原爆ドーム/広島市
 8月1日岸田総理大臣は、アメリカ・ニューヨークの国連本部で始まるNPT再検討会議に、日本の総理大臣として初めて出席し、演説を行う予定です。出発に先立って岸田総理大臣は、「強い危機感を持ってニューヨークに向かおうとしている。核軍縮をめぐる国際社会の分断や、ロシアの核兵器による威嚇といった状況を見ると、核兵器のない世界を目指す国際的な機運が著しく低下していると感じている」、「こうした危機感を感じ、厳しい状況にあるからこそ、日本の総理大臣として初めて会議に出席し、核兵器のない世界に向けた機運をぜひ反転させて再び盛り上げていく機会にしたいと強く願っている」と述べました。
 NPTは、国連加盟国のほとんどにあたる191の国と地域が参加している国際条約です。1968年7月から各国の署名が始まったNPTは、67年1月1日以前に核爆発を行った米国、ロシア、中国、フランス、英国を「核兵器国」とし、この5カ国に核軍縮を促すとともに、日本などの「非核兵器国」には、核爆発装置の開発や製造、取得を禁じています。
 今年(2022年)1月、核兵器国が今年1月に「核戦争の防止と軍拡競争の回避」に関する共同声明を発表しました。声明では「核兵器のない世界という最終目標の実現に向けた軍縮の一層の前進につながる安全保障環境を各国と協力して築き上げていくことが、われらの願いである」とも明言していいます。核兵器国は、その「願い」を果たす意思があるのか、今回の再検討会議で確認すべきです。
 一方、今年2月のロシアによるウクライナ侵攻によって、核兵器をめぐる国際情勢は一転しました。ロシア外務省のザハロワ報道官は「共同声明の文書はロシアの主導で作成された」と豪語していましたが、その言葉通り、ウクライナへの侵略に伴い、核兵器の使用も辞さないと威嚇するのを直ちにやめ、ロシアが核廃絶に向けた取り組みの先頭に立つべきです。
 核兵器を使わせない“歯止め”となる規範を核兵器国に引き続き順守させることも重要です。例えば、NPTの履行促進策の一環として、非核兵器国に核兵器を使用しない「消極的安全保証」(NSA)の実施を核兵器国は約束しています。
 公明党創立者である創価学会インターナショナル(SGI)の池田大作会長は、今回の再検討会議に先立ち、核攻撃されない限り核兵器を使わない「先制不使用」の誓約を核兵器国に求めるなど、NSAよりさらに一歩進んだ緊急提言を発表しています。時機を得た刮目すべき提案です。核先制不使用について、NPTの場でしっかりと議論し、合意できる国際的な機運も高めていくべきです。
池田SGI会長 NPT再検討会議への緊急提案
核兵器の脅威が冷戦後で最も危険なレベルに「先制不使用」の誓約で明確な歯止めを民衆の生存の権利を基軸にした安全保障の見直しが急務

 広島と長崎への原爆投下から、まもなく77年を迎えます。
 しかし、いまだ核兵器廃絶に向けた本格的な軍縮が進んでいないばかりか、核兵器が再び使用されかねないリスクが、冷戦後で最も危険なレベルにまで高まっていることが、懸念されてなりません。
 核兵器に対し、“決して使用してはならない兵器”として明確に歯止めをかけることが、まさに焦眉の課題となっているのです。
 本年1月3日、核兵器国であるアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の首脳は、「核戦争の防止と軍拡競争の回避に関する共同声明」を発表していました。
 そこで確認されていたのが「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」との精神でしたが、世界の亀裂が深まった現在の情勢においても、“核戦争に対する自制”という一点については決して踏みにじる意思はないことを、すべての核兵器国が改めて表明すべきではないでしょうか。
 その上で、核兵器の使用という“破滅的な大惨事を引き起こす信管”を、現在の危機から取り除くとともに、核兵器による威嚇が今後の紛争で行われないようにするために、早急に対策を講じることが求められると思えてならないのです。
 そこで私は、国連で8月1日から行われる核兵器不拡散条約(NPT)の再検討会議で、以下の内容を最終文書に盛り込むことを、緊急提案として呼びかけたい。
  • 1月の共同声明について核兵器国の5カ国が今後も遵守することを誓約し、NPT第6条の核軍縮義務を履行するための一環として、直ちに核兵器のリスクを低減させる措置を進めること。
  • その最優先の課題として、「核兵器の先制不使用」の原則について、核兵器国の5カ国が速やかに明確な誓約を行うこと。
  • 共同声明に掲げられた“互いの国を核兵器の標的とせず、他のいかなる国も標的にしていない”との方針を確固たるものにするため、先制不使用の原則に関し、すべての核保有国や核依存国の安全保障政策として普遍化を目指すこと。

