査を採用していない。
しかし、発電用原子炉施設周辺に放射性物質が異常に放出されるという緊急事態において、数万あるいは数十万人の住民が一定の時間内に避難することはそれ自体相当に困難を伴うものである上、原子力災害は、地震、津波などの自然災害に伴って発生することも当然に想定されなければならず、人口密集地帯の原子力災害における避難が容易ではないことは明らかであることに照らすと、現行法による原子力災害対策をもってすれば、発電用原子炉施設の周辺がいかに人口密集地帯であろうと、実効的な避難計画を策定し深層防護の第5の防護レべルの措置を担保することができるといえるのかについては疑問があるといわなければならない。
(2)避難計画について
ア.深層防護の第5の防護レべルとしての避難計画について
深層防護の第5の防護レべルが達成されているというためには、少なくとも、原子力災害対策指針において、原子力災害対策重点区域、すなわちPAZおよびUPZにおいて、全面緊急事態に至った場合、同指針による段階的避難などの防護措置が実現可能な避難計画およびこれを実行し得る体制が整っていなければならないというべきである。そして、原子力災害対策指針において、警戒事態を判断するための基準として、震度6弱以上の地震の発生、大津波警報の発表、設計基準を超える竜巻、洪水、台風、火山などの外部的事象の発生が挙げられていることなどに照らすと、深層防護の第1から第4までの防護レべルについて、発電用原子炉施設が災害の防止上支障がないとする基準適合性審査をするに当たり、設置許可基準規則4-6条が地震、津波およびその他の自然現象に対する安全性を検討していることと同様に、深層防護の第5の防護レべルについても、大規模地震、大津波、火山の噴火などの自然現象による原子力災害を想定した上で、実現可能な避難計画が策定され、これを実行し得る防災体制が整っていなければ、PAZおよびUPZの住民との関係において、深層防護の第5の防護レべルが達成されているということはできない。
イ.茨城県、PAZおよびUPZの市町村の避難計画について
(ア)本件発電所のPAZの人口は約6.4万人、UPZの人口は約87.4万人であり、PAZ・UPZの合計は94万人余に及んでいる。
PAZの住民は全面緊急事態に至った場合、原則として自家用車によりUPZ区域外に避難するとされているところ、PAZの住民6万人余が一斉に避難するだけでも避難経路の混雑ないし渋滞が容易に想定されるが、全面緊急事態にあってUPZの87万人余からも相当程度の住民が無秩序に自主避難を行った場合には、避難経路はたちまち重度の渋滞を招来し、PAZおよびUPZの住民の双方が短時間で避難することは困難となる。したがって、まずは避難経路が集中しないように、PAZ・UPZ全域を通じて調整された合理的な避難経路の確立およびその周知は必要不可欠である。
そして、全面緊急事態に至った場合において、PAZの住民については放射性物質が放出される前に先行して避難を行い、UPZの住民は屋内退避をした上で放射性物質の放出後に指示を待って避難するという段階的避難の枠組みについては、特に本件のようにPAZ・UPZ合計94万人余の人口を抱える地域では、UPZの住民の理解と協力なくしては実現し得ないといえるところ、そのためには、UPZの住民に対する防護措置すなわち、屋内退避の安全性確保、緊急モニタリングおよび迅速な避難指示伝達制度の確立ならびに避難退域時検査体制の確立が必要不可欠であり、これらの安全対策が確保された上で、UPZの住民にこれらの対策が確保されていることから段階的避難によって安全が図られることが周知されていなければならない。
(イ)茨城県広域避難計画は15年3月に策定されているものの、それから5年余を経過した本件口頭弁論終結時までに原子力災害広域避難計画を策定した市町村は、PAZおよびUPZの14市町村のうち、相対的に避難対象人口の少ない5つの自治体にとどまる。これに対し、市全域がPAZまたはUPZとなりかつ15万人以上の避難対象人口を抱える日立市およびひたちなか市や、市全域がUPZとなり避難対象人口27万人余を抱える水戸市は、いずれも原子力災害広域避難計画の策定に至っていない。
