日立市内でただ一つのデパートであるボンベルタ伊勢甚日立店が、2005年6月の契約満了をもって、閉店することになりました。
8月20日午前、井手よしひろ県議はボンベルタ伊勢甚の長川和夫社長と面会し、閉店の結論に至った経緯の説明を受けました。
●それによると、ボンベルタ伊勢甚日立店の店舗は、土地・店舗を管理する神峰総合開発より賃貸された物件(アウリット)で営業を行っており、2005年6月4日で20年間の貸借契約期間が満了する。
●契約の更新を前提に神峰総合開発との交渉を行ってきた。
●しかし、店舗の営業を続けるためには大規模な改修工事、特に周辺地盤の沈下による歩道や階段の改修などに多額な費用と時間を要する。また、神峰総合開発としては、新たな構想での店舗運営を模索しており、ボンベルタ伊勢甚ならびにその親会社であるイオングループの店舗展開の考え方になじまない。などの理由によって、契約の更新を行わないことを8月12日の取締役会で決定した。
●ボンベルタ伊勢甚に店舗を構える同友店(テナント)との契約更新が、2004年2月20日となっており、閉店などの重要事項は6ヶ月間に通告することと契約で定められている。
●したがって、その期限である本日(8月20日)、社員並びに各同友店責任者に閉店の意向を正式に伝えたところです。
●ボンベルタ伊勢甚の正社員(68人)ならびに契約社員(28人)は、希望者全員をイオングループの各店舗(ジャスコ、マイカル、マックスバリューなど)で受け入れる予定。
●法人としてのボンベルタ伊勢甚については、存続、清算も含めて今後の検討課題となる。
ボンベルタ伊勢甚は、地元の百貨店「伊勢甚」がその前進です。1724年(享保9年)に創業した呉服屋「伊勢屋」に源を発し、1956年伊勢甚百貨店となりました。1977年、伊勢甚はジャスコ(現イオン)と合併。不動産部門とプラザホテルや結婚式場を運営する「株式会社伊勢甚本社」と百貨店を経営する「株式会社伊勢甚」、チェーンストア「ジンマート」を運営する「株式会社伊勢甚チェーン」とに分社化されました。その後、1989年にボンベルタ伊勢甚と社名変更しました。最盛期は、水戸店、日立店、ひたちなか店の3店舗を展開し、イオングループの中で地方百貨店業態の中核企業と位置づけられていました。茨城県内最大の売上高を記録した時期もありました。
しかし、郊外型のショッピングセンターの台頭や店舗の老朽化などにより、昨年(2003年)2月には本社機能を有していた水戸店を閉店。最後に残った日立店も来年閉店のはこびとなりました。
ボンベルタ伊勢甚の撤退後の店舗(アウリット)に関しては、現在、神峰総合開発において「新たな構想での店舗」の立ち上げが検討されており、今秋にも具体的に公表される予定です。
この地域は、日立市役所にも至近距離に位置し、県営住宅の新築計画も具体化するなど、日立市の中心市街地活性化の最重要ポイントです。ボンベルタ伊勢甚の閉店は大変残念な決定ですが、その撤退後に時間を空けずに新たな商業施設の立ち上げに大いに期待し、行政や政治的な立場から最大限の支援を行っていきたいと思います。
(写真上:ボンベルタ伊勢甚日立店、写真中:店舗周辺部の地盤の不等沈下、写真下:2002年春に閉店したボンベルタ伊勢甚水戸店の最期の夜景)
<参考リンク>水戸伊勢甚 老舗百貨店279年の歴史に幕
(2005/5/20更新) ボンベルタ伊勢甚は、2005年5月20日、38年の歴史に終止符を打ち閉店しました。建物と土地を所有する神峰総合開発に、資金面で大きな問題があり、新店舗のオープンに影響が出ることが懸念されています。
参考:伊勢甚日立店、市民に惜しまれながら閉店
8月20日午前、井手よしひろ県議はボンベルタ伊勢甚の長川和夫社長と面会し、閉店の結論に至った経緯の説明を受けました。
●それによると、ボンベルタ伊勢甚日立店の店舗は、土地・店舗を管理する神峰総合開発より賃貸された物件(アウリット)で営業を行っており、2005年6月4日で20年間の貸借契約期間が満了する。
●契約の更新を前提に神峰総合開発との交渉を行ってきた。