“自他共の平和と安心”の追求を!
 NPTの枠組みに基づいて最優先で取り組むべき課題として、特に「核兵器の先制不使用」を挙げたことには理由があります。
 これまでの核抑止政策の主眼は、核兵器の使用をいかに“他国”に思いとどまらせるかにありました。その結果、核保有国がさらなる軍拡に傾く状況が生じてきたと言えましょう。
 その状態から一歩を踏み出して、“他国”の核兵器の脅威に向けてきた厳しい眼差しを、“自国”の核政策がはらむ危険性にも向け直していく作業を通しながら、「核戦争の防止」のために自国としてどのような貢献を為しうるかについて真摯に検討し、核リスクを抜本的に低減させるための具体的な措置を進めていく――。このパラダイム転換への突破口として、「核兵器の先制不使用」の方針を各国が明確な形で示し合うことを、私は提唱したいのです。
 緊迫した状況が続くウクライナ情勢を前にして、核保有国や核依存国の間でも新しい動きがみられます。
 特に注目されるのは、核兵器廃絶などを目指す世界の都市のネットワークである「平和首長会議」に、核保有国や核依存国を中心に124の自治体が新たに加盟したことです。
 今や、世界166カ国・地域の8000を超える自治体が、核兵器による惨劇を“自分たちの町や都市”に対して起こさせないだけでなく、“地球上のどの町や都市”にも起こさせないために連帯を広げているのです。
 国の違いを超えて「自他共の平和と安全と安心」を求める世界の自治体の意識変革の広がりに、核保有国や核依存国が踏み出すべき「安全保障のパラダイム転換」のモデルがあるように思えてなりません。
 その意識変革の源流には、自らの悲痛な体験を通して「核兵器による惨劇をどの国の人々にも引き起こしてはならない」との訴えを続けてきた、広島と長崎の被爆者や、核実験と核開発に伴う世界のヒバクシャの存在がありました。
 そして、その思いと連動して市民社会で広がった連帯を受け、2017年に採択され、昨年に発効したのが核兵器禁止条約にほかならないのです。
 本年6月、その第1回締約国会議が開催されましたが、そこで採択されたウィーン宣言と行動計画で明記された通り、NPTと核兵器禁止条約は補完し合う関係にあるものです。
 地球に生きるすべての人々と将来の世代のために「核兵器のない世界」への橋を架けることは、そもそもNPTで希求されていたものだったからです。
 その挑戦を前に進めるために、今、核保有国の側から新たな行動を起こすことが必要ではないでしょうか。それこそが、NPTの前文に刻まれた“全人類に惨害をもたらす核戦争の危険を回避するために、あらゆる努力を払う”との誓いを果たす道であると訴えたいのです。

 私たちも、創価学会の戸田城聖第2代会長が、世界の民衆の生存の権利を守る立場から核兵器の使用は絶対に許されないと訴えた「原水爆禁止宣言」(1957年9月)を原点に、核兵器禁止条約の実現をはじめ、「核兵器のない世界」への橋を架けるための運動に取り組んできました。
 この宣言の精神を礎に私が創立した戸田記念国際平和研究所では、締約国会議が閉幕した翌日(6月24日)にウィーンで、『核兵器禁止条約――世界の核秩序の変革に向けて』の出版記念会を行いました。
 この研究書籍で焦点となったのも、核兵器禁止条約の意義に加えて、核保有国が安全保障政策を見直すことの緊要性にほかなりませんでした。そこで論じられている通り、「核兵器の先制不使用」の方針が世界の安全保障環境の改善にもたらす効果には、極めて大きいものがあります。
 2年前(2020年6月)に中国とインドが係争地域で武力衝突した時、数十人にのぼる犠牲者が出る状況に陥りながらも、両国が以前から「核兵器の先制不使用」の方針を示していたことが安定剤として機能し、危機のエスカレートが未然に防がれたという事例もあるのです。
 また研究書籍では、先制不使用の方針が核リスクのさらなる低減への「ポジティブな循環」を促す可能性を指摘していました。
 この方針が核保有国の間で定着していけば、核兵器は“使用されることのない兵器”としての位置付けが強まり、核軍拡を続ける誘因が減るだけでなく、“核の脅威の高まりが新たに核保有を求める国を生む”という核拡散の解消にもつながる――と。
 その上で私は、この方針転換がもたらす影響は、安全保障面での「ポジティブな循環」だけにとどまらないことを強調したい。
 世界に緊張と分断をもたらしてきた“核の脅威による対峙”の構造を取り除くことで、核軍拡競争に費やされている資金を人道目的に向けていくことも可能となり、新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)や気候変動問題をはじめ、さまざまな脅威にさらされている大勢の人々の生命と生活と尊厳を守るための道が、大きく開かれるに違いないと確信するからです。
 東洋の箴言に、「人の地によって倒れたる者の、返って地をお(押)さえて起つがごとし」(御書新版697ページ・御書全集552ページ)との言葉があります。
 危機を危機だけで終わらせず、そこから立ち上がって新たな時代を切り開くことに、人間の真価はあると言えましょう。

 8月のNPT再検討会議という絶好の機会を逃すことなく、核兵器国による「核兵器の先制不使用」の原則の確立と、その原則への全締約国による支持を最終文書に盛り込むことを目指していく。そしてまた、広島と長崎の被爆者や世界のヒバクシャが訴えてきた「核兵器による惨劇をどの国の人々にも引き起こしてはならない」との精神を踏まえながら、非核兵器国に対して核兵器を使用しないという「消極的安全保障」についても明確な誓約を行うことで、安全保障のパラダイム転換を促す出発点にしていくことを強く呼びかけたいのです。