次に、策定された茨城県広域避難計画および5自治体の原子力災害広域避難計画についてみてみると、地震などの自然災害を前提として実現可能な避難計画が策定されるべきことは前記のとおりであって、例えば、大規模地震が発生した場合については、住宅が損壊し、道路が寸断することをも想定すべきところ、住宅が損壊した場合の屋内退避については具体的に触れるところがなく、道路の寸断がある場合については、茨城県広域避難計画において、県および市町村は大規模地震などにより被災し通行不能となった道路などの情報を迅速に提供するものと記載されているにとどまり、住民への情報提供手段は今後の課題とされ、自然災害を想定した複数の避難経路の設定はされていない。また、茨城県広域避難計画は、複合災害時におけるモニタリング機能の維持、災害対策本部機能の維持および第2の避難先の確保、避難退域時検査を実施する要員の確保、資機材の調達、実施場所の確保などを今後の検討課題としており、5つの自治体の原子力災害広域避難計画についても、災害対策本部の機能維持、複合災害時における第2の避難先や代替避難経路の確保など今後の検討課題を抱えている。
そのうえ、東海第二原発は稼働から40年超の「老朽原発」でもあります。福島第1原発事故を受けた法改正で、原発の運転期間は原則40年とされました。2018年11月、東海第二原発は運転開始40年の節目を迎えました。日本原電は、「東海第2発電所の運転期間延長認可申請」を原子力規制委員会に提出し、最長20年間の運転延長が認められました。日本原電は、2022年末を目途に安全対策工事を終え、早い段階での再稼働を目指しています。
2011年3月11日の東日本大震災により原子炉は自動停止。外部電源も停止したため、非常用ディーゼル発電機3台を起動して、運転に必要な電源を確保しました。しかし、津波によってディーゼル発電機用海水ポンプ1台が故障したため、残るディーゼル発電機2台で、原子炉冷却に必要な電源を賄いました。その後、外部予備電源が回復し、3月15日0時40分に原子炉水温度が100℃未満の冷温停止状態となったことが確認されました。その間は注水と、水蒸気を逃がすための弁操作の綱渡り的な繰り返しで、冷温停止までにかかった時間も通常の2倍以上であったと報告されています。
高さ6.1m(想定津波高5.7m)の防波壁に到達した津波の高さは5.4mに達しました。工事中であったため防波壁には穴が開いており、そこから侵入した海水によって、全3台の海水ポンプが浸水(その内1台は停止)し、非常用ディーゼル発電機1台が停止しました。日本原電は、「(もう少し、津波高が高かったならば)福島第一の事態になった可能性は否定できない」と述べています。
判決はIAEAの「深層防護」の視点をもとに、避難体制の不備を指摘
判決では原発で事故が起きた際に住民を避難させるための避難計画や体制が整えられていないとする初めての判断を示しました。
東海第二原発で重大な事故が起きた際に、周辺住民を確実に避難させることができるかが問題となりました。
この点に関して、裁判所は「30キロ圏内の住民が避難できる避難計画と体制が整っていなければ、重大事故に対して安全を確保できる防護レベルが達成されているとはいえない」という考えを示しました。
また、「避難計画の策定は14市町村のうち避難が必要な住民が比較的少ない5つの自治体にとどまっていて、人口の多い水戸市などは策定できていない」と現状を指摘しました。
さらに、「すでに策定された計画でも地震などの自然災害による住宅や道路の被害も想定した複数の避難経路を設定していないほか、県の計画でも避難時の検査を行う要員の確保や、資機材の調達などが今後の検討課題となっている」と指摘しました。
そのうえで「実現可能な避難計画や実行できる体制が整えられていると言うには程遠い状態で、防災体制は極めて不十分だと言わざるをえない」と判断し再稼働を認めませんでした。
一方、争点の1つとなった「基準地震動」の設定について、裁判所は日本原電が算出した方法は「合理性がある」と指摘しました。
原告が考慮すべきだと主張した大きな地震波「強震動パルス」については、「東海第二原発の敷地は強震動パルスが発生するような地盤であるとは認められない」と指摘したうえで「原子力規制委員会が審査に適合するとした判断に見過ごせない誤りや欠落があるとは認められない」と判断しました。
また、津波の高さや被害の想定に関しては、「東日本大震災の際に漂流した船の挙動や日本原電が想定している津波の高さを見ても、原発に向かって大型の船舶が漂流してくることは直ちには認められない」とし、原告の主張を退けました。
このほか、火山の噴火による影響や重大事故が起きた際の対策などについても原告の主張を退けました。