●しかし、店舗の営業を続けるためには大規模な改修工事、特に周辺地盤の沈下による歩道や階段の改修などに多額な費用と時間を要する。また、神峰総合開発としては、新たな構想での店舗運営を模索しており、ボンベルタ伊勢甚ならびにその親会社であるイオングループの店舗展開の考え方になじまない。などの理由によって、契約の更新を行わないことを8月12日の取締役会で決定した。
●ボンベルタ伊勢甚に店舗を構える同友店(テナント)との契約更新が、2004年2月20日となっており、閉店などの重要事項は6ヶ月間に通告することと契約で定められている。
●したがって、その期限である本日(8月20日)、社員並びに各同友店責任者に閉店の意向を正式に伝えたところです。
●ボンベルタ伊勢甚の正社員(68人)ならびに契約社員(28人)は、希望者全員をイオングループの各店舗(ジャスコ、マイカル、マックスバリューなど)で受け入れる予定。
●法人としてのボンベルタ伊勢甚については、存続、清算も含めて今後の検討課題となる。
ボンベルタ伊勢甚は、地元の百貨店「伊勢甚」がその前進です。1724年(享保9年)に創業した呉服屋「伊勢屋」に源を発し、1956年伊勢甚百貨店となりました。1977年、伊勢甚はジャスコ(現イオン)と合併。不動産部門とプラザホテルや結婚式場を運営する「株式会社伊勢甚本社」と百貨店を経営する「株式会社伊勢甚」、チェーンストア「ジンマート」を運営する「株式会社伊勢甚チェーン」とに分社化されました。その後、1989年にボンベルタ伊勢甚と社名変更しました。最盛期は、水戸店、日立店、ひたちなか店の3店舗を展開し、イオングループの中で地方百貨店業態の中核企業と位置づけられていました。茨城県内最大の売上高を記録した時期もありました。
しかし、郊外型のショッピングセンターの台頭や店舗の老朽化などにより、昨年(2003年)2月には本社機能を有していた水戸店を閉店。最後に残った日立店も来年閉店のはこびとなりました。
ボンベルタ伊勢甚の撤退後の店舗(アウリット)に関しては、現在、神峰総合開発において「新たな構想での店舗」の立ち上げが検討されており、今秋にも具体的に公表される予定です。
この地域は、日立市役所にも至近距離に位置し、県営住宅の新築計画も具体化するなど、日立市の中心市街地活性化の最重要ポイントです。ボンベルタ伊勢甚の閉店は大変残念な決定ですが、その撤退後に時間を空けずに新たな商業施設の立ち上げに大いに期待し、行政や政治的な立場から最大限の支援を行っていきたいと思います。
(写真上:ボンベルタ伊勢甚日立店、写真中:店舗周辺部の地盤の不等沈下、写真下:2002年春に閉店したボンベルタ伊勢甚水戸店の最期の夜景)
<参考リンク>水戸伊勢甚 老舗百貨店279年の歴史に幕
(2005/5/20更新) ボンベルタ伊勢甚は、2005年5月20日、38年の歴史に終止符を打ち閉店しました。建物と土地を所有する神峰総合開発に、資金面で大きな問題があり、新店舗のオープンに影響が出ることが懸念されています。
参考:伊勢甚日立店、市民に惜しまれながら閉店
伊勢甚日立店を閉店
社長、きょうにも社員説明
(日本経済新聞2004/8/20首都圏経済・茨城)
イオングループのボンベルタ伊勢甚(水戸市、長川和夫社長)は県北地域で唯一の百貨店である日立店(茨城県日立市)を来年半ばまでに閉店する方針を固めた。同社は2003年に水戸店(水戸市)を閉店しており、同社の店舗はゼロになる。地域経済の停滞に加え、店舗の老朽化や郊外に大型量販店の出店が相次いだ影響で、売り上げが低迷していた。
同社の長川社長が8月20日にも、社員に閉店の方針を説明する。日立店は建物を賃借して運営しており、2005年6月に賃借契約が終了する。業績の回復が見込めないため、契約を更新せず撤退するもようだ。閉店の時期は更新の時期をにらんで決断するとみられる。同店の従業員数は約60人(正社員)。
同店は1967年に伊勢甚グループの「日立伊勢甚」として開業。1977年にジャスコ(現イオン)が全額出資会社、伊勢甚(現ボンベルタ伊勢甚)を設立、水戸市の伊勢甚百貨店と日立伊勢甚の経営を引き継いだ。
水戸店も店舗の老朽化などで売り上げ不振が続き昨年2月に閉店した。日立店は日立市役所に近い市街地の神峰町にある。同市内では郊外にべイシアやカスミなどのスーパーの進出が相次ぎ、神峰町一帯の市街地の空洞化が進んでいる。