9月8日、台風13号の線状降水帯の影響で茨城県日立市の市役所(同市助川町)は、夜から9日夕まで全ての電源を喪失しました。
市役所裏の数沢川が氾濫し、地下の電源機器が浸水したのが原因。災害対策本部は近くの市消防本部に移転。9日は証明書などの発行業務を停止し、職員は復旧作業に追われました。
水戸地方気象台によると、日立市の9日午前0時までの24時間降水量は269ミリで、観測史上最大を記録しました。影響で市役所西側の数沢川が氾濫し、庁舎には濁流が押し寄せました。
1階は職員が入り口ドアを閉めて浸水を防ぎましたが、地下1階は駐車場に下りるスロープから濁流が流れ込み、最大で約120センチが浸水。地下の機械室に止水板はなく、受電設備と非常用電源設備ともに水に漬かりました。地下に排水機能はありましたが、処理が追い付きませんでした。
停電の影響で市役所の電話はつながりにくくなり、住民の要望に一部対応できない事態となりました。日立市は9日、応援要請した国土交通省の大型ポンプ車で水をくみ出し、電源機器の復旧作業を実施しました。9日夕方一部を除いて電源が復旧しました。
日立市の内水ハザードマップ(内水浸水想定区域:1000年に1度の雨・想定最大規模降雨により、既存の排水施設で処理しきれない内水が氾濫した場合に、想定される浸水区域及び水深を表示した被害想定地図)によると、日立市市役所の庁舎は、最大3m未満の浸水の恐れがあると指摘されていました。
日立市役所は、旧建物が東日本大震災で大きな被害を受け、2017年に建て替えられたものです。日立市は災害対策本部を、庁舎の500メートル北にある日立市消防本部に移して対応に当たることになりました。市役所の周辺では土砂が広範囲に流入し、道路や駐車場などに被害がでました。
この日立市役所の浸水被害は、台風13号被害の象徴的な事例として、また災害対策上の想定し得る「想定外」の典型事例として、NHKをはじめとするマスコミに大きく報道され、社会的な関心を集めることになりました。
日立市役所旧庁舎は1957年築で老朽化し、東日本大震災で大きな被害を受けました。一部機能がプレハブ仮設庁舎に移転するなど分散化され機能低下が著しくなりました。
そのため、大震災後に、市民の利便性や行政サービスの向上、地域活性化などを目的として新庁舎の建設事業を進めることとし、新庁舎は2017年4月に執務棟が竣工、2019年3月には大屋根広場や多目的ホール棟が竣工しました。新庁舎は、地元日立出身の著名な建築家・妹島和世氏が設計にあたった、環境に配慮した省エネルギー型の建物であり、地域のシンボルとしても機能する建物です。
ただ、防災上は大きな欠点がありました。この市庁舎は数沢川と平沢川の合流点に立地しています。日立市のハザードマップによれば、この地区は、内水氾濫の浸水想定地域(3m未満)となっていますした。新庁舎は地下1階・地上5階からなる建物で、その地下部分に受電施設や非常用電源、防災無線などの重要な設備が設置されていたのです。
日立市の新庁舎が完成する前々年2015年に常総水害が発生しました。鬼怒川の氾濫によって、その前年に完成した常総市役所が水没。非常用電源設備が屋外にあったため水没して使えなくなりました。こうした教訓から、地下に電源機器を配置することのリスクは知られていたのにかかわらず、対策は行われませんでした。
新庁舎は耐震性や省エネルギー性などを重視した設計ではあったものの、地下の防水扉や排水ポンプなどの設備がなかったこと、電源機器を高い位置に設置しなかったなど、浸水対策が十分ではなかったといえます。
実は、新庁舎の設計コンペでは、非常用電源などを屋上に設置した設計案が日本設計・日立建設設計設計共同体から提案され、次点に当たる優秀賞を獲得していました。
日立市の新庁舎建設市民懇話会の議論でも、第10回会合(2015年10月26日)で「大雨による水はけはどのようになっているか」との質問が出されましたが、市側は「新庁舎の建設に当たっては、いくつかの候補地の中から利便性や防災の観点で建設地を決定した経緯がある。ここは海抜43メートルで津波の心配はない。雨水の排水計画については、建物から国道まで約1メートルの傾斜をつけて、敷地北側に位置する数沢川に雨水を流すこととしており問題はないと考えている」と答弁しており、数沢川が氾濫することは全く想定していなかったことが公式の記録として残されています。
また、第3回会合(2012年6月22日)では、「災害に備える防災拠点機能」について、「庁舎付近を流れる河川の氾濫の危険性を検証すべきである」との意見が寄せられましたが、具体的な対応は取られませんでした。
9月9日、日立市の小川春樹市長が記者会見し、災害の復旧に取り組む考えを示すとともに、市役所の地下にあった電源設備が水につかって、一時、庁舎が停電したことについては、「東日本大震災を経験して災害に強い庁舎を造ったはずだが、『想定外』の出来事だった。構造も含めて課題があった。しっかり検証する」と述べました。
9月12日付けの朝日新聞“天声人語”には「色あせた『想定外』」との記事が掲載されました。
便利にくり返し使われて、すっかり色あせた感が強い表現に「想定外」がある。元々は率直な驚きを伝える強さをはらんだ言葉だったと思う。でも、もはや言い訳に聞こえる場面も少なくない。ときとして辟易とした気分にもなる▼先週の台風で、茨城県日立市の庁舎が浸水し、停電した。災害に強い建物として新築されていただけに、市長いわく「想定外の出来事でありました」。申し訳ないと思いつつも、正直言って、ああ、またかと感じてしまった▼想定外で思い出すのは、東日本大震災の衝撃の大きさを強く印象づけたことだ。ただ、原発事故での責任を問われた東電の旧経営陣は、この言葉を裁判でも多用した。結果的に、そのことが免罪符の響きを生じさせたように思えてならない▼以来、私たちはいかに多くの想定外を耳にしてきたことか。異常気象が続発するなか、仕方がない面はあるだろう。だが、政治や行政に必要なのは、専門家の予測をふまえたうえで、想像する力である(中略)▼以前の本紙の投書欄には、想定外と逃げるのは、政治家の資質がないと自ら認めるようなものではないか、との厳しい意見が載っていた。ひとびとの安全な暮らしを守る立場の人には、安易に使って欲しくない言葉である。