今回の判決では原発そのものの安全性については「規制委員会の審査に見過ごせない誤りや欠落があるとまでは認められない」などと判断しました。
しかし「絶対的な安全性を確保することは困難だ」としていわば最後のとりでともいえる、事故が起きた場合の避難計画や避難体制が実効性を伴って整備されないかぎりは、原発を動かしてはならないという判断を示したものです。
原発の安全対策は国際原子力機関(IAEA)の基準である「深層防護」という考え方に従って行われています。安全対策を耐震性など5段階に分け、ある段階で機能しなくても、次で被害を防ぐ考え方です。
判決はその考え方に沿って、第1〜4段階の安全性は認めたが、第4段階が破られて大量の放射性物質が漏れた際の第5段階である避難計画が、14自治体のうち9自治体で策定できていないと指摘したのです。
計画のある県と5自治体でも第2の避難先や代替避難経路の確保などの検討課題が残るとして「体制が整っているというにはほど遠い」と結論付けました。
原発事故の際の住民避難の困難さは福島第1原発の事故が浮き彫りにしています。住民は避難情報も放射線量などの情報も少ない中、自己判断の避難を強いられました。
茨城県の推計では東海第2原発の事故時、実際の避難には5キロ圏内だけでも400〜500台のバスと800〜1000台の福祉車両が必要とされています。人口の85%は自家用車で避難する想定で大渋滞が懸念されます。避難計画があったとしても、現実に対応できるとは思われません。
原発をめぐる司法判断は上級審で覆される?
原子力発電所をめぐって裁判所が住民側の訴えを認めたケースは、これで10件となりました。福島第一原発事故の後では8件となります。
原子力発電所の運転停止や設置許可の取り消しを求める訴えは、昭和40年代後半から各地の裁判所に起こされましたが、「具体的な危険があるとはいえない」などとして退けられてきました。
平成15年に福井県の高速増殖炉「もんじゅ」をめぐる裁判で、名古屋高裁金沢支部が国の設置許可を無効とする判決を言い渡し、これが住民側の訴えを認めた初めての判決でしたが、最高裁では取り消されました。
平成18年には、金沢地裁が石川県の志賀原発2号機の運転停止を命じる判決を言い渡しましたが、これは高裁で取り消されました。
こうした中、10年前の平成23年に福島第一原発の事故が起きると、その後、住民側の訴えを認める司法判断が増えました。
平成26年には、福井地裁が福井県の大飯原発3号機と4号機の運転停止を命じる判決を言い渡しましたが、高裁で取り消されています。
また、運転停止を命じる仮処分の決定も相次ぎ、福井県の高浜原発3号機と4号機では、平成27年に福井地裁、平成28年には大津地裁が2度にわたって運転停止を命じました。関西電力は平成28年3月、大津地裁の1回目の決定が出た際に運転中だった3号機の原子炉を停止させ、司法の判断で運転中の原発が停止した初めてのケースとなりました。しかしその後、運転停止の決定は高裁で取り消され、高浜原発3・4号機は再び運転を始めました。
また、愛媛県の伊方原発3号機では平成29年と去年1月に広島高裁が2度、運転停止を命じる仮処分の決定を出しました。平成29年の決定はその後、取り消され、去年1月の決定については、今年3月、広島高裁の別の部で取り消されました。
さらに去年12月、大阪地裁が大飯原発3号機と4号機の国の設置許可を取り消す判決を言い渡しました。設置許可に関して住民側の訴えを認めた判決は、平成15年の高速増殖炉「もんじゅ」をめぐる判決以来2件目で、福島第一原発の事故後、初めての判断でした。
そして令和3年3月18日、水戸地裁が東海第二原発の再稼働を認めない判決を言い渡しました。
先にも述べたように、水戸地裁の判断は、これまでの裁判の視点を大きく変えるものです。原告、被告ともに上訴していますので、高裁の判断が注目されます。
東海第2原発訴訟/運転再開に自治体の責任重い
東海第2原発を巡る訴訟で、水戸地裁は避難計画の不備に言及しています。避難計画は、策定が求められる半径30キロ圏内の茨城県14市町村のうち、5市町がまとめたにとどまっています。
茨城県が現行の広域避難計画で定める東海第2の避難対象は、半径30キロ圏内の14市町村に住む約94万人。第1の避難先として、県内の30キロ圏外と近隣5県の計131市町村を想定していますが、原発の単独事故を前提とした内容にとどまっています。
複合災害時の避難先やバス・福祉車両の確保、安定ヨウ素剤を緊急配布する人員の確保など、多くの課題があります。
例えば、移動手段については自家用車で避難できない住民について、バスや福祉車両を確保するため、自治体は交通機関などと協議を進めている。迅速に配車するための指令の整備も問題となっています。
原発5キロ圏内(PAZ)だけでも、バスが約400〜500台、福祉車両が約800〜1000台必要と推計されています。
そもそも、住民が自主的に避難することを統制することができるのでしょうか?少なくても、現状の日本には戒厳令等の強制力のある法令はありません。皆がこぞって、自家用車で避難を始めたら大きなパニックが想定されるだけです。
策定後も、広報紙などによって県民へ周知することに加え、議会の承認などを経なくてはなりません。
茨城県や東海村をはじめとして地元6市村と日本原電は安全協定を締結してます。再稼働について、この協定は「事前協議で実質的に事前了解を得る」と定めています。周辺市町村は「1市村でも納得しなければ再稼働に進めない」との受け止めています。事実上の同意権を、県と立地市町村だけでなく、周辺まで広げた「茨城方式」は、今後の再稼働の動きを左右する大きな鍵となります。
避難計画の策定、その上に課された再稼働への判断、2重の意味で周辺市町村の責任は、今回の水戸地裁判決で益々重くなりました。
東海第二原発を巡る経済合理性
東海第2原発の再稼働に必要な安全対策費は、3000億円といわれています。
安全対策費は、再稼働前と再稼働後の2段階で必要となります。まず再稼働前の2022年末までに、約1200億円が必要となります。この資金計画は、東京電力が8割の約960億円、東北電力が2割の約240億円を負担します。東電は、東海第二から将来得る電気の料金の「前払い」と位置づけ、銀行からの借り入れで賄う見通しです。一方、東北電は前払いか、原電の銀行借り入れへの債務保証の形で支援します。
再稼働時期を仮に4年後の2023年1月と想定すると、稼働後の安全対策費は、2023年1月〜24年3月に、約1800億円が必要です。
日本原電は、みずほ銀行等の銀行団から借り入れるとしており、この借り入れに対して東電が約960億円、東北電が約240億円、中部電など3社が計約600億円を債務保証するとされています。
東海第2原発から受電しない関電、中部電、北陸電も、原電の敦賀原発2号機から受電していたことを理由として支援団に加わわります。
原電は保有する原発4基のうち、すでに2基が廃炉作業中で、再稼働を見込める原発は東海第二しかありません。東海第二が稼動できなければ、原電は収入源がなくなり、経営が破たんします。電力各社は、原電の株主でもあることから、原電が破綻すると巨額の損失を被る可能性があります。そのため、横並びの支援体制を検討しています。
そもそも、原電は2012年以降、全く発電を行っていません。東電、関電、中部電、北陸電、東北電から、毎年1000億円以上の電気料金収入を得て延命している状況です。その総額は、2017年度までに7350億円にものぼっています。逆に言えば、電力各社は、すでに8年もの間、日本原電に対して巨額の電気料金を払い続けていることになります。これは総括原価方式により国民の負担する電気料金に上乗せされています。すなわち、原電の延命のための資金を、全国の電力ユーザーが少しずつ負担していることとなります。なかでも最も高額の基本料金を支払っているのは東電であり、2011年度〜2017年度で累計3228億円を支出しています。
敦賀原発第1、第2、東海第2原発が動いていた2003〜2010年の純利益の平均は17億円です。2011年〜2017年の平均は25億円の赤字です。
東海第2原発を再稼働できたとしても、敦賀1号機、東海原発の2つの廃炉費用を捻出しつつ、2010年以前の経営状態に戻すことは難しいでしょう。
一方、今回見積もられた安全対策費3000億円を、延長が認められた20年で回収するためには、単純計算で年間150億円の収益を上げる必要があります。正確には2023年の再稼働予定では、16年間で回収しなくてはならず、年間187憶円必要となります。ちなみに原電の東日本大震災の前年、2010年度の売上げは1751憶円、利益は124億円です。素人目にも、この数字から3000憶円もの借り入れをどのように返済していくのか、その難しさがうかがわれます。
今回の水戸地裁の判決により、裁判の決着には相当の時間が要することになりました。安全対策工事が順調に進んでも、2023年中の再稼働は望めないでしょう。稼働期間は16年からなお一層短くなります。その分、年度ごとの収益見込みは厳しくなります。発電事業者の収益は、国民の負担で補填されることを再確認しなければなりません。
今回、この問題は裁判では議論されませんでした。しかし、東海第二原発再稼働を巡る議論の中で、本当は真っ先に問われる課題であると考えます。
「東海第二原発は再稼働させず廃炉とし、事業者である日本原子力発電(日本原電)は、原発廃炉の専業事業者に業態を変更するべきだ」と、文末に今一度、訴えさせていただきます。
東海第2原発運転差し止め訴訟判決要旨
【主文】
1.被告は、79の各原告との関係で、東海村大字白方1番の1において、東海第2発電所の原子炉を運転してはならない。
2.その余の原告らの請求をいずれも棄却する。
3.訴訟費用は、第1項記載の原告らに生じた費用の全部と被告に生じた費用の224分の79を被告の負担とし、その余の原告らに生じた費用の全部と被告に生じたその余の費用を同原告らの負担とする。
【事案の概要】
本件は、茨城県外1都1府8県に居住する原告らが、被告に対し、被告が茨城県東海村内に設置する東海第二発電所(以下「本件発電所」という)の原子炉の運転により、原告らの人格権が侵害される具体的危険性があるとして、人格権に基づく妨害予防請求として、本件発電所の原子炉の運転の差止めを求める事案である。
【理由の骨子】
当裁判所は、人格権に基づく原子炉運転差止請求に係る具体的危険とは、深層防護の第1から第5の防護レべルのいずれかが欠落しまたは不十分なことをいうものと解した上で、本件訴訟の争点のうち、第1から第4の防護レべルに係る事項については、その安全性に欠けるところがあるとは認められないが、避難計画等の第5の防護レべルについては、本件発電所の原子力災害対策重点区域であるPAZおよびUPZ(おおむね半径30キロ)内の住民は94万人余におよぶところ、原子力災害対策指針が定める防護措置が実現可能な避難計画およびこれを実行し得る体制が整えられているというにはほど遠い状態であり、防災体制は極めて不十分であるといわざるを得ず、PAZおよびUPZ内の住民である原告79名との関係において、その安全性に欠けるところがあると認められ、人格権侵害の具体的危険があると判断した。
【各争点についての判断の要旨】
1.深層防護の第1から第4の防護レべルについて
本件訴訟の争点のうち、基準地震動の策定および施設の耐震性、基準津波の策定および津波漂流物の想定、火山による気中降下火砕物対策、内部火災対策、重大事故等対策の有効性評価、本件発電所の維持管理ならびに東海再処理施設との複合災害は、深層防護の第1から第4の防護レべルに相当する事項であるが、いずれも、具体的審査基準に不合理な点があるとは認められず、また、原子力規制委員会の適合性判断の過程に看過しがたい過誤、欠落があるとまでは認められない。
2.深層防護の第5の防護レベルについて
(1)人口帯との離隔に係る立地審査がないことについて
原子力委員会が1964年に決定し、原子力安全委員会が89年に一部改訂した。立地審査指針には、重大事故を超えるような大きな事故が発生しても、周辺の公衆に著しい放射線被害を与えないようにするため、原子炉から一定の範囲については、低人口地帯とすることを求めるものがあった。原子力規制委員会は、立地審査指針策定当時よりも、災害対策基本法および原子力災害対策特別措置法などによって原子力防災体制が大幅に充実強化されたという理由で、原子炉から一定の範囲を低人口地帯とする立地審査を採用していない。
しかし、発電用原子炉施設周辺に放射性物質が異常に放出されるという緊急事態において、数万あるいは数十万人の住民が一定の時間内に避難することはそれ自体相当に困難を伴うものである上、原子力災害は、地震、津波などの自然災害に伴って発生することも当然に想定されなければならず、人口密集地帯の原子力災害における避難が容易ではないことは明らかであることに照らすと、現行法による原子力災害対策をもってすれば、発電用原子炉施設の周辺がいかに人口密集地帯であろうと、実効的な避難計画を策定し深層防護の第5の防護レべルの措置を担保することができるといえるのかについては疑問があるといわなければならない。
(2)避難計画について
ア.深層防護の第5の防護レべルとしての避難計画について
深層防護の第5の防護レべルが達成されているというためには、少なくとも、原子力災害対策指針において、原子力災害対策重点区域、すなわちPAZおよびUPZにおいて、全面緊急事態に至った場合、同指針による段階的避難などの防護措置が実現可能な避難計画およびこれを実行し得る体制が整っていなければならないというべきである。そして、原子力災害対策指針において、警戒事態を判断するための基準として、震度6弱以上の地震の発生、大津波警報の発表、設計基準を超える竜巻、洪水、台風、火山などの外部的事象の発生が挙げられていることなどに照らすと、深層防護の第1から第4までの防護レべルについて、発電用原子炉施設が災害の防止上支障がないとする基準適合性審査をするに当たり、設置許可基準規則4-6条が地震、津波およびその他の自然現象に対する安全性を検討していることと同様に、深層防護の第5の防護レべルについても、大規模地震、大津波、火山の噴火などの自然現象による原子力災害を想定した上で、実現可能な避難計画が策定され、これを実行し得る防災体制が整っていなければ、PAZおよびUPZの住民との関係において、深層防護の第5の防護レべルが達成されているということはできない。
イ.茨城県、PAZおよびUPZの市町村の避難計画について
(ア)本件発電所のPAZの人口は約6.4万人、UPZの人口は約87.4万人であり、PAZ・UPZの合計は94万人余に及んでいる。
PAZの住民は全面緊急事態に至った場合、原則として自家用車によりUPZ区域外に避難するとされているところ、PAZの住民6万人余が一斉に避難するだけでも避難経路の混雑ないし渋滞が容易に想定されるが、全面緊急事態にあってUPZの87万人余からも相当程度の住民が無秩序に自主避難を行った場合には、避難経路はたちまち重度の渋滞を招来し、PAZおよびUPZの住民の双方が短時間で避難することは困難となる。したがって、まずは避難経路が集中しないように、PAZ・UPZ全域を通じて調整された合理的な避難経路の確立およびその周知は必要不可欠である。
そして、全面緊急事態に至った場合において、PAZの住民については放射性物質が放出される前に先行して避難を行い、UPZの住民は屋内退避をした上で放射性物質の放出後に指示を待って避難するという段階的避難の枠組みについては、特に本件のようにPAZ・UPZ合計94万人余の人口を抱える地域では、UPZの住民の理解と協力なくしては実現し得ないといえるところ、そのためには、UPZの住民に対する防護措置すなわち、屋内退避の安全性確保、緊急モニタリングおよび迅速な避難指示伝達制度の確立ならびに避難退域時検査体制の確立が必要不可欠であり、これらの安全対策が確保された上で、UPZの住民にこれらの対策が確保されていることから段階的避難によって安全が図られることが周知されていなければならない。
(イ)茨城県広域避難計画は15年3月に策定されているものの、それから5年余を経過した本件口頭弁論終結時までに原子力災害広域避難計画を策定した市町村は、PAZおよびUPZの14市町村のうち、相対的に避難対象人口の少ない5つの自治体にとどまる。これに対し、市全域がPAZまたはUPZとなりかつ15万人以上の避難対象人口を抱える日立市およびひたちなか市や、市全域がUPZとなり避難対象人口27万人余を抱える水戸市は、いずれも原子力災害広域避難計画の策定に至っていない。
次に、策定された茨城県広域避難計画および5自治体の原子力災害広域避難計画についてみてみると、地震などの自然災害を前提として実現可能な避難計画が策定されるべきことは前記のとおりであって、例えば、大規模地震が発生した場合については、住宅が損壊し、道路が寸断することをも想定すべきところ、住宅が損壊した場合の屋内退避については具体的に触れるところがなく、道路の寸断がある場合については、茨城県広域避難計画において、県および市町村は大規模地震などにより被災し通行不能となった道路などの情報を迅速に提供するものと記載されているにとどまり、住民への情報提供手段は今後の課題とされ、自然災害を想定した複数の避難経路の設定はされていない。また、茨城県広域避難計画は、複合災害時におけるモニタリング機能の維持、災害対策本部機能の維持および第2の避難先の確保、避難退域時検査を実施する要員の確保、資機材の調達、実施場所の確保などを今後の検討課題としており、5つの自治体の原子力災害広域避難計画についても、災害対策本部の機能維持、複合災害時における第2の避難先や代替避難経路の確保など今後の検討課題を抱えている。